『ピープス氏の秘められた日記――17世紀イギリス紳士の生活』 (岩波新書 黄版 206)読了

ピープス氏の秘められた日記――17世紀イギリス紳士の生活 (岩波新書 黄版 206)

ピープス氏の秘められた日記――17世紀イギリス紳士の生活 (岩波新書 黄版 206)

アクションジャーナル総集編に取り上げられてたので読んだ本は、これで最後。
アマゾンの批評で『元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世』と比較したのがありましたが、
みな同じことを考えるものだと思いました。
元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世 (中公新書 (740))

元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世 (中公新書 (740))

著者の臼田昭という人は、Wikipediaでは東大大学院中退とありますが、
この本の略歴では京大学部卒となっています。
中退は最終学歴にはならないから、岩波新書の記述が正しいのでしょう。
あとがきで、この本の生まれるきっかけとして、樺島忠夫という人の名前があがってて、
それでカバー記載の他の岩波新書桑原武夫先生の本だったりするので、
京大閥のちからをひしひしと感じます。
Wikiで臼田さんを戯文調の文章の書き手でもあると紹介してますが、
それも京大の自由な精神から生み出された洒脱なのかと思いました。

臼田昭
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%BC%E7%94%B0%E6%98%AD
樺島忠夫
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%BA%E5%B3%B6%E5%BF%A0%E5%A4%AB
桑原武夫
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%91%E5%8E%9F%E6%AD%A6%E5%A4%AB
http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/images/douzou1.jpg

どんな戯文調やねん、こんな感じ。

頁5:柳桜をこきまぜた、春の錦のような言葉による記述の魅力

頁6:砂漠で追い詰められた駝鳥同然の、まことに滑稽な振舞

頁8:酒肉五辛を欠かすことのできないピープスの、青道心になった様

頁11:「蛟龍ついに池中のものならず」

頁11:土膏の動き始める気配

頁11:真摯果断の資性 頁15:優渥なるお言葉
頁15:繁文縟礼(これは普通に言うけど) 頁15:閑文字の最たるもの 
頁16:勘亭流(これも普通に言う) 頁18:拳拳服膺
頁29:刀も赤鰯 頁31:鑽仰 頁37:無慙 頁45:身体髪膚
頁75:にぎにぎ 頁84:「管鮑の交り」

頁90:古今に通じて謬らず、中外に施して悖らない

頁92:荏苒として過ぎた。 頁127:平重盛のように悩む。

頁176:一盗二婢三妓四妾五妻

頁179:牛の涎のようにだらだらと続く。

十七世紀のイギリスで、平民出身でのちに海軍大臣にまで登りつめたピープスという人が、
二十七歳からの九年間、速記号で、さらにわざとスペルをまともに綴らず、
幾多の外国語をちりばめて、ぐちゃぐちゃに書いた日記を紹介した本です。
二十二歳の時に十五のフランス亡命者の娘と結婚してます。
胆石手術の影響か、子どもは出来ません。ケンブリッジ卒。
あとがきで、エブリマンとゆってますが、大臣になるくらいだからeveryではない。

頁8
要するにそれは、内容形而下の事柄に終始した、俗人の日記なのである。一九世紀イギリスの詩人コールリッジが、ピープスのことを、頭がちょん切れて胴体だけの男と批評するのも、当然なのだ。

超弩級形而下です。全然エブリマンじゃない。

頁7
かわいい、つつましやかな娘のそばに寄って行き、手を取り、体を抱こうとした。しかし彼女は言うことをきかず、つるつる向うへ逃げてゆく。そして最後にはポケットからピンを取り出し、もし今度さわったら突き刺してやろうと身構えているのに気がついた。それを見て、わたしは止めた。彼女の意図を察することができて助かった。それから次に、そばの席にいるまた別のかわいい娘を見つめることにとりかかった。

頁22
アクスヤードの家に行き、そこの戸口に立っていると、ダイアナ嬢〔先の娘〕がやってきた。家の二階に連れこみ、長い間戯れた。そしてラテン語にいう『ヌラ・フィリア・ネガット 娘子未嘗拒』ということを知った。

これは、十六娘と書いてねごろ、十八娘と書いてさかりと読むような意味かと推測します。
路邊的野花不要採、です。ひどいはなしwww
歴代メイドには勿論お手付きや手籠めを試みるし、官吏として出世するにつれて、
賄賂として嫁や娘をさし出してくる下層の人々に対し、据え膳をかっこもうと悶え、努力苦心する。
(勿論さし出される女性もバカじゃないので、その気のフリだけして、
 なるべくコトはなしに恩恵だけ頂戴して逃げようと、丁々発止です)

頁37
イタリアの諺にも言うではないか。『カツオ・ドリット・ノン・ヴォルト・コンシリオ 印形屹立而不欲忠言』と。

ガッツオはちんこです。イタリア人に昔教わった。印を陰に直せばよいだけのことだと思います。
アマゾンで意味を聞いてる人に教えてあげたい。うそ。

元禄御畳奉行との比較で言うと、例えば、

頁51
朝四時起床、九九に精を出した。総じて算術で出くわす面倒は九九だけだ。

日本のそろばんに比べ、ケンブリッジ卒が今さら九九を習う、
カテキズム軽視のイギリス教育事情。
まさかインドのように十三の段まで暗記するわけでもないだろうに。
しかし、時間を知る技術にかけては日本より先を行っている気がします。

時計の歴史 ―振り子時計
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%82%E8%A8%88%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2#.E6.8C.AF.E3.82.8A.E5.AD.90.E6.99.82.E8.A8.88

ピープス氏はよく禁酒の誓いを立てます。賭け事は見るだけなので誓いを立てない。
不純異性交遊と観劇についても誓いを立てるようです。そして破る。

頁41
酒が出て、他の連中は飲んだけれど、わたしはただヒポクラテスを少し飲んだだけだ。これでは誓いを破ったことにはならない。ヒポクラテスは、現在わたしの判断し得る限りでは、まぜ合わせて作った飲料にすぎず、酒ではないからだ。もし間違っていたら、神よ!許し給え!でも間違ってはいないと希望するし、そのはずもないと思っている。

臼田先生が引いた辞書によると、
ヒポクラテスとはワインをベースに砂糖と香料を加えたものだそうです。
さすが否認の病。

1668年、海軍省は第二次英蘭戦争敗北のスケープゴートとしてロックオンされ、
平民出身のピープス氏は格好の餌食となります。

メドウェイ川襲撃
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%89%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E5%B7%9D%E8%A5%B2%E6%92%83

ピープス氏は査問だか聴聞だかで呼び出しをくらい、清廉潔白ではないのでいろいろ奔走します。
そして、呼び出しで、ピープス氏は半沢直樹とかリーガルハイとか、何かそういうものになります。
何かが彼に降ります。

頁167 皇国の興廃この一戦にあり
気を落ちつけるために酒屋の『ザ・ドッグ 犬』へ行き、白ワインを熱燗で半パイントひっかけ、会館の中のハウレットのおかみの店でブランデーを一口やると、腹が暖まり、度胸のほうも本調子になった…一一時と一二時の間に呼ばれて入ってみると、議場は満員、われわれの弁明やいかにと待ち構え、偏見に満ちみちた様子だった。議長が議院の不満とするところを述べ、委員会の報告を読み上げた。その後わたしは実に分かりやすく、なめらかに弁論を始め、言い淀みも詰まりもせず、滔々と、まるで自分の家の食卓にいる時のように、上がりもせずに話し続け、午後の三時にいたった。その間議長から口をはさまれることもなしで、われわれは退出した。外に出てみると、同僚たち皆、そして聞いていた人たち皆、お祝いの言葉を述べ、わたしの演説をこれまで聞いた中で一番立派なものだと褒めてくれた。

彼は勝ち、海軍省の彼の地位と財産を守ります。現実には、中川さんはこの逆でした。
まあ、ある2ちゃんねらー(であることを隠してるがばればれ)の人に言わせると、
あれは一服盛られたそうですが。弛緩剤なのかなんなのか、ペット用とかなのか知りませんが。
ペット用の薬をドラッグとして用いる人がいるんですってね。
そういえばターミネーター3にそんなシーンがあったな。

【後報】
ピープス氏がこの乙女日記を断筆したのは、目が疲れるからです。
ランプとかローソクで、速記号でこんな手の込んだ日記を毎晩書いてたら目がやばくなったとか。
身につまされる話です。
これ以後彼は、公開可能などうでもいい日記を書きますが、
どうでもよいらしく、後世に残ってても誰も紹介しません。やはり、世の中そんなものか。
(2013/12/18)