『美をたずねて』(10冊の本 8)主婦の友社刊 井上靖/臼井吉見編 読了

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図書館の返却棚に、
ふとあったのが目について、
なんとなく借りました。
私はこういう、
ほかの人を経た感じの、
本との出会いが、
好きです。

うそです。ぶっちゃけ、
背表紙が、
「たずねて」でなく
「たづねて」だったので、
変わってるな、と思い、借りた。


それだけです。

でも、奥付ほか、ぜんぶ、「たずねて」なんですよね。
なんで、背表紙だけ、「たづねて」だったんだろう。
さっぱり分からない。


画像のサイズを調節するだけで時間が終ってしまいました。
あとは後報、というか、書きかけとします。

今日も、落ち着いて、穏やかに、静かに。前を向いて。深呼吸して、平和に、
そして出来ることなら、自分も周りも、しあわせにすごせますように。
【書きかけのつづき】

頁190 岡倉天心英文著作「茶の本」浅野晃訳
花は人間のように卑怯者ではない。花のなかには、死を誇りとするものもある。――日本の桜の花は、風の前に自分を惜しげもなく任せるとき、たしかにそうなのだ。吉野や嵐山のかぐわしい雪崩の前に立ったことのある人なら、このことを悟ったにちがいない。瞬時、彼等は宝玉に飾られた雲のように空をかけり、水晶の流れの上に乱舞する。それから、笑っている水の上を帆走し去りつつ、彼等はこういうように見える。「さようなら、春よ! わたしたちは『永遠』への旅をつづけるのです」と。

卑怯者といわれてしまうと悲しいですが… 末期を迎える前に、だいぶ前に、
周章狼狽取り乱すだけでなく、妄想陰口ねたみそねみに囚われたまま、
すっきりとさとりをひらいたかのような落ち着いた顔の正反対を見るのは辛いです。

頁207 勅使河原蒼風「一花一葉」
 私が展覧会などで、枯れた草などをいけておくと、西洋の人などが見物に来て、どうしてこんなきたならしいのをいけるのですかと質問する。
 私は、別にきたならしければいけるはずはないので、「非常に美しいからいけているのです」と答えると、妙な顔をするだけで信じられぬふうである。

美もまた、文化を背景として、味覚のごとく磨かねばいけないもののような気がします。
生命力の迸りだけが美なのか、それしか切り取る価値がないのか。
ちょっと関係ないかもしれませんが、鈴虫やコオロギの鳴き声を、
西洋人は「ノイズィー」としか表現しない、と、
アメリ徒手空拳留学を試みたものの、庭師のアルバイトだけでおわって帰国した世代の人が、
ゆうておりましたのを思い出しました。

頁18 郄村光太郎「美について」
私はロンドンである賤しい物売女が爪を磨いているのを見たことがあります。これは特殊の例であったのかもしれませんが、紳士といい淑女という観念以上に美意識の発達しているかの国を面白いと思いました。

この本に収められている詩の中で、花/大江満雄がいちばん印象に残りました。

あの花を
わたしが いちばん よくしっているといいたくなる

あの花は
わたしを知らないのに

あとは、月光菩薩/平木二六の、下記。

誰だって
人生を台なしにしたくないのに
ちひさい快楽のためになぜ血を流すんだらう

頁281、亀井勝一郎「古典美への旅」で、吉祥天に、
「きちじょうてん」とルビが振られており、検索し、そうも読むんだ、
と分かりました。吉凶は、「きちぎょう」とは読まないですね。きっきょう。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/fd/Simone_Martini_047.jpg/300px-Simone_Martini_047.jpg

頁224 井上靖「北伊の美術をたずねて」
何ものかを怨じているような多少恨みっぽい表情が見る者の心をひきつける。


これは行ないすました聖女の顔でも、狂信者の顔でもない。悩みをいっぱい胸に持ちながら、清らかに身を処した女性の顔である。

画像はWikipediaから…

アッシジのキアラ Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%82%B8%E3%81%AE%E3%82%AD%E3%82%A2%E3%83%A9
アッシジのフランチェスコ フランチェスコが創立した会 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%82%B8%E3%81%AE%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%82%B3#.E3.83.95.E3.83.A9.E3.83.B3.E3.83.81.E3.82.A7.E3.82.B9.E3.82.B3.E3.81.8C.E5.89.B5.E7.AB.8B.E3.81.97.E3.81.9F.E4.BC.9A

頁236 井上靖「北伊の美術をたずねて」
 ローマの宿を引き払って、長いこと世話になったその家の老未亡人と別れのあいさつをする。歩くのもおっくうなほど肥満した七十歳の未亡人は、私を抱きかかえんばかりにしてグラッチエ・タント・タント(本当にたくさん有難う)を繰り返す。実際は私の方で言わなければならぬ言葉であるが、一カ月半イタリア語を使わないですませたてまえ、最後まで節を曲げないことにする。
 ――ふろ
 とびらを開けてから、私は滞在中何回も相手に強引に教え込んだ言葉を最後に口に出してみた。すると老婆は、これまでと違って、笑顔で、
 ――バンギョウ
 と、口に出して言った。
 ――水
 ――アッカ
 ――早く
 ――スピト
 ――今日は
 ――ボン・ジョルノ
 そこで私は老婆の肩をいくつか軽くたたいて、異国の老婆に多少肉親の者に対するような愛情を感じながらとびらを閉めた。大体こんなところが私が老婆に何を意味するかを教え込んだ日本語であり、反対の言い方をすれば、私が老婆から教えてもらったイタリア語である。大体この家では、これにあと三つ四つ加えたぐらいの言葉で一カ月半用をたしたことになる。
 ひどくけちで、わがままで、うたぐり深い老婆だが、別れるとなると、さすがにいいところだけが思い出されてくる。いいところといっても、それはきわめて少ないが、正直なこと、きれい好きなこと、朝、卵の目玉焼きを残すと心配して悲しそうな顔をすること等々、かぞえ立てれば、まだこの他にもいくつかかぞえることができるかもしれない。

以上