『二日酔い主義傑作選 銀座の花売り娘』 (文春文庫)読了

1988〜1994週刊文春連載の文庫本からさらにセレクトした本だとか。
バブル前は、まだ麻布にクーラーなしのアパートがあったんだなとか、
柳沢きみおの大市民は伊集院静もモデルなのだろうか)
1991年、まだバブルが崩壊していない頃、
モモナントカというデベロッパーもまだ倒産してない頃、
突然作者の泰然自若、悠揚迫らざる姿勢が崩壊するのが、不思議でした。
それまでいくら借金があってもひょうひょうと人タラシやってる感じだったのが、
なんか当たり散らしたり、地を出し始める。いくら体育会系だっても、
そんな飲み方打ち方してたらあかんえ、みたいに言われ続けてきて、
突如浮上した感じ。だから、1991年以前のエッセーは素晴らしく、
以後は焦燥感ドライヴ感だけが印象に残ります。
『いねむり先生』*1時点(色川武大存命のとき)でアルコール依存症と診断され、
いつかまた普通の人のように飲めるようになるかもしれないという妄想を、
現実のものとした奇跡の人かと思ってましたが、この本の1991年時点で初めてブラックアウト、
失見当。それってどういうことなのか、少し考えました。やはり進行性の病気なのか。
シャガールの馬 (1978年)

シャガールの馬 (1978年)

この本が頁34で紹介されてて、読んでみたくなりました。

下記は父親の思い出。いわゆるひとつのチョーさん主義。

頁20
王貞治選手と張本勲選手にサインしてもらった色紙のことを忘れて、半年近く私に渡さずにいた。そして、
「二人とも日本にきて頑張ってる選手だからな」
と念を押すようにして差し出した。
頼んでおいた長嶋のサインのことを言うと、
「それも外国の選手か」
と私に聞いた。

下記は名前の思い出。チュンレと読むのかな?

頁30
本名は西山忠来である。忠来は珍しい名前だが、韓国から帰化したからである。その前は趙忠来と言った。以前からの知り合いは皆、チョウさんと呼ぶ。

下記はペンネームの思い出。いまや、あさきゆめみしのほうが代表作ですね。
関東大震災がクライマックスシーン。破壊と再生。往時の少女漫画家は、大志を抱いていた。
今は壁ドン。とにかく壁ドン。

頁29
酒場ではママとか女の子に、
「“ハイカラさんが通る”ね」
と笑われる。こうも言われた。
「鹿児島ですか」
ある時は鎌倉で八十歳越えたお婆さんに、
「大将のお孫さんかしら」
勿論、海軍大将である。時々同じ名前の方と会う。どういうわけか謝ったりする。大学教授もいらっしゃれば、コワイ兄さんもいる。
栗本薫さんの探偵シリーズの主人公の名前が、伊集院大介である。話題になった映画「マルサの女」の査察官の名もそうだ。スクリーンを観ていて名前を呼ばれた瞬間、身体が動いてしまった。

下記は芸人評。これは名批評だと思う。

頁40
世の中が変化するのは当たり前のことである。人生が思惑通りにいかないのは誰でも知っている。世の中が、人生がどんな形に飛んで来ても、ビートたけしは平気な顔で応戦するだろう。それともうひとつ、ビートたけしが他の芸人と違っている点は、自分の人生がやり切れない場所に変化していくことを、それが時々やるせなくなるほど哀しいことを、随分と早いうちから知ってしまったところにあるような気がする。

下記は、寿司職人見習の思い出。バブル以前。

頁80
「つらいと、本人は言うとります」
母親が言った。私は失礼だと思ったが、母親と話す気はなかった。M夫はもう十五歳なのだ。
「M夫、ここで逃げたら、どこへ行ってもつとまらないよ。鎌倉に一度帰ってから、どうするかを決めようよ」

下記はギャンブル評。当たり前かもしれませんが、この後、釘がデジタルになってから、
パチンコに言及しなくなります。同時に、競艇熱も冷めてゆくようなこと書き出す。

頁148
たとえばサイコロを振り出して、一の目が続けて出たとしよう。
これは珍しいと思うだろうが、それから一の目が一万回続けて出ても不思議ではないのがギャンブルである。
――もうないだろう。そう思ってあるのが人生のパターンであり、これ以上辛いことは続かないさと思っても不幸が続くのが人生だろう。
こう言うと、悲観的にしか考えていないように聞こえるかもしれないが、ずっと一の目が出ない賽はない。

以下後報。
【後報】
頁175、らもの今夜、すべてのバーで、の書評ですが、全然自分のこと書いてない。
まだ書かなかった段階なんだな、と思いました。同時に、これはこれとして、
らもの階段転落死後、どういう感想を抱いたかも知りたいと思いました。

頁199、中高年の、尾羽打ち枯らした飲み方について書いた箇所、
読んでる時は唸ったので付箋をつけたのですが、
時間をあけて見直すと、何に感心したのか分からない。

218、陽水が銀行のキャッシュディスペンサーで金を下ろそうとしたら、
どの口座にもお金がなかった、いちばん稼いでいた時なのに――、という件。
ぐるぐる回っている時って、細かいことが何も把握出来ないですよね。

頁241
「お客さん、そりゃ反対方向じゃない」
 とえらい大声で言われた。
「反対方向か……」
 私は頭を掻きながらつぶやいた。その間もタクシーは新宿の方向へ走っている。
 ――実はあそこでかれこれ三十分も待っていたんですよ。反対方向は承知でお願いしてるんですが、そこをどうにか。
 と私は言いたかった。
「反対方向に決まってるでしょうが、麻布はお客さん、うしろだよ」
 タクシーは真っ直ぐ走っている。
 今日は一日のんびり過ごしたかったから、どうしようかなと思ったのだが、運転手が何ごとか言おうとした時、
「反対方向がどうしたってんだ、おまえ」
 と私は大声を出していた。
 運転手の背筋が急に伸びた。
「おい、反対方向がどうしたって。どこか行きたいところがあるのか。あるならそこまで行ってみろ。どんどんこのまま行け。仙台だって札幌だって行けるところまで行ってみろ。どこでもつき合ってやるから、ほら、好きなところへ行け」
 運転手はスピードを落として、
「どこでUターンしましょうか」
 と小声で言った。

これ、軽い二日酔いで、下駄のまま表に出て、麻布の食堂で湯麵食べたいと突然思い、
反対方向の新宿に行くと雀荘で二三日ハマるからヤダな、と、思った後の出来事だそうです。

ブラックアウトの記載は頁264。ご自愛しなっせ、と思いました。以上
(2015/12/6)