『火の車板前帖』 (ちくま文庫)読了

火の車板前帖 (ちくま文庫)

火の車板前帖 (ちくま文庫)

詩人草野心平が詩では食えそうもないので開いた居酒屋に、
親の代からの草野家との付き合いのしがらみで、板前未経験にもかかわらず、
板前として手伝う羽目になった青年の手記。中断した同人誌連載を元に、
文化出版局から1976年加筆出版。1998年ちくま文庫入り。
カバー装画 菊地ひと美 解説 宗左近 序文 草野心平
草野心平の自伝読んだ時の関連検索で出て来たので、読もうと思いました。

自伝読書感想
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20160127/1453896736

序文に「拉致」という単語があり、「ラッチ」とルビを振っているのが、
高島敏男提唱の「拉」語源兵隊支那語説を補強するようだと思いました。
火の車の酒類については自伝の読書感想にメモってましたが、
アテのメニューはなかったみたいで、こっちで読んでおもしろかったです。

頁38
すべて料理は一個のフライパンを使用したが豚の腎臓をフライパンで炒めソースと胡椒で味付けしたものを「無題」、干鱈を水に戻して胡麻油で炒めたのを「雪由ゆきよし」、中国産の腐乳を「白しろ」、玉葱と胡瓜を薄く切ったものを、あっさりと塩揉みにして、カレー粉に砂糖を少々入れて、酢で溶かしてかけたものを「五月ごがつ」。牛舌ぎゅうたんの大きいのをまるごとゆで、皮をむいて醬油に漬け薄く切ったのを「ベロ」、残った皮はダシにして季節のものとまぜいろいろなスープを作った。トマトをケチャップ風にして、牛肉を入れ炒めた心平流のボルシチが「夕焼」、牛乳でベーコンと白菜を煮て、塩、胡椒で味付けした中国料理の牛乳白菜ニューナイバイツァイを「白夜」と、どこででも簡単には食べられないものを考え出した心平さんは、得意げであった。

ゆきよしは、別のページに、タラからサカナ扁、アブラからサンズイを取って
くっつけた苦し紛れの命名と書いています。腐乳にびっくりしました。
昭和二十七年に、腐乳を出すのか。小石川初音町で、手に入ったんですね。
開拓団や兵隊は腐乳を食べなかったろうから、いわゆる日僑の中でも、
都市在住者、遊民しか馴染みのない食べ物な気がします。
だから今の日本の居酒屋では、沖縄系なら豆腐ようを出しますが、
ふつうの居酒屋ではエスニックなアテとしてはチャンジャが強いので、
今さら腐乳の出る幕はない気がします。あと、ナイヨウバイツァイは、
元々はベーコンでなく金華ハムなのでしょうが、のちの世で、
ヌーベルシノワで組合せをカリフラワーなんかに替えたりの料理なので、
よく昭和二十七年に目を付けてメニューにしたなと思いました。

226
「心平うどん」というのはじゃじゃどんのことである。じゃじゃどんは中国のジャジャン麺に心平さんが工夫をこらし、支那ソバの代わりにうどんを使ったものである。心平流スパゲティのミートソースである。味噌を使っているので、キュウリの干ものや生野菜の風味がよく合うのである。初音町の「火の車」時代に高村光太郎さんがほめてくださった、あの味である。
(中略)
 中村君と私は今のコマ劇場の裏手にあった「田園」とかいう喫茶店の横合いで、陽など一日中当たらない四畳半を借りて住むことにした。

中国のミートソースというと、ウイグルのラグメンとか、
西北回族の干拌麺のほうがしっくり来ると思うのですが、
それは、ジャジャメンが恋人云々の韓国料理としても日本で広まって、
炸醤麺炸醤麺として日本で定着したからだと思います。

頁248
 ある日、キャバレーの人が入ってくるなりいきなり私を怒るのである。聞けば、前日、出勤前に彼女らに食べてもらった心平うどんが元であるらしい。確かに前の日、私はほんとにおいしいからと掛け値なしですすめたうえで心平うどんを食べてもらったのだ。「ほんと、ほんとにおいしいわ」と口々に、彼女らは喜んで食べて出ていったはずである。
 それが一夜あけて、にわかの文句である。闇夜のげんこつである。
「お陰でさ、客には怒られるわマスターには怒鳴られるわ、大変だったのよ。ニンニク使うならこの店には、もう私たちこないわよ、バイバーイ」
 ときたのである。
 私はしきりにあやまり続けた。うかつといえばそうだが、がっかりしてしまった。

ニンニクって、そうでしたね。口臭予防が発達したのもありますが、
私は、イタ飯が日本人の大蒜観を変えたと思っています。二郎じゃない。
ペペロンチーノが日本人を変えた。間違いない。ベリッシモとか言われたら、
ガーリックって、オサレかもって、思うもの。

頁233
 客の中には酒は辛口がいいという人がだいぶいる。当時、ほんとうは辛口などという酒はほとんどない。ほとんどの酒は甘口なのだ。が、手はある。ほんの少量ではあるが、酒の中に焼酎を入れるのである。すると酒は少し辛口らしくなるから不思議である。

これは初めて聞きました。

この本は、作者も、主人公は草野心平なのか筑摩書房社長古田晁か分からない、
と書いていて、後者のエピソードが目白押しでした。
本郷の郵便局裏に会社があった頃のベストセラーで、刷り過ぎたという、
マーク・ゲインのニッポン日記は今度読んでみます。

ニッポン日記 (ちくま学芸文庫)

ニッポン日記 (ちくま学芸文庫)

ほか、いろんな学者や文人、出版業界人が登場しますが、それは本文を読めばと。
ケニチ先生はおとなしかった。なぜか。いや、もともと酒乱ではないし。鯨飲なだけで。
作者がハマで修行した店が藤棚ってのも興味深かったですし、(相鉄線ですやん)
南京虫がいっぱいいたとか、ヤクザに先制攻撃して、あとあとのことがあるから、
東京に逃亡、とかもよかった。独立のれん分け赤痢まででこの本は打ち止めで、
その後、作者は水商売をよして、工業機械製造の製作所社長にまでなるのですが、
そこはもう書いてなくて、そのあたりの心境とかも読みたかった気がします。以上