『水の戒律』(創元推理文庫)読了

水の戒律 (創元推理文庫)

水の戒律 (創元推理文庫)

下記2冊とともに、ほかの方のブログで紹介されてた小説。
アメリカのユダヤ人社会の、推理小説というか、
犯罪が起きて、解決される迄の小説です。

ユダヤ警官同盟』上・下 (新潮文庫)読書感想
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20170119/1484824642
『金曜日ラビは寝坊した』(ハヤカワ文庫)読書感想
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20170104/1483476141

The Ritual Bath

The Ritual Bath

作者 Wkipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3

この話はシリーズ化されて、23作刊行。
邦訳は12作まで創元推理、飛ばして18作目がハーパーコリンズジャパン、
後者を知らなかったので検索したら、ハーレクインロマンの出版社でした。
19作目も後者からこの二月和訳されて刊行との由。15作目と16作目の間に、
4年のブランクがあり、だいぶ登場人物間の関係が変わったようで、
18作目のアマゾンレビューは、順番に邦訳刊行せず、
間をすっ飛ばして家族関係の変化を読者に説明しないことに、???してました。

カバー写真 松本博行 カメラ東京サービス カバーデザイン 小倉敏夫
訳者あとがきあり 最近メディアで使われてる写真、ことごとくアフロですが、
何だか知りません。検索もしない。田中。蹴りたい。綿矢。

原題 "The Ritual Bath" は、作中「ミクヴェ」のカナがあてられている、
ユダヤ教の沐浴場です。いや、浸からなければいけないから、沐浴ではないかな。
中国語だと、沐浴を意味する"淋浴"に対比して、"盆浴"と言ったはずですが、
(ただし、西北の、回族の多いところで見聞きした単語なので、
 メインランド・チャイナの、漢族圧倒的多数地域では耳慣れないかも)
ハテ、日本語でどう言うか出て来ず、検索したら、「入浴」でした。
そらそうだ、コロンブスの卵。

TOKYO GAS UCHIKOTO 2016年07月28日
「入浴」と「沐浴」はどう違うの?新生児の沐浴の<ポイント>と<注意点>
http://tg-uchi.jp/topics/2492

ミクワー Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%AF%E3%83%AF%E3%83%BC
Mikveh Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Mikveh

by Jewish women to achieve ritual purity after menstruation or childbirth before she and her husband may resume marital relations;

ほかにも用途があるようですが、この小説で重要なのは上の用途で、
既婚女性は生理が終わった後、この通過儀礼を経ないと、
夫との性交渉を再開出来ないとか。もちろん、
この小説に登場する「正統派ユダヤ教徒」の話で、血統だけの人とか、
世俗派とかはまた違うんでしょうけれど。また、これは蛇足ですが、
前世紀のお話で、イスラエル人と話していて言われたのが、
イスラエル人ナットイコールユダヤ教徒だよ」
戦闘治安維持行為などへの比喩風刺なのか、マロン派キリスト教徒や、
イスラム教を信仰するイスラエル国籍者
パレスチナ人と言ったら違うんでしょうけれど)
を含む国家共同体としてのイスラエルを言ったのか、知りませんが。

犯人の謎解きとかは特にないです。読者はただ受け身で、
ストーリーの進展に伴う、犯人登場を甘受するだけ。
猟奇事象に関しては、時代だとしか言えない。1980年代はまだ、
規制とか、読者側の心理的忌避感が強くなかった。
だって、おはなし、フィクションだと分かってるから。
現実犯罪が空想を凌駕するとは思ってもいなかったから。
良識ある、グッドセンスをもった人々が、
市井の主体として社会生活を営んでいると信じれたから。
(だから怖いもの見たさで犯罪小説を読む)

アマゾンレビューにもありましたが、この話はむしろ恋愛小説、
バツなんとかの中年男女、どちらも容姿端麗で行動力あり、
が、ぎこちなくも関係を進展させてゆく流れを楽しむ小説です。
読んでて、カユくてしかたなかった。
ブコメは、セオリーとして寸止めの要素があり、ふたりの発展が阻害され、
そこがもどかしくも面白いのですが、この小説の絶縁体は、
ユダヤの戒律、というか、ユダヤ教徒と異教徒(ゴイ)だから㍉、
となっていて、それは越えられない壁なので、おでこにキス以上は、
ないです。厳密に言うと、おでこにキスする場面もありません。

四次元ロケットが出て来て解決するのですが、ネタばれなので略。

正統派ユダヤ教徒のコミュニティが郊外の森の中にあって、
ただ、そんなにお金があるわけでなし、質素なのですが、
教育にはお金を使ってるという印象でした。

(前略)フットヒル署の管轄区は、言ってみれば、山と雑木林をはさんで細かく分割された景気の悪い小さな街の寄せ集めだった。下層階級の白人や暴走族の不良集団や流れ者のカウボーイたちが住む小さなコミュニティもあれば、黒人やヒスパニック系の移民が住む貧民窟もあるが、大部分に共通しているのは“貧困”である。食べていくのが精いっぱいどころか、その日の食べ物にも事欠いている。ユダヤ人コミュニティもしかり。彼らはマスコミで紹介されるような裕福なユダヤ人ではない。たとえ神学校にダイヤモンドが隠されていたとしても、住民たちの暮らしぶりからはそんな気配は微塵も感じられない。彼らのほとんどは<ターゲット>や<ゾディーズ>で買った安物の服を着て、地元の住民と同様にポンコツ車に乗っている。

ふと思ったのですが、セファラディはスペイン語を話さないだろうか、
(アシュケナジーがドイツ語を話すのと同じくらいに)
スペイン語話者のユダヤ人がメキシコにコミュニティを作っていて、
そこからアメリカに出稼ぎに来たら、ヒスパニックでもあり、
ユダヤ人でもありということになるのだろうかと思いました。
(なると思います)

頁24門扉に「もんぴ」とルビを振っていて、
「もんび」だか「もんぴ」だか分からなくなるので、親切だと思いました。
頁240、モシェ、経典解釈の世界に生きている人物*1が英語をひとことも喋らず、
ヘブライ語を話し続ける場面で、
通訳したラビが、本当はヘブライ語でなくアラム語で、ゲマラ・スコット、
註解書の仮庵祭*2の章からの引用句だけ喋っている、と教える場面は、
さすが作者も正統派ユダヤ教徒、と思いました。
ここはヘブライ語でなくアラム語だよっ!!!
って、ずっと言いたかったんでしょうね。
どっちでもいいでしょ、ギリシャ語グリークなんだから、って、
リアルではワスプから適当にいなされておしまい。そっちから振って来たくせに。
とストレスを溜めていて、ツイッターもラインもない時代に、
こうやって発散させてスカッとする作者を想像しました。以上

*1:Wikipediaのキャラ紹介は違う。薄弱でなく分裂。現在だと統合失調と呼ばれるのか

*2:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%AE%E5%BA%B5%E3%81%AE%E7%A5%AD%E3%82%8A