『疵(きず)―花形敬とその時代』 (文春文庫)読了

疵(きず)―花形敬とその時代 (文春文庫)

疵(きず)―花形敬とその時代 (文春文庫)

疵―花形敬とその時代 (ちくま文庫)

疵―花形敬とその時代 (ちくま文庫)

福富太郎の『昭和キャバレー秘史』*1に出てきた本。
検索してませんが、刃牙のあのキャラのモデルでいいのだろうな、と思います。
*2
作者の旧制中学の二年先輩だそうです。というか、出てくる闇市ヤクザに、
意外と旧制中学や、私立大学まで行ってる高学歴者が多くて、目からウロコでした。
敗戦による回天(特攻艇じゃなくて、天地がひっくり返るような価値観転換体験)が、
原因のひとつではないかという推測や、
戦前の有閑階級子弟の与太郎ぶりについていろいろ書いており、
なんとなく納得したようなしないような気分を得ました。

頁157など、三国人と愚連隊の闇市抗争、激突に関し、いろいろ調べて書かれてます。
二時資料の引用ですので、ここにさらにいろいろ引くことは慎みます。
ただ、華人に関し、戦勝国中華民國正規軍が指揮を執ってるなどのデマが流布された、
という引用部分など面白かったです。下記は作者自身の筆になる部分。

頁145
 なかでも台湾人は、中国軍が日本に進駐する機会をとらえて、道玄坂下から渋谷消防署に通じる一劃を中国租界にする計画をたてて、昭和二十一年四月一日、そのデモンストレーションを兼ね、彼らが占拠する「台湾人街」の歩道上に凱旋門を建て始めた。進駐してくる中国軍をこれによって迎えようというのである。
 警視庁保安課はただちにその撤去を命じたが、彼らは敗戦国日本の法律の適用は受けないとの理由でそれを拒否した。渋谷署はさすがに黙過できず、「台湾人街」一帯に武器の一斉捜索を実施したうえで、一個小隊を派遣して門を鋸で根元から切り倒してしまう。

花形敬が旧制中学や幾つかの私立校を転々とした箇所もそうですが、
下記のような部分が新鮮でした。

頁197
 安藤の花形評はこうである。
「強いったらどうしようもないね。いたずらっぽい悪いことはやるけど、道にはずれたことはしないし、正義感が強いんだね。
 あれで、柄に似合わない繊細な字を書く。丁寧で正確に印刷されたようなうまい字だよ。こまかい神経があるんだろうな。
 太い神経と繊細さが交錯していて、そのバランスがときどき崩れるんだけど――。酒飲んで暴れだすと、ほかの親分でも何でも、蹴っ飛ばでも何でもしちゃうわけだよ。だけど、おれが行って『おい』といえばわかるんだから、あれは酔いに便乗して承知してやっていたと思うんだ。酒癖悪いといわれたけど、酒の味を知ってたのかな」

この部分は下記と矛盾するのか、しないのか。

頁228
 花形は石井の部屋に、夜な夜な酔っ払ってやってくるようになった。六畳間の中央に大あぐらをかいて、大仰に煙草をくわえ、連れて来た若い衆にマッチをすらしているうちはまだいいが、「酒を出せ」とわめいて一升瓶の口からラッパ飲みするかと思えば、「美代子、おかゆをつくれ」などと、他人の女房に呼び捨てで用をいいつけたりする。
 夫婦の営みの最中に踏み込まれたこともあった。石井が廊下の隅に設けられている共同便所へ立ったすきに、花形がそれまで石井のいた寝床に潜り込み、高いびきをかくという始末である。
 あまりにも夜の来訪が重なるので、扉をあけずに夫婦で息を殺していると、花形は大きな足で扉を蹴り倒して闖入した。

ナンセンス喜劇映画のようなことを現実にやると、迷惑なんですね。

頁235
 花形はアルコールに滅法強くて、一緒に飲むと決まって朝になる。それは、この際、かまわないが、彼には酒乱の気があって、飲むほどに言葉も態度も乱暴になる。若い衆が殴られるのはそういうときであり、だれもがそのことを知っているから、街で花形の姿を見掛けると、誘われないように体をかわすのが賢明だとされている。

頁244などに、力道山と絡んだ時のエピソードがあり、そこも面白かったです。
ところで、なぜ私はキャバレーの本から、この本に読み進もうとしたのか、
そこが全然思い出せないです。なんかつながりや関連があったはずなんですけど、
もう分かりません。以上