『三文役者のニッポン日記』 (ちくま文庫)読了

三文役者のニッポン日記 (ちくま文庫)

三文役者のニッポン日記 (ちくま文庫)

作者 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AE%BF%E5%B1%B1%E6%B3%B0%E5%8F%B8
カバーデザイン:南伸坊(もっとクドい顔に描いてほしかったような)
解説:小林薫(談)
初出雑誌が分からないのが残念。'60のサイゴン台湾アメリ旅行記時事放談

台湾カルチャーミーティング*1のレジュメに記載されていた、
台湾を描いた日本語文学の一冊。司会者の趣味でしょうか。

頁38 三文役者のサイゴン日記 支那メシ屋で突然メコン行きを思い立つ
 正午前にスギとイシが来て、昼めしへ誘われ四人でショロンへ行く。支那料理の“同慶”という店に連れて行かれる。ドンカンと呼ぶ。
 ショロンというよりサイゴンでの一流の支那メシ屋だとスギは言う。成程、こんな店はオレも初めてだな。バンコクの海天楼という辻正信がソコから消えたといわれる支那メシ屋もデッカイ店だけど、この店はもっとデッカイなあ。

辻正信が中華料理屋から消えた説があるとは知りませんでした。アミルスタン・ラムなのか。
んー、この本だけでなく、作者のエッセイは全般的に言って、
言葉狩りへの対抗意識があるような、とのことでしたが、支那呼称に関しては、
フツーに地理的歴史的呼称として、メインランド・チャイナを指す時使っているようです。
そもそも東京五輪の時にナニかあったのか、日中国交回復(=日華国交断絶)以前に、
台湾を何と呼ぶか作者も苦慮したようで、頁66、この国のことを台湾、
そして台湾人と言っていいのかな。
と悩み、
日本語ペラペラの台湾人に、かまいませんよと言われ、安堵して、
台湾、台湾人と言っています。だから、当時国交のない、政体としての北京政府は、
中国でなく、中共と呼ぶ。(頁218,282,406)で、中国(中華民国)は、台湾と呼ぶから、
「中国」という言葉の出る幕がない。

頁244 三文役者のニッポン日記 人間を差別なんかするなよ
 いまの韓国の人たちを、チョウセンジンといって差別したり、そのころの支那の人たちを、チャンコロといって差別したり、それを敗戦を機に、悪いことをしましたと深く反省しているニッポン人が、どうしていまごろになってまで、同じニッポン人を差別しなければならないのであろうか。

こういう感覚。全然関係ないですが、「反省」に対してのコンフリクトを、
たかじんのそこまで言って委員会とかで、ナマで観てた私としては、
ざこば師匠が公開逆洗脳ともいうべき攻撃で自我崩壊寸前のあの場面、
作者とかいたらどうなっていたであろうかと、本書読んでて思いました。
中支に五年オツトメして、最終階級兵長*2で、
手続きがよく分かんないから、軍人恩給もらってないという(頁273)作者。
あの番組やひゃくたさんのおかげか分かりませんが、関西って、意外と右、
と私は思ってますので、そこに、太秦で後天的に学習した関西弁の作者が、
自身の戦争体験をひっさげて、乱入したら、どうなるんかいな、と想像します。

頁115 三文役者のアメリカ日記 夜ふけのチャイナ・タウン
(略)おいチャイナ・タウンへ行くべえ。ウンウン何しに行くんですか。チャンメシを食ってだな、オンナを捜すべえ。こんなに遅くですか。遅いのとオンナと関係あんのか、

チャンカーという単語も登場しますが、それがカーチャンのギョーカイ用語と、
分からない人はまずいないと思います。

で、台湾ですが、北投ばっかなので、まあそういうことで。
北投のとなりの陽明山の山荘で蒋総統と会談するとか、そういうことはありません。
私が行った新北投は、なんか熱海みたいなホテルばっかりで、
でももうひなびていて、ほりもんの入った日本語も少しさべれるじいさまたちが、
のんびりつかったりしていたのですが、今はどうでしょうか。

頁79 三文役者のサイゴン日記 タバコをやめて女郎買いばかりしよう
 台北の町には、それこの頃ハヤリのアイビー族みたいのは一人もいない。時々シンガポールや香港から台北へやってくる、金持ちの伜の留学生が、事情がわからないからチャカチャカやるらしいんだけど、そんなのは直ぐ警察から注意されるそうである。
(中略)
 数日の短い滞在であったけど、オレは1台のスポーツ・カーも見なかった。ジャガーやポルシェのスポーツ・カーが、ジャカスカ走ってる香港も、オレは貧乏人だからあまり気持ちよく思わないけど、しかし世界中でこんなにゼイタクなクルマの走ってない街は台北だけじゃねえかな。一ぺん行ってごらん。ホンマにびっくりするでえ。
(中略)
 台北では日本のハイライトみたいなフィルター付きの煙草が100円である。少し高いよな。話を聞いてみたら本当は日本と同じ70円くらいのもんであるけれど、わざわざ100円で売っているのは、余分の30円を軍事費にまわすんだそうである。
 そうまでして国民は、戦争をやるんだかやらないんだか判らないのに、軍事費として政府の方針に協力してるわけである。その割りに女郎屋なんかがひどく安いのはどういうことになっとるのかね。
 女郎屋の値段を高くして煙草を安くしたらどうだ、なんてオレなんか言えた義理じゃねえけど、しかし何かアンバランスだよな。煙草をやめて女郎買いばかりするか。

まあベトナムとの二正面作戦も核開発もアメリカに止められたから出来なかった、
てのが民国政府の言い分であり、それが現在では分かってるので、
その旨フォローしとかないと、フェアでない気がします。
下記は、台独リーダーが蒋政府と妥協して帰国した旨を批判した後の文章。

頁84 三文役者のサイゴン日記 根本的に助平だから午前1時に老骨にムチ打つ
 まあ他人の国のことでオレがいきり立っても仕様がねえけどね。夜中に中田キャパと二人でホテルの地下にあるレストランへ行きビールを飲む。サイゴンではビアと言ってたけど台湾では日本流にビールである。ここは24時間営業である。

こないだ見たツァイ・ミンリャン映画でも「喝ビール」でありました。

頁75
しかしなぜか台湾は孤独な国である。

まだまだ国連で正式な中国として承認してる国がたくさんあったこの時代に、
なんの根拠もなくカンだけでこう言ってのけた作者。だからフォーラムのレジュメに出たのかな、
と思います。

頁143 三文役者のアメリカ日記 ドライ・タウン(酒を飲ませない町)・ダラスはおかしなとこや
 テキサスのダラスはドライの町だと聞いて来たけど、ビールはもちろんのことマテニイやカクテルは、ホテルでも町のBARでも飲ませてくれる。ただウィスキーは飲ませてくれない。ウィスキーを飲ませないことをドライと言うのか。ビールだってタクサン飲めば酔うし、マテニイだって酔う。おかしなドライがあったもんだな。ウィスキーだけを酒と思っているのだろうか。
 これはテキサス州の法律なのか、ダラスの町だけのことなのかよく知らない。調べればすぐ判ることだけど、そんなこと調べてもツマラネエ。
 しかし友人と、その友人が会員であるようなクラブへ一緒に行けば、スカッチの水割でもオンザロックでも好きなだけジャカスカ飲ませてくれる。ほんまにおかしなドライである。ドライなんて言ってくれるな。何故こんなことしてるのかオレにはサッパリ理解できない。おかしなとこやな。

ホンネとタテマエですよ。

頁171 三文役者のアメリカ日記 アルコール中毒とニッポンの風土との関係について
 皆様にだけ特に内緒におハナシするのであるが、オレの今回の渡米目的の一つに、アルコール中毒の研究があるのである。オッチャンほんまやろな。なぜそんなことを研究するのかと申しあげると、オレは日本国にはアルコール中毒患者なんてものは存在しないと考えているからである。日本ではアルコール中毒になる前に他の病気を併発してしまうおそれがある。そしてアル中なるものは姿を小さくしてしまうのだ。これはニッポンの風土との関係だと、オレは思うんだけど、どんなもんですかねミナサン。
(中略)
 あげくの果てに、俺はアル中ではないのだろうかと死ぬほどナヤんだ。だからオレはアメリカのアル中を十分に研究してだな、バカなことを言うな、その位のウィスキーの飲みっぷりはアル中なんぞであるもんか、と鼓舞激励してやりたいのです。友情であります。友情はカタクそして美しくあらねばならぬ。オッチャン文章家やな。

ニッポン日記読んでると、ちょくちょく禁酒を試して、続かず、飲んじゃってるんですよね、
トノヤマセンセイ。でも酒癖は悪いけれど、ブラックアウトとかはないみたいだし、分からない。

頁276 三文役者のニッポン日記 ああ、わからないことばかり
 オレは喫茶店なんてあまり入ったことねえんだけどよ。このあいだ銀座で時間があまって、酒を飲むには早すぎるのでウッカリある店に入ったんだ。テーブルに坐ったら、女の子の給仕が来たから、紅茶をくれといったら、おひとつですかというんだな。客はオレ一人なんだから、ひとつにきまってんだろう。それともオレのハゲ頭がチラチラして二人か三人に見えたのかよ。腹が立ったから3つぐらい持ってくるかといったら、ハイと返事をしやがって、ほんとうに紅茶を3つぐらい持って来やがんのよ。ビックリした。
 そしてテーブルの上に並べやがって、おもむろに一度に召し上がるんですかときたね。お客さまが一人なのにおひとつですかなんて、神さまも理解できないこといいやがって、なにがいまさら一度に召し上がるんですかだい。両国関係のデッカイ人なら、紅茶の3杯ぐらい軽いだろうけど、ジジイの役者風情じゃどうにもならないよ。
 これもやっぱり銀座の床屋で、アタマを刈り終わってベーラムかなんか振りかけられて、そしてベン・ケーシーみたいな白い上っぱりを着たアンチャンから、七三に分けますか、オールバックにしますかといわれたことがある。涙の出るほど悲しかったな。毛のない頭をどうやって七三やオールバックにできるんだ。創価学会でもできねえだろう。お客さまをバカにするなッ! どうなってるんですかねミナサン。わからないことが多くてオドロキだよ、オレは。

作者の文章、最初は、誰かライターがアレンジしてんじゃないかと思ったのですが、
エッセイストとして評価されてるし(糸井重里とかから)、じゃあ、ホントに自筆か、
と思い、ワープロ登場前に手書きでこの文体はスゴい、と思いました。以上