『苺をつぶしながら(新・私的生活)』読了

苺をつぶしながら (講談社文庫)

苺をつぶしながら (講談社文庫)

読んだのはハードカバー。昭和58年8月の第五刷。装幀は水田秀穂。
ブリジット・バルドー、BBベベのお言葉が至る所に出てきます。
それらの言葉が、芳賀書店の本から引用されてるとあり、
芳賀書店てエロの販売書店としか思ってなかったので、フーンと思いました。

前二作の読書感想
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20160301/1456834601

山場の軽井沢で苺色のドレスを着るので、誰に潰されるのかとヒヤヒヤしました。
前二作は関西ですが、本作は関西を飛び出して、軽井沢に来ます。阪僑。
佐野洋子とゴブリン侯爵終焉の地、たがみよしひさ、の軽井沢。
ジョンレノンゆかりの品盗難。

頁6「お婆ンくさくなる」頁42オジン
京都女性は夕刻、自己紹介を始める。おばんですおばんです言うて…
そのギャグは、この時代の日本語に起源を持つのだな、と思いました。

頁18(何ン吐しけつかる、ふん)

頁169
「ガンガン鳴らさな、アメリカ村らしィないやんけ、景気つけんかれ」
 と出っ腹の哲は河内弁でいって、

頁91
私は仕事というのは「三ナイ」でいこうと思っている。「力まない、無理しない、人にかまわない」である。

私もそうします。

頁110
「オタクはやってるの?」
(中略)
それを、オタクは何ですか、男に手ェのばして股倉に手を入れようとする。反省せい。それがオナゴのすることか」
(中略)
「オタクはあいかわらず色男ね」
(中略)
 ただ、剛も私も、互いに相手のことを、
「オタク」
 といいあって、それだけがいささか、何かの証明のようであるが、それとても、「剛ちゃん」「乃理公」の代名詞であることは、どっちもようく知ってる。

この時代、オタクという二人称は、まだ市井の人々が使うものであった。
コミケ普及に伴い、ある特定の人々がオタクという二人称を乱発し、
そこに込められた上から目線が周囲から毛嫌いされ、「オタク」は、
それを口から発する特定の人たちを指すジャーゴンになった、イエスウィーキャン。

頁118
「カタいこというな、誰も会う、いうてえへんわい。けど、どこでまたバッタリ、いうことになるかもしれへん。そのとき食いつきそうな顔してることもないやろ、そないいうて、ニコニコする気もない、というとき、鼻つまんで『雨か蛇じゃーか』と挨拶し合う。――いうてみ」
「いやだよッ!」
 だってこの語を、鼻をつまんでいうと、どう聞いても、
〈△△△しょうか〉
 に聞こえるんだもの。

頁41、154のヨーロッパ通りは知らなかったです。
心斎橋のそごうや大丸の裏あたりを指すそうで、
アメリカ村は本書執筆時点で既に有名だったが、ヨーロッパ通りはまだまだとか。

周防町通(すおうまちどおり=ヨーロッパ通り)OSAKAINFO
http://www.osaka-info.jp/jp/facilities/cat37/5240.html

元旦那とよい関係を築くところまでで終わってますが、
それにしても、自立した、定収入をたやすく得て暮らしていける女性が、
搦めとられて、また再生する物語というのも稀有だと思います。
よう書かはった、以上