『シルクロードの鬼神』〈上〉〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)読了

前作のレビュー⇒http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20121112/1352731547

シルクロードの鬼神〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

シルクロードの鬼神〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

シルクロードの鬼神〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

シルクロードの鬼神〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

標高の低い成都で育ったチベット人の子どもは色白で漢族みたいだし、
四千メートルくらいの、高原のトラックストップに毛が生えたような
馬をつなぐ場所が常設された駐屯町では、
漢族の子どもも紫外線と薄い空気に適応してチベット人みたいな感じになる。
(それと教育水準を嫌って子どもを内地に送る親もいる)

では、そこに今はやりの第三の極としてシルクロードを加味するとどうなるでしょうか、
という小説です。
原題の“WATER TOUCHING STONE”は下記から。
お前は「石も考えている」のインド人か!とつっこみたくなった。

下巻頁390

 収容所でよく見た訓練だった。生活の垢、服役させられていた僧のひとりはそう言った。食後のわずかの休憩時間に、彼らはすわって、石を洗うことがあった。ときにはその日の配給の水を全部使ってしまって。この世に存在してくるうちに垢のようにたまって、表面をおおっているものを洗い落とし、石の本質に迫るのだ。

ダライ・ラマの鶴の一声で非暴力が貫かれてるチベットに対し、
目には目が東トルキスタンの対決姿勢ですが、
そこに触媒としてチベット的要素を持つ人々が入って…みたいな話。

舞台となるのはチベット東トルキスタンの境界。こんな感じ*1
県城ヨクティエン(玉田)のモデルはたぶん于田*2
小説では、なぜか広東語の「玉」と北京語の「田」の発音チャンポンで記されてる*3
カザフ人がたくさん出てきます。南疆にそんなたくさんいるのかな〜と思いましたが、
百度によると確かにいるみたい*4
シボ族も出てきます。同サイトによるとシボ族(満州族)も確かにいる。
小説中の東トルキスタン抵抗組織がみな毛姓を名乗っているのは、
于田県中心に毛沢東と対面するウイグル人長老の像がある、そのパロディと思います。*5
この像は、于田県政府公式サイトの漢語版トップにはありません*6が、
ウイグル語版トップにある*7
小説中で、濃い化粧した漢族の若い娘(公務員)が
ひとりで喫茶店にいるシーンがあるけど、
新疆の田舎で、素人漢族女性がひとりでたたずめる喫茶店というのが
なかなかイメージ出来なかった。
濃い化粧というのは、彫りの深い現地女性に対抗してそういう
化粧になるってことで理解したけど、喫茶店はちょっと。

広東語といえば、小説中デコイというかトリックスターの役割を割り振られる劉さん(非漢族)も、
なぜか広東語読みのラウさんなんですよね。
チベット地名の漢字は隣接する四川方言の当て字が結構あるけど、
新疆で広東語読みはないだろ〜。しらんけど。
このシリーズの翻訳には中国文学とチベット文化それぞれに気鋭の研究者がついてますが、
この作品に関しては、
シルクロードもひとり専門家いたほうがよかったんじゃないかな〜と思いました
アイハヌム*8
金庸シルクロードイメージとこの小説はちゃうねんでって言いきるためのアリバイとしても。
本作には、こういう個所もあります。

下巻頁47

オリーブ色の肌をしていて、その目は明るいブルーだが、アーモンド型をしていて、アジア人の血が混ざっていることを感じさせた。

司馬遼太郎が、レーニンは西洋から見たらアジア人の顔立ちって言ってた記憶がありますが、
そんな感じ。
青い目は西洋人の劣性遺伝やから、
青い目の時点でアジア人の血はないやろ〜ジッチャンの名に賭けて。

アメリカ人が東トルキスタンにこっそり住む理由として、
アメリカの生活に順応できない箇所がありますが、
ただでさえ冗長なのに、いるんかな〜こんな描写。
順応出来なくても日本に暮さざるを得ない身としては、うらやましくなるだけ。

下巻頁328

ある日、ショッピングセンターに行った。コンクリートの迷路みたいなところに店がいっぱい集まってる場所だよ。そこで大きなかごいっぱいにおもちゃを買って、支払いをするのに並んで待っていた。ふと見ると、ワープが泣いていた。涙をぽろぽろこぼしているんだ。自分もいつの間にかこんな生活にはまってしまったと言ってね。ここでは誰もが人生を物で測っているって。

その物質文明を支えるのもmade in Chinaって時代になる前。

この小説はいろんなところに移動しながら話が進みますが、
なぜ移動するのかよく分からないままジェットコースターにつきあわされるので、
砂嵐とかカレーズ生き埋めとか
ハリウッド映画的ディズニー的スピルバーグ的展開はいいから(どうせ助かるんだし)、
謎と推理を簡潔に整理して〜と思いながらなんとか読み切りました。
冒頭のチベット高僧ゲンドゥンの失踪とひょっこり見つかる展開とか、
最後まで何の説明もなく意味が分からなかった。
寒山拾得とかトルストイの小説に出てくる聖人じゃないんだから、
おめこ電球みたいに消えたりついたりしてもね。
ブログ等で散見されるこの小説の感想自体がパワーゲームの一環としても、ネトウ…まあ、
このくらい言ってもいいですよね。
あと、徐という少数民族弾圧キャラが、当初から老北京の主人公になぜか優しいので、
水に触れたストーンのように回心したと書かれても、あまり、説得力がなかった…

Googleの地図に投稿されてる写真から、小説のふいんきっぽいのを下記選んでみました。
中国実効支配の領土紛争地域アクサイチンとか。
最高的邊關*9、天文点*10、小布達拉宮*11西蔵、新疆219国道−區界碑*12、甜水海−壽樺*13、甜水海−壽樺*14、慢−風沙路段*15、Ulughata su ambiri*16、庫地*17、阿克蘇 別跌里*18

まだまだあるので、Googleで見たらいいさ
【後報】
見ようとしたら、ログインがしつようになってました。
学刈。
(2016/5/9)

*1:http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ll=36.058694,79.060566&spn=0.000278,0.154324&t=m&z=13&brcurrent=3,0x0:0x0,1&layer=c&cbll=36.058694,79.060566&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-79109772

*2:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%AA%E3%83%A4%E7%9C%8C

*3:北京語「田」はそのへんのピンイン変換でみればいいとして、広東語の「玉」は⇒http://ja.forvo.com/word/%E9%9D%B3%E7%8E%89%E6%A8%93/

*4:http://baike.baidu.com/view/292858.htm

*5:http://maps.google.co.jp/maps/myplaces?hl=ja&ll=36.93233,81.815186&spn=0.008782,4.938354&ctz=-540&brcurrent=3,0x0:0x0,0&t=m&z=8&layer=c&cbll=36.857693,81.658096&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-68307818

*6:http://www.xjyt.gov.cn/

*7:http://uy.xjyt.gov.cn/

*8:

アイハヌム〈2010〉―加藤九祚一人雑誌

アイハヌム〈2010〉―加藤九祚一人雑誌

*9:http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ll=35.782171,77.821655&spn=0.008913,4.938354&t=m&z=8&brcurrent=3,0x0:0x0,1&layer=c&cbll=35.569796,77.848262&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-40660471

*10:http://maps.google.co.jp/maps/myplaces?hl=ja&ll=35.32633,80.2771&spn=0.017927,9.876709&ctz=-540&brcurrent=3,0x0:0x0,0&t=m&z=7&layer=c&cbll=35.328851,78.179311&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-40612386

*11:http://maps.google.co.jp/maps/myplaces?hl=ja&ll=35.512107,78.334579&spn=0.017885,9.63501&ctz=-540&brcurrent=3,0x0:0x0,0&t=m&z=7&layer=c&cbll=35.512107,78.334579&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-24034467

*12:http://maps.google.co.jp/maps/myplaces?hl=ja&ll=34.871285,80.008707&spn=0.018028,9.63501&ctz=-540&brcurrent=3,0x0:0x0,0&t=m&z=7&layer=c&cbll=34.871285,80.008707&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-31605820

*13:http://maps.google.co.jp/maps/myplaces?hl=ja&ll=35.281501,79.535179&spn=0.017937,9.876709&ctz=-540&brcurrent=3,0x0:0x0,0&t=m&z=7&layer=c&cbll=35.281501,79.535179&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-62179814

*14:http://maps.google.co.jp/maps/myplaces?hl=ja&ll=35.357101,79.537536&spn=0.017921,9.876709&ctz=-540&brcurrent=3,0x0:0x0,0&t=m&z=7&layer=c&cbll=35.357101,79.537536&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-62179874

*15:http://maps.google.co.jp/maps/myplaces?hl=ja&ll=37.115242,79.553337&spn=0.017521,9.876709&ctz=-540&brcurrent=3,0x0:0x0,0&t=m&z=7&layer=c&cbll=37.115242,79.553337&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-58620958

*16:http://maps.google.co.jp/maps/myplaces?hl=ja&ll=36.82302,79.452438&spn=0.017588,9.876709&ctz=-540&brcurrent=3,0x0:0x0,0&t=m&z=7&layer=c&cbll=36.823302,79.452438&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-1792891

*17:http://maps.google.co.jp/maps/myplaces?hl=ja&ll=36.843499,76.982617&spn=0.017584,9.876709&ctz=-540&brcurrent=3,0x0:0x0,0&t=m&z=7&layer=c&cbll=36.843499,76.982617&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-40749373

*18:http://maps.google.co.jp/maps/myplaces?hl=ja&ll=37.71859,75.003662&spn=0.017381,9.876709&ctz=-540&brcurrent=3,0x0:0x0,0&t=m&z=7&layer=c&cbll=37.71859,75.003662&cbp=12,0,,0,0&photoid=po-17263938