『ザ・ラスト・ワルツ―「姫」という酒場』読了

ザ・ラスト・ワルツ―「姫」という酒場

ザ・ラスト・ワルツ―「姫」という酒場

読んだのはハードカバー。ハードカバーでは珍しく野坂昭如の解説がありました。
双葉社なりの気の利いた読者サーヴィスか。

タイトルはザ・バンドのこのアルバムから。バブル前期くらいから、
もうこの曲にのって、店やめたくてやめたくて仕方なかったとあります。
ほか(作詞、小説)で食べていけてたし、高血圧やら深刻な鬱にもなったしで。
病院の屋上から地上を見下ろす描写はザードを、同年齢の美空ひばりと、通りすがりに、
寄ってくる歴代首相に託宣出したとかどうとかの霊能者についてさくっと一刀両断する場面は、
オセロの黒いほうの人思い出しました。ひとりの陰に何人も同じように苦しんだ人がいる。
オフィシャルにわかちあえる人ばかりでは無論ないですが…
作者はともしびだから、活字で遺すことが出来たのだな、と思います。

頁18
ぶすりと不機嫌そうに唇をむすんだ力道山が、奥のテーブルでひとり飲んでいる。
 この人は怖かった。酒乱だったからだ。
 いつも低い唸り声をあげている傷ついた猛牛みたいなチャンプを、店中の誰もが嫌って恐れていたが、私は率先してその傍らに行った。嫌なものには女主人の自分が相手をする他はない。
「おい」
 たちまち手を逆手に捩じりあげられる。さっさとお代わりを持ってこい、遅いな。わかりました、だから離して。離してだと、嫌なのか。いいえ、オーダーしてきますのでちょっと。じゃいうことをきくか。ええききます。何でもか、じっと私の顔に眼を据えていったあと、突き放すように摑んだ手を離した。二の腕にうす赤い跡がついている。ちらと私の方をみてから奇妙に照れ臭そうな表情になり、にやりと笑った。

イゾンカンケイの作り方がまざまざと見えるような、すぐれた描写だと思いました。
ジッサイこのあと、少年みたい、さびしがりやかも、みたいな鉄板文章が続きます。
下は、阪僑大規模進出攻勢時の銀座。徳利は、関西系のオーナーのあだな。

頁51
 私は徳利の方に向き直った。なんですいったい。なんですやと、とぼけるな。とぼけちゃいませんよ、だから何事なんです。喧しいわい、こんな小っぽけな店、三日もあったら潰してやる、表に出ろ。徳利は赤くなったり青くなったりして喚きちらしている。たとえ何があろうと店のなかは私の牙城、外に出ない方が得策と咄嗟に判断する。そこへ見知らぬ客のひとりが唐突に飛び出してきた。
「俺はな、この店とは何の関わりもない男だが、よしやがれこの野郎。相手はたかが女じゃねぇか。か弱い女相手にそういう汚い挨拶は見ちゃいられねぇや、この俺が相手になってやる」
 あきらかにその筋の人間だった。こういう連中に仲に入られてしまうと、それはそれで後後もっと厄介な尾を引くことになる。
 大丈夫ですよ御心配なく、やんわりとその客を遮った。内輪同士の話ですから、いいながら徳利の太った背中をフロアから押し出した。何にしてもここはお客様の目の前です、話があるならあちらの方へどうぞ。

銀座興亡史の資料としていろんな本で取り上げられてる名著。やっと読みました。
導入、講演先の北海道紋別でウマいハンバーグを食べてると、
挨拶に来たシェフが銀座で修行経験があって、
「姫」で飲もうとして気後れして入店しなかった人で、それはそれはと握手する、
というシーンから始まるのが、やはり作詞家小説家のうまさで、にんまりとしてしまい、
あとは一気にスラスラ読めました。写真も多いです。よい本でした。