『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由がある』読了

理由と書いて「わけ」と読ませます。著者名は檀と書いてまゆみ*1
書籍に前職は書かれていませんでしたが、避けて通れないだろうと思ったので、
上に注釈でつけました。

生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある

生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある

何かの書評で読んで読もうと思った本。が、想像やアマゾンレビューからの推測以上でした。

読んだのは2014年1月の三刷。装幀:大野リサ カバーイラスト:コーチはじめ

頁11
 このテーマへの意識の芽生えは、私が大学院に入学する直前まで長年たずさわっていた仕事の中で、戦争被害者の体験について聞き取り調査をしたことにさかのぼる。抑留されたり慰安所に送られたりという辛い体験をもつ高齢の被害者らから話を聞くうち、気づいたことがあった。同じように過酷な経験をした人たちの中にも、徐々に心の傷が癒されている人と、いつまでもトラウマに苛まれ続けている人の両方がいる。

個人の違いでそれをすべて説明しようとせず、それぞれが帰属するコミュニティの差に、
その理由を求めようとした時、本書の扉が開かれた、と同時に、
過去と一線を画した研究が始まったのではないか、と思いました。

随所に、データを疑う、統計を疑う、その上で斟酌する、そうした態度が体に染みついてる、
と感じられる行動様式が見てとれますが、前職と、
それに対する外部からのフリクションを考えると、容易に理解出来るです。

自殺率が低い自治体があるとの情報がまずあり、作者はそれに対して、
数年単位ではなく、数十年単位の統計データでないと信憑性がないと考え、
さらに、それは他自治体と比較した上で判断しなければならないとし、
そのデータ収集と整理にまず時間をかけます。都道府県単位で均されたデータしかない。
平成の大合併自治体データもブツ切りになって過去と同一単位で記録されていない。
断絶がある。そもそも自治体単位でのデータが一般になく、
それが集約されている研究所(一箇所しかない)で、まずデータをソートする作業申請をして、
目的等をプレゼンし、面接を経て認められ、誓約書を書いて、作業に入ります。

で、自殺率が低いのは、自殺として処理される割合が低いだけなのではないか、
との第一反駁を打ち出し、周辺の、自殺率が低くない自治体と、同じ警察署、
同じ医療圏に属する地域であることから、同じモノサシで死亡診断書が書かれ、
その結果自殺率の差異が生じている、ホンモノである、と判定しています。
この辺、前職で相当絞られたんだな、と思いました。

自殺率が低い自治体はほかにもあるのですが、圧倒的に島嶼部、離島ばかりで、
地続きに他自治体とつながっている土地は上位十傑中一箇所しかなく、
そこが本書のフィールドワーク対象地になっています。

そして、自殺率が低い自治体は、自殺を誘因する要素が少ないのではないか、
と第二テーゼを立て、後述する地理的要因はさておき、病気や経済問題は、
どこも同じである(どこも同じ日本だから)と結論付けます。

このままだと、自殺誘因が「ない」証明、悪魔の証明になるかな、前職だけに、
と思っていると、作者は、自殺を阻止する別要因が「ある」のではないか、
それが大きい、多い自治体だから、プラスがマイナスを打ち消して自殺が少ないのではないか、
とのコペルニクス的転回テーゼを打ち出します。ここが見事と思いました。

結論から言うと、それがあるので、自殺率が少ないというのが本書の展開です。

現地長期滞在の費用とか、あと、地図会社に独自統計に基づいた分布図の依頼など、
ようやるな〜と思いました。峻険な山あいの散居で、医療機関までのインフラが遠い、
などはやはり自殺率高いようです。散居は、クメール・クロムの本でも読みました。
ベトナム人の密集住居村落に比べ、クメール人の散居集落は、すぐ分かるとか。
そして、インドシナ三国で、いちばん自殺率、あきらめ率が高いのがカンボジア

頁80、自殺率が低い自治体なのに、うつ受診率が高い、というデータが示され、
自殺が少ないなら、メンタルヘルス的にも問題が少ないんじゃないの?
との予測を覆しますが、作者はここから、罹患率でなく受診率である、
軽度の段階で速攻受診するから、重篤な事態に陥る率が低いのでは、との推論と、
周囲も積極的にそれを進める、ひとりで抱え込ませない慣習風土がある、
おおっぴらにすることが恥でない風土がある、と、どんどん指摘してきます。

どこの町にも助け合い、ゆい、絆はあるわけですが、それが監視や強制、
押しつけとなり、助けられるほうの精神的負担になる地域と、
それはその時は背中を押してあげなならんけど、いつまでもぐじぐじやいやいゆうな、
の合理的損得勘定が出来る風土、の違いを作者は指摘しています。
たいしたもんだ。

また、頁181、自殺率は低いが、「幸せ」を感じる人の割合も低い。
ここも意外でした。ですが、ここは読み進めると、不幸と感じる人の数も多くない。
特に幸不幸を気にしない、とらわれない、という精神風土があり、
それゆえに、一朝ことが起こっても、どん底の喪失感まで、一気に針が振り切れない、
幅のある人生の許容範囲がある、という見解につながります。ここもよかった。
データとハサミとモノサシは使いよう、ちゃんと見ないと誤った結論に導かれる。

密接だがさらりとした人間関係を築くインフラとして、
この町が近在の辻々と全く異なる、建ぺい率をものともしない密集集落で、
なので、各戸が別々に洗濯ものを干す場所を持たず、
共同物干し場があり、それが21世紀も維持されていること、
各戸軒先に縁台のある建築様式も、四国独自のものですが、四国でも突出して多い、
などが頁163で紹介されています。これが、今まで廃れなかった、
のがすごいと思いました。作者は、ここに限った点ではないですが、
将来に渡っても維持される(低自殺率含む)とは限らない、
その保証はない、とクールに書いています。

頁91
 歴史を知らないことには、何も始まらない。
 そのことに気づいて、私は慌てた。中学卒業以来、いわゆる日本史とはほぼ無縁、大河ドラマも見ない「非・歴女」なので、歴史に関してはごく一般的な知識さえ欠落している。

これは前職知ってるとご愛嬌。かまととぶらんといて、とまでは言いませんが。

比較対象含めた、当該諸自治体への参与観察に対するフォロー、敬意は充分に払われ、
「自殺」という行為自体への作者の考えもしっかりと明記され、
当事者への暖かいまなざしも感じることが出来ます。周到な本です。

多様性を積極的にとりこもうとする社会であるとしていますが、
どこまでの多様性か、「気質」を想定してるように感じましたが、
移民や少数民族など、言語までの多様性とは、
まったく書いてないので少し気になりました。が、それは別の話なのでしょう。
往々にして他民族とのモザイク居住は壁を作りやすい。
ソニンって徳島だっけ、と思って検索したら、高知でした。以上