『黄土の奔流』 (光文社文庫)読了

黄土の奔流 (光文社文庫)

黄土の奔流 (光文社文庫)

黄土の奔流 (双葉文庫)

黄土の奔流 (双葉文庫)

あっちこっちから出てるみたいですが*1、借りたのは光文社文庫。解説田中光二
都筑道夫常盤新平と来て、この人の本も読ま「ねば」ということで借りました。
田村隆一からの系譜もあるのですね。別れた奥さんのサケ・エッセイ、それから…

おはなしについては、解説の田中光二さんと同意見です。
それより、本文中の中国語について書きたいです。
私は上海語は分からないので、乏しい知識にての見解ですが…
下記の人くらい上海語が喋れたらなあ。

上海 (PHP新書)

上海 (PHP新書)

以下後報。
【後報】

頁55
「ノン・ソンヘイウォ・ショタ・ワ?」
(あんた、上海語がわかるか?)
「ショタ」
(わかるとも)

原文はすべて大文字。小文字化は私が任意に行いました。

これは、「分かる」でなく、「話す」だと思いますが、
ネイティブの作者の感じたニュアンスは、「分かる」なのかと。
“儂上海話説的哦”“説的”だと思います。
そんへえは、内山書店のあの人も本のタイトルにした、上海語読みの「上海」
http://polan-shobou.com/shop/items/000843_2.jpg
http://polan-shobou.com/shop/item.php?i=000843

頁114
船長も、揚子江ならどんな難所も心得ている伝(フウ)という中国人と契約する手はずを整えてあります。

これを見て、昭和日本と中国社会の情報伝達がいかに疎遠になっていたか、
その中で、幼少期に中国を離れた作者が知識を修正出来なかったかを感じました。
「伝」の繁体字は「傳」ですが、中国人の姓や、師匠の意味の“師傅”で使う「フウ」は、
「傅」で、違う字です。
最初は、日本漢字「伝」だと略字になっていることもあって、
簡体字も“传”だから、大陸だけ見ていると修正が効かない)
間違えたりしますが、よく見ると違う。異読ではなく、違う字。

頁127
右手に紹興酒の壺を持ち、左手にワラシベに通した臭豆腐(シュウデフ)を下げている。

白酒でなく紹興酒ですよね、臭豆腐との組み合わせは。
この、「シュウデフ」は上海語だと思います。検索したら、豆腐は果たしてそうだった。

Forvo 豆腐の発音 ⇒「呉語」だけ「デフ」です。
http://ja.forvo.com/word/%E8%B1%86%E8%85%90/

「臭」は、Forvoの呉語では、シュウじゃなかったですが…ウムラウトのチュイww
http://ja.forvo.com/word/%E8%87%AD/#zh

この寂しい草原に私を埋めないで
Bury me not on the lone prairie

頁194
船長はずぶ濡れになって機関室へもどると、飛び散った血を手早く拭き、ぼくの顔を見てにやりと笑い、北京語でこう言いました。『他走了、咱們就踏実了(タァズゥル、ザンメンジィウタシィル)』

武漢まで来ているので、上海語でなく北京語です。
この「踏実」もまた、作者が生活の中で覚えた、当時の生きた中国語だと思います。
「ザンメン」とか「ル」とか、作者の耳にそう聞こえたのだと思います。

心里踏实、踏实の意味
http://cjjc.weblio.jp/content/%E5%BF%83%E9%87%8C%E8%B8%8F%E5%AE%9E
不踏实的脚步の意味
http://cjjc.weblio.jp/content/%E4%B8%8D%E8%B8%8F%E5%AE%9E%E7%9A%84%E8%84%9A%E6%AD%A5

頁225
あたしの名は林朱芳(リンシュファン)

これも上海語では「ジュー」でなく「シュ」なのかと思いましたが、
調べてみると、上海でもどこでも「ジュー」「ズー」でした。

朱の発音
http://ja.forvo.com/word/%E6%9C%B1/

日本のカタカナ規則だと濁らないので「チュー」になるはず。
日本語読みならもちろん「しゅ」。

頁232
あたし、長崎へ行ったことがあるのよ、許婚者(ウェイフンフゥ)と一緒にね。

婚約者(こんやくしゃ)でなく許婚者(いいなずけ)と書いていて、
新鮮でした。でも作者のカタカナは別の漢字。

未婚夫
http://cjjc.weblio.jp/content/%E6%9C%AA%E5%A9%9A

チョンガーの意味だと思ってしまいそうな単語なので、置き換えたのかもしれません。

頁294
わたしが許玉宝(ホーユエバオ)です

「玉」はユィのウムラウトで、「ユエ」とは読まないですが、
「月」なら嫁日記で日本に謀らずも浸透してしまった通り「ユエ」と読むので、
何か勘違いかな、と思います。そして、「ホー」が、ふた通り解釈出来ます。

解釈①ウェード式の國語表記を作者が読み違えた。
Yahoo!知恵袋
西武ライオンズに台湾出身の許銘傑投手がいます。
日本では「シュー・ミンチェ」というふうに呼ばれていますが、
彼のユニフォームの背中を見ると、HSU と書いてあるではないですか!

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1041623615

解釈②上海語の読み方で読んだ。

Forvo 許の発音
http://ja.forvo.com/word/%E8%A8%B1/
広東語だと、ホイ兄弟のホイです。上ので上海語聴くと、「ヘ」ですね。
台湾語だと、コーになるみたいで、ややこしい姓だと思いました。
だから漢字はご当地読みするのが一番なんですよ。持論。

解釈③ハングルでは「ホ」と読むので、間違えた。
後年ですが、作者は韓国人女性と再婚してるし。

片翼だけの天使 (講談社文庫)

片翼だけの天使 (講談社文庫)

Wikipedia 許蘭雪軒
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%B1%E8%98%AD%E9%9B%AA%E8%BB%92

頁294
みんなから老豚(ラオトン)と呼ばれています。

中国や韓国では、豚という漢字は普通使われず、「猪」の字を使うので、
「豚」の字を使ってさらにそれを中国語読みするのはまわりくどいと思うのですが、
相手が日本人だと、日本では猪という字は野猪の意味でしか使わないという知識があって、
あえてラオトンとか言ったのかなと思います。
幼少時に離れてるとその辺の、大人の機微まで分からない。

頁383
「どうだかな?中国へやって来る日本人たちは誰でも片足だけは内地へ残してくるんだ。いつでも危なくなれば、内地へ帰れるようにな。そのくせ、この中国が故郷のような顔をしてみせる。あんただけはそんな連中とはちがうと思ったぜ、紅さん。しかし、結局、あんたは日本人なんだ。

以上
(2014/9/18)