『ナグネ 中国朝鮮族の友と日本』 (岩波新書)読了

チャ・ドゥリペ・ドゥナの映画*1チョソンジョクという台詞があって、
それで、朝鮮族についてひさびさに検索したら、出てきた本。
作者は有名な人なのでご芳名は存じ上げておりますが、
星新一の本くらいしか読んだことがなく、苗字も「もあい」で記憶してましたので、
頁85「サイショーさんにはわからないと思うけど、すべてを捨てて身ひとつで韓国に移住したのですから、卵子ぐらい平気で売りますよ」
ここでびっくりして表紙見ましたら、確かに Hazuki Saisho と書いてあり、
改名したんか🗿もやい、と早合点しかけましたが、私の記憶が模造記憶で、
この人は最初からサイショーさんでした。

最相葉月 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E7%9B%B8%E8%91%89%E6%9C%88

また、ナグネとはハングルでヒデ旅人の意味ですが、
どうしても私は、関川夏央の『東京から来たナグネ』を連想してしまいます。
http://ecx.images-amazon.com/images/I/61ZOX33asCL._SL500_.jpg
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480022431/
未読で、いつか読もうと思ってる本で、日本で知り合った韓国女性を追って、
あちらに行くも、よいお友達でいましょう、みたいに躱される話と、
勝手に思っているのですが、合ってないのかな。『ソウルの練習問題』解説から、
そう推測してます。前世紀末、新宿の老舗焼き肉店の女将がエッセーで、
せっかく朝日カルチャーセンターでハングルならわはったのに、
最近お見えにならへんでもったいのうおす、みたいなこと書いてた気も。

作者が個人的に知り合った中国朝鮮族の友人について、1999〜2015までのクロニクル、
ライフストーリーを描いた本です。ので、日中関係はさほどどうでもよいと思うのですが、
作者の立ち位置を示す必要があるのか、下記は731記念館に行った折の抜粋。

頁31
北京の中国人民抗日戦争紀念館に行った時にも確認したが、ここにも最近になって中国が作成したと思しき犠牲者のカルテや日本人の残虐性を強調する再現映画など信憑性を疑う展示がある。中国の国定教科書には中国人女性が部隊員によって生体解剖されている写真が掲載されているが、これが実際には、蒋介石率いる国民革命軍と日本軍が衝突した済南事件で殺された日本人女性の遺体を日本人医師が検死している写真であることが研究で判明しており、ここにある展示物すべてを真に受けるわけではない。だからといって日本軍の行いが否定されるわけではなく、

下記は安重根義士紀念館の抜粋。

頁47
安重根が主張した「伊藤博文の罪状十五ケ条」には閔妃殺害のような誤りを始め、伊藤が孝明天皇を暗殺したという、日本国内でも諸説あって真偽不明の項目がなんの解説もない状態でそのまま展示されており、いかにも急ごしらえという感じで、いささか拍子抜けだった。

現地の宴会で作者は酔った漢族男性に反日スローガンまんまの主張をぶつけられ、
反駁すべきところはきちんと延々反駁し続けると、異性ということもあるでしょうが、
最初歯が浮くような日本礼賛をしてたその文言を繰り返しだした、
という描写が印象的でした。頁46。

その一方で、日本統治時代にコリアンが満州へ大量に移住した件については、
頁35、韓国併合前の在満朝鮮人人口が1943年に約二十倍に増えていること、
具体的に、本書の登場人物の父祖の例では、鴨緑江の水豊ダム建設時の立ち退き、
移住先が総督府によって決められ、多くが満洲に送られた約一万五千戸、七万人の一部、
と、学術論文の引用と聞き書きを合致させて記載しており、よかったです。
私は、間接的な圧迫例しかないと思ってたので、目からウロコでした。

中国嫁日記でもないのにこれだけ長期間両者が友好関係を保っているのは珍しく、
時代順に書かれた出来事を読んでいても、いくつかターニングポイントがあったことが
わかります。

①借金の申し入れ。⇒還って来なかったらあげたものとあきらめる、つもりで貸す。
②学校から身元保証人へ、彼女が学校に来てないとの連絡。⇒疑心暗鬼。
③出席日数が足りずビザが下りそうもない時に知り合いから紹介された日本人と結婚、
 アクロバティックに滞在資格ゲット。
⇒頁99大事なことはいつも事後報告で済まそうとする恩恵のことが、少し怖くなっていた。

書き忘れましたが、登場人物と朝鮮族の集落は、仮名で、ぼかしてあるそうです。
仮名にしても、キムヒョンヒの教師だったウネじゃなくてもいいじゃいか、
と最初違和感ありましたが、「おんけい」で一発変換出来るから楽だった、
くらいの理由な気が、今打ち込んでるとしてきます。

頁150
これが恩恵のすごいところだ。上海の会社からの誘いやアパレル業界へのこだわりはどこへやら、次から次へと中途採用の会社を探して連絡を入れ、面接し、断られても挫けずにさらに探し、とうとう合格してしまう。私なら途中で挫折してしまうだろう。

頁159
「中国人は信用できない」
 この瞬間、恩恵の会社に対する信頼は失われた。自分を信用してくれない会社をどう信用せよというのか。これまでもそうだった。仲良く共同生活を始めようと思ったら、こちらの無知をいいことにお金をだましとられた。社長に信頼されて重要な仕事を任されたと思ったら、詐欺の容疑で訴えられた。入社早々重責を担わされ、一度うまくいかなかっただけで減給処分を受けた。そして今度は、自分という存在自体への裏切りである。

こういうガッツを見て、作者は彼女を信じるようになります。
また、彼女は、あまり在日中国人社会と親しくしようとしない変わり者であり、
作者に面倒な人間関係を紹介したり引き込んだりしようとしない点もよかったようです。
だから彼女の夫については、印象と、永住権を得た後離婚したが、
知らないし突っ込まない、で、終わらせています。

しかし、この就学生を巡る人間像、オールドカマーの在日が頻々と出てくるので、
びっくりしました。華僑はひとりも出て来ないんですが。
その辺が来日朝鮮族を巡る状況なのかと。大家、雇用主、学校…オールドカマーが次々登場。

頁113、広州の工場で、少年工たちが、文字の読み書きが出来ないので、
昼休み、ベランダに並んでただぼおっと外を眺めている場面。
猟奇記事ばっかのカストリ雑誌も、スマホも、見れないのかと。
私も確かに広州駅前で文盲の少女に会ったことがあり、
今でもこういうことあるのかなあ、口語と文語が異なるとそうなるんかな、
(広東語と北京語)と思いました。
こういった彼女の視座、観察眼が、作者を捉えたというのもあります。
日本人が気付く前に、日本の若者のワープア化を肌で感じた彼女。
IT業界で成功した女性起業者に気に入られながら、そのアントレプレナーは、
薬物?と摂食障害?で死んでしまう。そこから業界の闇に気付く速さ。

もうひとつ彼女のガッツの源として、父親がギャンブルに狂って、
日本円で一億円にも及ぶ借金を作った点があると書かれています。
東北の朝鮮族社会だったら、非合法の賭場もそりゃあるでしょうが、
一度はキリスト教に入信することで正気に帰った父親が、
長老派やらバプテストやらの教会内部の争いの中で、スリップして、
もう底つきも底つき、中国農村で一億日元相当の借金とか、しどい。
ルカによる福音書第11章24〜26節の抄訳を用いて説明されてますが、
頁144汚れた霊は出て行く時は一人だが、戻る時は自分より悪い七つの霊を連れてくる――。
"When the unclean spirit has gone out of a man, he passes through waterless places seeking rest; and finding none he says, `I will return to my house from which I came.' 25 And when he comes he finds it swept and put in order. 26 Then he goes and brings seven other spirits more evil than himself,
これはコワイと思いました。家庭崩壊のなかで、渡日を決意する過程。

そういうわけで、この本は、朝鮮族を主体に、中国の地下教会なんかを、
ルポした本でもあります。晴天なのに零下20度のハルピンの描写が好きですが、
実はハルピンじゃないかもしれない… 当然法輪功なんか出てきません。
全然関係ないですが、中国語で三声三声が重なると前の三声は二声に変化すると、
国語学習の最初に習いますが、法輪功の三声二声を、なぜかうっかり、
二声三声で発音してしまう日本人は私も含めたくさんいて、
「散文」はちゃんと言えるのに、法輪功は最後が一声だから間違えるのかな、
と思ったりします。

法輪功 Forvo
http://ja.forvo.com/search/%E6%B3%95%E8%BC%AA%E5%8A%9F/zh/

頁175、ソウルの九老クロ區加里峰洞カリポンドン、開峰ケポンが朝鮮族
特に延辺出身者のコミュニティとは、知りませんでした。いつか行ってみたい*2

https://www.google.co.jp/maps/dir/%E9%9F%93%E5%9B%BD+%E3%82%BD%E3%82%A6%E3%83%AB%E7%89%B9%E5%88%A5%E5%B8%82+%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%82%BD%E5%8C%BA+%E9%87%91%E6%B5%A6%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E7%A9%BA%E6%B8%AF/37.4834903,126.886804/@37.5248039,126.7767869,12z/data=!3m1!4b1!4m8!4m7!1m5!1m1!1s0x357c9cd0f9acaa17:0xac77903f2239cc54!2m2!1d126.7944739!2d37.5586545!1m0

ハングルの人名で、「花」に、ホワとルビを振っているのが気になりました。
漢語の"hua"ならそれでよいのですが、チョソンマルの「화」は、ファ、ではないかと。

화 Forvo
http://ja.forvo.com/word/%ED%99%94/
花 北京語 Forvo
http://ja.forvo.com/search/%E8%8A%B1/zh/

誤植、頁10ラワン族チワン族

頁196
「なぜクリスチャンになったかとか、文化大革命がどうだとか、少数民族がどうだとか、そんなことはこれまでまったく考えたことがなかったです。今日を生きるのに必死だったから。そんなことを考えられる人は余裕があるからですよ」

私の周りの人間の、六十年安保に対する感想はおしなべて上と同じで、
つげ義春のマンガにもそんな場面があるのですが、
転職に転職を重ねて三十代前半に月収四十万近くに達し、
そろそろ守りも考える彼女に、素直にシャッポを脱いで終わりにします。以上