『自伝からはじまる70章―大切なことはすべて酒場から学んだ』 (詩の森文庫 (101))読了

酒呑みの本を読むと、ほかの酒呑みの本の紹介があって*1
興味があればメモって借りるわけですが、
この手のソーシャルペーパー(プリント)ワーキングに対し、
なかなか目読処理が追いつかない。
脳に直接kindleプラグインして読めないすかね。無理か。

お亡くなりになる直前まで続いた一般向けでない雑誌連載のエッセイをまとめた本。
ご自分でまとめたわけじゃないから、同じ話の重複はご愛嬌。
てゆーか編集が二回変わったんじゃないか。
間のひとりがカバン持ち原稿運び専門のボンクラで、古狼になめられていいようにやられた。
全文舎弟の生島治郎が書いた文章の引用の回とか、明らかになめてる。
法的判例ではアウトだが、引用された側が何か言うはずないもん、関係上。
田野倉康一の解説によると、金子光晴の『詩人』に並ぶ後世に残る記念碑的作品だそうですが、
『金花黒薔薇艸紙』とは並んでないということです。女より酒だから。

金子光晴 金花黒薔薇艸紙

金子光晴 金花黒薔薇艸紙

わたしは詩人に疎いのですが、ハヤカワポケットミステリを編み出した名編集者で、
ミステリマガジンの生みの親でもあると書いてあって、へーと思いました。
ポケットミステリ、今でも文庫サイズにしないですよね。意地だろうな、高いんだけど。
新潮文庫も、しおりのヒモ、意地でとらないもの。価格にちゃんと入れてるけど。
でも家にあるポケットミステリは、フーマンチューとディー判事ものだけで、
ほかにもオリエンタルものはあるんだろうけど、知らない。
怪人フー・マンチュー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

怪人フー・マンチュー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

観月の宴 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

観月の宴 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

以下感想。

アイオワのくだりよかった。
アメリカでは本当にアクセルとブレーキが入れられれば免許取れるのかと米国人に聞いたとき、
アイオワならたぶんとれると答えられたの思い出した。

頁69
 一九二〇年代に禁酒法を成立させたフーバー大統領の故郷だけあって、酒にはきびしい。ウイスキーやブランディが買いたかったら、町はずれの州営酒店まで一週間分を買いに行かなければならない。酔っぱらってバスに乗ったり、町を歩いていたら、ただちに留置所行。どういうわけか、州営酒店と留置場だけは、パースナル・チェックはきかない。現金二十ドル。その二十ドルがなければ、一日一ドルの計算で二十日分道路掃除などをしなければならない。だから酒飲みは、ズボンに二十ドルだけは縫いこんでいる。

頁195
 大学へ行く道で、国際政治を勉強している美女のアメリカ娘にあったので、「どこか一杯飲ませるところはないかな」と彼女にたずねると、「ここはドライ・ステート(酒に厳しい州)よ。夜にならないとヤバいわ。あ、そうだ、スーパーだったらビールを売っているわ」

頁193の、バンブー・インというシナ料理屋もよかった。

インドもよかった。アレですね、今の若い人の海外自由旅行離れは、
イラクで人質になって殺された人のこととかもあるけど、
氷河期以降就活が厳しすぎて、欧米みたいに就職決まったら一年遊ぶとか、
徴兵終わったら一年遊ぶとか、そういう文化が確立出来なかったんでしょうね。
一部のエグゼクティブだけでない、大衆化した海外ぶらぶらは無理だったか。
ルーやヨーコ・オノみたいなぼんぼんだけが海外ぶらぶらを享受出来る時代に戻るということ。

頁93
「汝らはブッディストなりや?」と役人がたずねる。
「否、我らはブッディストにあらず。現代日本人の大半は、宗教となんら関わりなし。無宗教というべきか」と青年(当時)。
「しからば、日本人の大部分はコミュニストなりや?」
「否、否。左にあらず。コミュニストは、いまだ少数派なり。日本人のほとんどは、人なり、ただの人なり」
 ぼくはソファに横たわったまま、ご両人の英語に耳をかたむけていたが、思わず吹き出してしまった。「ただの人なり」とは名文句だよ。いっそのこと、「エコノミック・アニマル」とでも吹いてやればよかったのに。
 ぼくらがインドから帰国した直後、アラブの石油ショックで、たちまち日本人は「エコノミック・アニマル」から転落して、青年の予言どおり「ただの人」になってしまって、福田総理がテレビで、口をへの字に曲げて「総需要抑制」を唱えていたのが、今では目に浮かぶ。
 さて、平成の世となれば、バブルが崩壊して、円高ドル安、短命総理が口々に「内需拡大」と声高らかにお経をとなえている。バブルのクライマックスには「ただの人」はたちまち「金色夜叉」に化け、バブルがはじけたら、「色情狂」となって、ヘアどころかカントリー・ギャル(田舎のタニシ姫)ヌードにあふれ、この分だと、還暦ヌードまで出現しそうなケハイ。

四十代を青春と書ける詩人の感性、すばらしいです。

中桐雅夫の死について触れた個所。

頁155
「人生痛苦多シといえども、朝のウイスキーはつつしむこと」
 こんな教えを、はがきで書いて、ぼくに送ってくれたというのに、ある朝、彼はウイスキーのボトルをかかえたまま、息たえていたという。享年六十四歳。僕が七十三歳近いから、もう十数年まえになる。四歳年上の彼の死は、つい昨日のような気がしてならない。

他人の文章の引用だけで一回済ますくらいだから、
自分の過去の文章や対談の再録で一回済ますのも胸張ってやってる。さすが。

頁176
田村 呼吸みたいなものね。借金の呼吸なんかもそうだ。半間(約一・六メートル)の戸口をあけた瞬間に酒場のシチュエーションがパッとわからなかったらダメ。
浦山 飲み屋のババアが今日も貸してくれるかっていう幻想がある。むこうはむこうで、やっと金を持ってきたんじゃないかっていう幻想がある。
田村 共同幻想ってのは、そこから生れたんだね。

生活を行政のお世話になってる人が飲食店でツケを頼もうとして、
お店がケースワーカーに連絡とるはなしを、ちらほら聞きます。今はそういう時代かな。

頁167の欧米から見た大東亜戦争開戦理由も的確だと思いました。さすが翻訳家。
国共合作と欧米にとっての最後のマーケットとしての中国という視座を、すぐ日本は忘れる。
頁212で、人類は酒を発見してからの一万年間で急速に進化した、
というコリン・ウィルソンの卓見を紹介しているのも面白かった。そう考えますか、的な。
田村隆一河村隆一は間違えなかったけど、
河村隆一西川貴教をごっちゃにしてたのを検索で気が付いた。
なまあし魅惑のマーメイドは彼の歌じゃないんや、おしまい。