『馬家の家常菜譜』読了

馬家の家常菜譜

馬家の家常菜譜

私にとっては、ナンシー・チー・マーという名前のほうが覚えのある、
皇族の方も訪れる店だとかいろいろ伺っていた、華都飯店の三代の本です。
料理本ですが、予想以上に面白かった。

中華と家常菜というと、必ず、プロと主婦の差は下ごしらえの違いとか、
家庭では油の準備が大変なのでまずやらないがプロは多用する油通しなどについて、
触れねばなりませんが、それをきちんと序章で書いています。
周富徳がテレビで、フッ素加工の鍋はダメと視線料理で力説していたのも今は昔、
祖母は鉄鍋、母と娘はフッ素加工を使うと静かに書いています。
これも周富徳のテレビでしたが、限定された素材でおいしい料理を作れという企画で、
スタッフが片栗粉を忘れてしまい、中華はとろみがつけられないと何も出来ない、
(うまみが閉じ込められないので)と周富徳が視線料理で強く語っていました。
この本も同じことを書いています。

で、この本は、本当に、ナントカヒストリーの本としても、面白いです。
革命前の伝統をせつせつと伝える祖母の料理(戦前日本とのフュージョン料理もあり)、
両岸ともに庶民の生活が上向いた時代の好みや言葉遣いを伝える母の料理、
流通保存が格段に発達した21世紀の、ヌーベルシノワという言い方自体が古いけど、
みたいな娘の料理が並んでいて、実に楽しい。
酢豚ひとつをとっても下記のごとし。

祖母:糖醋肉(じゃがいもの入った家庭料理の酢豚)
母:糖醋果子肉(フルーツ入り酢豚。といっても『随園食単』に出てくるような、
        清朝宮廷で食されたパイナップル入りではなく、
        らっきょうやプチトマト、ライチを入れている)
娘:糖香醋肉(当代酢豚の定番、黒酢の酢豚)

お孫さんが、鱼香茄子をマーボーナスと言ってしまうのは、??でしたが。
じゃがいもを洋山芋と書いているのは、このご家庭ではそうなのだ、と思いました。
キャベツのヤンバイツァイも。私の知識は、甘藍…

肉団子もいいです。

祖母:四喜丸子(煮込み肉団子。“スーシー”この言葉だけで楽しくなってくる)
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/11/PotsdamSanssouciChineseHouse.jpg/220px-PotsdamSanssouciChineseHouse.jpg
http://de.wikipedia.org/wiki/Sanssouci
母:炸丸子(揚げ肉団子)
娘:糯米肉丸子(もち米入り蒸し肉団子)

角煮も三代それぞれの歴史の息吹が感じられます。

祖母:東坡肉(蘇東坡が考えたからこの名前)
母:紅焼肉(家庭料理に蘇東坡なんておしょすいべさ、の感覚。
      でも肉が庶民の食卓でものぼるようになった)
娘:雲白肉(さっぱり蒸し肉)

エビチリがないのは、陳健民の考えた料理であることへの、
リスペクトだと思いました。
で、祖母と孫の海老料理が、蝦仁(芝海老というかな?小さいやつ)でなく、
明蝦(大正エビと書かれてますが、わたし的にはクルマエビ)を使っていて、
祖母にとってはおいしいほう、孫にとっては冷凍を戻した時水っぽくないほうだろ、
と選択の理由を推測したりして、それも楽しかったです。

烩茄子という名称ではなかなか想像出来ませんが、
(祖母の料理)中国風ラタトゥイユと日本語で書いてあると、
それだ!とうなづいてしまう、そんな発見もあります。
きくらげと豚肉の卵炒めが、木须肉でなく木犀肉なのは、
気取ってるのかな、と思ったりもしました。

塩鮭と大豆の煮込み、なんて料理が堂々と鹹鱼燉豆なんて名前で紹介されていて、
広東人がこのハムユィだけ見て塩鮭と分かるのか、
これはほんと新巻じゃけが出回る日本に生きる華人の料理だなあ、
と思って、そこもうれしくなりました。以上