『変身の恐怖』 (ちくま文庫)読了

変身の恐怖 (ちくま文庫)

変身の恐怖 (ちくま文庫)

ケニチ先生訳のイーヴリン・ウォー作品を図書館で探していて、
偶然見つけた本。まさかケニチ先生がハイスミスを訳していたとは知りませんでした。
原題は下記。頁228に、主人公の作家が執筆中の小説タイトルに、
贋作して震える』はどうだろう、と思いつく場面があります。
そのまんま"THE TREMOR OF FORGERY"じゃねーか、と思い、
なんで「変身」なんかなあ、カフカっぽいタイトルが売れると判断したんかなあ、
でも内容は「今日ママンが死んだ太陽が眩しかったから」なんだよなあ、カミュ
と思いました。あくまでハイスミスの小説を、あのケニチ先生の文体で読むという、
えもいわれぬよか書物で、ベルトリッチの辺境三部作の二作目、
シェルタリング・スカイを連想しますが、その辺は誰もが連想するらしく、
解説に明記してあります。えもいわれぬ点も解説陳述済。

で、ケニチ先生はハイスミスについて、原書の表紙記載事項以外知らないそうです。
太陽がおっぱいバレーいっぱいくらい知ってそうなものですが。
アラン・ドロンユーゴスラヴィア人。杉ちゃんのワイルドだろ〜の前の芸はおっぱい先生
杉ちゃんどこ行ったんだろ。この小説の主人公作家が執筆中の小説が、
また太陽がいっぱいというか、まんまリプリーなんですよね。
善悪の価値判断基準が他者と違っていて、原罪意識に苦しめられたりせず、
いつも枕を高くして寝ている。得意技、文書とサインの偽造。

私は太陽がいっぱいより先にジュード・ロウリプリーのほうを見て、

こうやって他人になりすましてサイン偽造だけで生きていけるなんて最高だなあ、
と羨望して将来の人生設計の一環としてサイン偽造の練習しようと思ったところ、
この映画は通信が未発達だった近代が舞台だから可能なように、
ハイスミスが読者に思わせてるだけの話で、現代の現実には不可能だよ、
と諭され、がっかりしたことがあります。

どっちの映画か忘れましたが、マリア像を海に投じる祭礼のシーンで、
誰もが媽祖を連想し、イタリアは欧州で唯一パスタという麺類があるし、
オルフェウスイザナギイザナミだし(ローマでなくギリシャ神話ですが)、
あれはスキタイのステップロードで伝播したと仮説が云々、
と、伝奇浪漫シナプスを走らせたと思います。
さらに、海だと媽祖だけど河川だと二郎神君像を投じたりするんだよな、
四川省だと漢人の村だけでなく、チベット人の村でも、
二郎神君像を川に流して拾うお祭りをやるんだよな、と、
連想がスタンピードしてここで止まったことがあります。私は。

顕聖二郎真君 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A1%95%E8%81%96%E4%BA%8C%E9%83%8E%E7%9C%9F%E5%90%9B

ケニチ先生のケニチたる所以はこの本の音訳にも当然発揮されていて、
チュニジアをテュニジア、チュニスをテュニス、
リーバイ・ストラウスをリーヴィ・ストロース(頁110)悲しき熱帯、
と書いてある点など、相変わらずでした。

頁126
産児制限ね、これは絶対に必要ですよ。そしてこれは放送にはどんなことがあっても使えないことです。この問題の意味を支那のように知っている国があるでしょうか。そして支那というものをソ連以上に感じている国があるでしょうか。

ハイスミスは政治を語らない作家だと思っていたのですが、
この小説には、珍しく反共アメリカ人が登場し、
ベトナム戦争の米国勝利を確信して熱弁を振るう場面などがあります。
で、主人公はそれを冷やかに眺めるという…
この反共アメリカ人の、中東戦争で大勝を収めるユダヤイスラエルについての、
ねじれた見方、見解は少し面白かったです。
彼はOWLという略称で記述されることが多く、これは"Our Way of Life"なんだとか。
村上龍が、確か五秒後の世界だったか、
オレンジジュースをOJと略すような米国社会の國語の混乱について書いていて、
それはハイスミスのこの小説の頃から始まっていたことだったんだな、
と考えました。

頁198
あの連中は気違いのようになって飲むか、でなければ全然飲まないんだ。何と言うんだっけ、そういうのを英語で」
「teetotalers」とインガムは言った。

上記のように、数か所英文のママ邦訳されてない単語があるのですが、
OWL-ishという造語もあり、これは、OWLっぽい、とか、OWL的、と、
訳せなかったのかと思いました。

頁267
「石を持って来る」とインガムは台所の方に行きながら言った。イエンセンは泥酔するのを石で打たれると形容するアメリカふうの言い方をおもしろがって、飲みもののことをよく石と言った。

これは知りませんでした。ラリると、自分のことを石に例えるだけと思ってました。

頁237
「これはあなたらしくない。あなたの肌に合わない」
 インガムは肩を揺すって見せた。この国全体が彼の肌に合わないのではないか。それが外国である以上は。そして自分がすることが何でも自分の肌にあっていなければならないのか。

以上