海老名
海老名
海老名
本厚木
本厚木
人形シリーズ
今日は珍しく、帰宅前にストレッチ、さっき食事後に走ってきました。
昨日はグランベリーが朝七時から長蛇の列で、開店前後から、コストコチックな波及渋滞が四方八方に及びました。以前のように朝七時からマクドナルドが店を開けることはないようで、じゃあ朝からトイレが開いているということもないだろうし、私の生活にはあまり影響はないかなと。朝十時前にしか通り過ぎないので。映画館はそのうち利用すると思います。
一時期足利に住みたかったのですが、「湯を沸かすほどの熱い愛」に先を越されたので、もうそういうことは思っていません。足利学校が好きでした。それから、北関東弁をマスターして、それを武器に関西人と渡り合いたかった。
中国の田舎にいたことがある、と今言うと、今現在中国の田舎に住んでいる邦人のイメージがだいぶ違うので、身なりに気をつける必要があります。今住んでいる人というと、特殊詐欺絡みだったり、犯罪者の刑事ナントカ引き渡し協定がないのでどうのこうのだったり、ということがあるからです。勿論、日本の技術者があちらの追いつけ追い越せ(あるいはもうとうに追い越したけどさらに叩き潰したい)の企業に一本釣りされて、期間限定であちらの郊外のだだっぴろい開発地区にカンヅメになっている例もあるわけですが、なので、中国に技術を売ったとか吸い取られたとか供与したとかの後に帰国された技術者の方には、どうか世をすねたような恰好をしないでもらいたいと思います。パリッとしましょう。この下の空白スペースに意味はありません。(この行を消して、ここに「住みたい街、住みたかった街」について書いてください)
書籍化記念! SUUMOタウン特別お題キャンペーン #住みたい街、住みたかった街
今日の残りも、明日も、穏やかに、静かに、落ち着いて、平和に。そして、出来ることなら、自分も周りもみな、しあわせにすごせますように。
読んだのは平成25年4月の77刷改版。カバー写真 Holger Leue / Getty Images デザイン 新潮社装幀室 解説は初版時の田中美代子そのまま(たぶん)目次はなく、一行だけ歌の訳詞についての注釈が、本文末尾についています。初出は昭和三八年九月講談社書下し単行本。
山崎洋子のホテルニューグランド紹介本に出てたので読みました。
舞台は横浜ですが、それで山崎洋子が紹介したのか、ニューグランドまで出て来たから紹介したのかは忘れました。
私は三島由紀夫は、ほとんどというかまずもって読んでません。太宰もカワバタもトルストイもドストエフスキーも読まなかった。『賭博者』だけ読んだかな。『仮面の告白』とか『金閣寺』とか、読んでないのにストーリーを知ってる気になっています。『潮騒』だけ読んだかな。母乳は眼病の薬になるそうなので、その観点から、"Kinkakuji-Temple"読んでみてもよかった。
昔、東大物理学の院に進学した知人が、小論対策で文学に親しんでいた頃、ミシマにも手を出して『金閣寺』を読んで、あーこれはこの人ちょっと…と言っていたことがあります。でも彼は後輩になった。あと、AVのアルバイトちょっとやって逃げ出して消息知れずになった人が、『豊穣の海』全巻読んで、う~んう~んと言っていた。これはこのひとそうなるわ、だそうで。
それから、茅場町でしたか、経済関係のシンクタンクで、日本では楽観的な景気予測の旗手として知られていた研究所の、美しい女性の方で、合コンの誘いがひきもきらないのに、女性が結婚しなくてもずっと働ける場所としてお茶女でここを紹介してもらったとかで働いていた人がいました。家庭はわりとナロウな父親と転がってるエロ本みたいな家だったそうですが、まあその後結婚したんでしょうが、当時、自分の恋愛状況について、ミシマの『永すぎた春』そのままで、婚期があれなのである、と言っていて、読んでみようかと思いつつ現在まで未読なのを思い出しました。この人には、何故か、その職場の独身女性たちが、山手線の内側でそれぞれそれなりのマンション暮らしなのですが、手料理をひとりで作ってひとりで食べてもわびしいとかで、月イチくらいで誰かの家に集まって、その家の女主人の手料理を賞味する会、みたいのに招いてもらった思い出があります。世の中にはそういう世界があるのかと思った。その研究所は、女性が独身でもずっと働ける場所としての意味以外に、女性が結婚してもずっと働ける場所としての意味をどう付加していくかの過渡期が、その頃から勃興していたと思います。のちに、ごはんはまとめて炊いて一食分ずつ小分けして冷凍しておくようなワーキング女性の世界を知るにつけ、あの山手線の内側のマンションは、それよりワンランク上だったのか、やはり白鳥が水面下で必死に水かきするように小分けしていたのか、どっちだったんだろうなあと空想に耽ります。
狩野英孝。
頁8
きっと母は出がけに靴下の伝線病を発見して、あわてて穿き代えて出て行ったのであろう。
ストッキングは、伝線とはいうけれど、伝線「病」とは言わないんじゃいか、と思い、検索すると、著名な方のソネットブログで、向田邦子もエッセイで靴下の伝染病という表現をしていた、のが分かりましたが、エッセイ名不明で、そこまでです。ミシマ単体で考えると、ユキオは言葉を言葉としてのみ理解することが好きで、必ずしも、言葉を、血肉を伴った実体として認識することに重きを置いてなかったと思うので、それで「伝線」でなく「伝線病」なのかと仮定します。
同じ頁に出てくる「絽刺ろざし」を検索しました。
頁19などに出てくる「ワッチ」という単語も分かりませんでしたので、検索しました。
♪♪24時間 たたかえますか♪♪/海の不思議箱 日本船舶海洋工学会 海洋教育推進委員会
船舶用語という但し書きをつけないで検索すると、思わぬ誤読を招きます。
頁26
窓の手前の影までが、瀝青チャンのように燃えていた。
瀝青の中でも、チャンは"chian turpentine"というスペルとあるので、それで検索すると、テレピン油になってしまいます。
頁30など、お華客と書いて「おとくい」と読ませており、検索しましたが、ふりがな文庫で他の用例が確認出来ただけでした。中国とは関連のない言葉なのだろうなと。
頁73
「あのね、フィリッピンの大宗メインカーゴは何だっけ?」
「ラワンだろう」
「マラヤは?」
「鉄鉱石だな。じゃ、キューバの大宗メインカーゴは知ってるか」
最初、検索ワードを入れるか入れぬかのうちに、もう日本語の結果が出てしまい、玄妙だなと思ったのですが、念のためもう少し検索してみると、中国語の意味が海員用語に浸透してる気もしました。
で、「太宗」と空目すると、それはそれで幸せな空想に耽れると思います(途中までの私です)太宗カーゴ。
頁136
「泣くどころじゃないわ。いや、もうそんな話」
房子はたとしえもない甘さを籠めてそう言った。
頁140
(略)白い美しいデリックが屋根ごしに林立して、この暗鬱なけしきの中に、そこだけ光りかがやくものが羽搏いているように見えた。
以下後報【後報】
頁156
朱いデコラの円卓のむこうから、竜二は横目ですばやくこの微笑を捕えた。
頁188
「こっちへ来いよ」
リーダァ格の少年が、竜二の腕の外套を曳いていった。
(略)
「乾船渠かんドックってどこだい?」
「ここだよ」
(略)その微笑は、繊細な硝子細工のように、ひどく脆くて危険なものに竜二には見えた。(略)少年は竜二から、実に巧みに、すりぬける小魚のようにその長い睫の視線を外らして、説明をつづけた。
この少年たちのグループは、ええ家の子だけの、しかも天才だけのグループだそうで、その首領の少年は、ひょっとして三島自身の過去の肖像かもしれないと思いました。
【後報】
そういう意味で、ミシマなりのアンファンテリブルを描こうとして、それもまた自画像になったのかなあと。以前読んだ『百万円煎餅』の、健康的なブルーフィルム俳優夫妻の話などは、或る程度距離を置けると思いますが、多分に演劇的な人生だったので、自身重ね合わせで「悪」をどれだけ描けるか、という。
『日本文学100年の名作第5巻1954-1963 百万円煎餅』 (新潮文庫)読了 - Stantsiya_Iriya
石原慎太郎のほうが、例えば下記に収録された、良家のおぼっちゃんかつワル('50年代にマイカー持ち)が、メンヘ…な女性をひっかけてやったら、ずっとついてくるので、ちょんの間に売り飛ばしたが、どだい商売むりなメンヘ…で、返品されてまたついてきて、海に面した断崖絶壁で、軽く以下略という話など、この人は小説では本当に小説家だなというのをずっと書いてるそうで、それを(ふだん石原慎太郎の小説は読まないので)たまに読むと堪能出来ます、みたいなことがあります。
『日本文学全集66 現代名作集4 埴谷雄高/安部公房/中村真一郎/藤枝静男他』(筑摩書房)読了 - Stantsiya_Iriya
下記は、なんで英文を書いたのか不思議と思った箇所。
頁126
店に出ない間に、英国物の代理店から、数ダースの商品の送状インヴォイスが来ていた。
Messrs. Rex & Co., Yokohama
Order No. 1062-B
ここも。
頁141
かれらは内側のベニヤの壁にマジック・インキで書かれた楽書を、ひとつひとつ声を出して読んだ。(略)「I changed green, I'm a new man」
この落書きの意味が分かりません。緑に変わる、ってなんでしょうか。"I changed clean"なら分かるんですが。
こけおどしのハッタリでこんな英文出したとも思われないのですが、どんな深謀遠慮があったのか。ハマを舞台にしたということで、何か気負ったのか。東大出がこんな英文珍重するわけもなし。
頁157
次第に募る寒気の中で登るは待った。待ちくたびれたあまり、平仄の合わない空想をした。母が再び現われて、こんな風に叫ぶという空想。
「みんな嘘なのよ。あんたをだまして面白がったりして御免なさいね。私たちは決して結婚なんかしません。そんなことをしたら、世の中はめちゃくちゃになり、港では十艘のタンカーが沈没し、陸ではたくさんの汽車が転覆し、街の飾り窓のガラスはみな割れ、薔薇という薔薇が石炭みたいに真黒になってしまうものね」
英語は兎も角、漢文のほうでは、普通に漢詩のルールを背景にした、「平仄を合わせる」なんて単語を普通に使うミシマは、白亜の洋館で、何を思っていたのか。
「平仄を合わせる(ひょうそくをあわせる)」の意味や使い方 Weblio辞書
この小説の船乗りは、モラトリアムインテリ青年(三十路越え)なので、スープをすするさいも音を立てないようなマナーが身についています。以上
(2019/11/19)
1997年10月の大連のサッカー新聞の広告。深圳の企業でしょうか。この女優さんは、下記の人なのか。
https://en.wikipedia.org/wiki/Joan_Chen
これも同じ新聞の広告。この企業は、香港のバスに「日本産」と銘打った広告を出してるのが検索で見つかりましたが、他は知りません。
11月11日はゾロピンから独身男性の日、転じてネットで買い漁る日に変わったと、以前も聞きましたが、忘れていて、また聞きました。アリババの馬雲さんが仕掛けたとか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E6%A3%8D%E7%AF%80
中国語に出たので、あとで中国語を追記します。写真も相当未整理で、東京よりみちかは二回分なんもしてません。本が五冊、映画がひとつ、展覧会がひとつ、後報のままです。自分のことだから、もっとペース配分して、書く量を絞った方がよいと思います。日常を優先しないと。そしてそれで、溜まっている。書かないという選択肢を検討すればよかったのか。で、木曜は、その日見ないと終わる映画があったような。
今朝もお湯を沸かして、お茶をあげて。ストレッチはあと。この一文を書くのを忘れて、一度落としたパソウコンを立ち上げてこれを書いて、出かけます。なのでゆっくりです。
今日も、明日も、穏やかに、静かに、落ち着いて、平和に。そして、出来ることなら、自分も周りもみな、しあわせにすごせますように。
【後報】
ここにこの前日の写真を追記します。
橋本
橋本
橋本
橋本
橋本
橋本
橋本
橋本
橋本
【後報】
20191112の中国語。
・爱好 “集邮”
サルの干支の切手は高い。日本のヤフオクだかメルカリでニセモノを出品した人がいて、相模原在住の中国人がこりゃ安い、お宝発見と落札後、ニセモノだったことがすぐ分かったがどうにもならなかったとか。何故か市役所に苦情を言いに行ったらしい。中国なら考えもしない行動でしょうが、日本の役所なら外国人に何とかしてくれるとおもったのかもしれない。
・郎平は中国女子バレーボール代表監督。"铁榔头"
スパイクを、「叩球」と思ってましたが、"扣球" でした。
・"起床起得早吗?"
⇒×"早"
◯"很早"
◯"不早"
私はもう上の間違った用法が身についてしまっています。
・"你身体好吗?"
⇒◯"很好"
×"好"
つい、「ハオ」と言いそうになります。広東語「ホウ!」ならいいのかな。
・我{在/正在/正}写毛笔字(=大字)(呢)。
今お習字をしています、とでも訳すのか。"大字"と書いてその意味になるとは知りませんでした。"大字報"だと単なる壁新聞なのに。
・"旅行"と"旅游"の違い。前者は比較的時間が長い。ドライブの時間が長いなど。後者は遊びの要素が強い。私はこの話題になると毎回、"旅行"は"出差"(出張の意味)で言い換えられないか、と訊くのですが、毎回、それはまた違う、と答えられます。
・"饭后走一走,能活九十九"
食後の散歩は長寿の秘訣。九十九まで生きられる。
・"培养好的爱好,戒掉不好的爱好"
いい趣味は育てて、悪い趣味は戒める。この後、
"你玩儿很长时间手机吧"とか言ってました。昔打飛機、今玩手機。
・"保定狗腿子"
なんだか知らないが、河北省の保定に一年契約の契約社員で技術者として働いていた邦人が来たので、あそこは人がすさんでるでしょうみたいな話になって、こういう単語が出ました。
(2019/11/23)
上は帯。そのへんにあった漫画。装幀者の書いてある箇所が見つけられませんでした。ミーちゃんの人の写真も、この後「翔んで埼玉」で多数露出する、鳥打帽の老人でなく、鶴太郎がサングラスかけてるみたいな、従前からの路線を、読者ともども歳を重ねつつ続けてる感じです。映画、こんなにここで告知してたのに、あっという間に上映館が見つからなくなった… 世は複雑怪奇。電子版も出ない。巻末に娘さんの漫画が三ページ載っています。
もはや名誉漫画としか言いようがないと。以前もパタリロがずっと夢の中で地獄だか魔界を彷徨う話がありましたが(未読)今度は作者がさ迷ってます。定番キャラ、なんでこんなに横に顔が広がって、口が大きくなったのか。新キャラは普通なのに。もともと、タマネギ部隊は、前から見ると鴨川つばめのトシちゃん25歳で、横向きだけ普通の顔という造型を読者にそういうものだと思ってもらっていたわけですけれど。
かつて関川夏央が韓国の小説家について、日本と異なり、編集が厳しくチェックして削ったりしないので、だらだら冗長なのがそのまま出てくると評したことがありますが、なんだろう、メロディやさしい。秋本治がこち亀やめた後精力的に作品発表してるのと対比してはいけないとも思います。パタリロ!も精力的といえば精力的。「女性誌に描く男性漫画家」この人と竹本泉(講談社)しか思いつきません。もうだいぶ長いこと、女性が男性誌でデビューとか、男性が女性誌でデビューとか、あるんだかないんだか、前者はあるか。ないとして、だからどうなのという視点もあるかと。和田慎二(白泉社)と柴田昌弘(白泉社)と、それから弓月光(集英社)がいた時代があった、以降知りません。この人だけサスティナブルに描いている。以上
1997年10月の、大連で発行している"足球周報"というタブロイド判の週二くらい発行のサッカー紙の、日本代表記事。このころまだ日本に「ピンク新聞」エルゴラッソはありません。加茂更迭で岡ちゃんが監督になって、カズ呂比須と旅人をスタメンから外してアウェイのウズベク戦に臨んだが、結局交代出場のふたりに助けられた、みたいな記事。真偽のほどは、今のようにインターネッツで即時情報が分かる時代ではないですから、知りません。
私は個人的には"足球報"という新聞のほうが好きで、まあどっちも大連発行なのですが、そこから遠く離れた地方都市でも読めて、ただ、お値段は普通の夕刊紙や日刊紙より少し高く、一元だったか二元だったか、もう少ししたか… サッカーの"足球"も、野球の"棒球"も、私には実は発音が難しいです。どうも相手がうまく聞き取れてない時が多いのですが、どこがおかしいと具体的に指摘してくれないので、直しようがないという。実はそういうのは、ネイティヴより、外国人の先達学習者のほうが、的確にアドヴァイス出来るものだと思います。母国語の人は、呆れるだけで終わってしまいがち。一度だけ、"漢族"を"韩族"と聞き間違えた、とハッキリ言われた時がありますが、"韩族"なんて単語ないだろと。私の声調が間違ってたのはそうなんでしょうが。
今日は、新聞やら手紙やら、こまごましたものの整理ばっか、そんな事ばっかがメインになりました。ラジオ体操とストレッチが終わるまではよかったのですが、整理ばかり。あとは砂利、歯医者。破れた服を補修布で圧着しようと、アイロン捜したのですが、見つからず。歯医者で一時間後にうがいしてくださいと言われましたが、三十分後にうっかりうがいしてしまいました。それから、扇風機をしまいましたが、七個もあるので、四個しか収納スペースが確保出来ませんでした。石油ストーブを出そうとしましたが、要らないとのことで、空きスペースが出来なかった。
今日の残りも、明日も、穏やかに、静かに、落ち着いて、平和に。そして、出来ることなら、自分も周りもみな、しあわせにすごせますように。
【後報】
新聞が不鮮明だったので、白黒コピーしてスキャンしたものを貼ります。打ち込みまでする余裕が現在はないのですが、雪のヒマな日などに出来たらよいなと思います。
(2019/11/14)