『ユービック』 (ハヤカワ文庫 SF) 読了

ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314)

ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314)

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41Ai6Dx11sL._SX356_BO1,204,203,200_.jpg浅倉久志のエッセー*1に、
山田風太郎忍法帖を思わせる、
とあったので、それで読みました。
が、それはデコイでした。

訳者あとがき
 開巻早々、十一人の不活性者が未知の超能力者たちと対決するため、月へ乗りこむというくだりが、山田風太郎の集団忍者小説を連想させたのも束の間、主人公たちはあっけなく敵の術策におちいって敗北し、あとはディックお得意の現実崩壊の中をさまよいはじめます。


私が読んだのはアゴの割れた
ヒゲの濃いオッサンと、
水中花みたいなガラスびんの中の女性、
が表紙の文庫です。
昭和53年10月初版
カバー:中西信行
上の、時空の旅人みたいな表紙は、
アマゾンで拾ったもの。
はまぞうで出た、スプレー缶が、
いちばん新しい表紙みたいで、
そのスプレー缶がユービックです。
あとがきにあった、「不活性者」というのは、
超能力を無効にするカウンター能力者で、
この小説に出てくる超能力は、読心と予知くらいなので、
それぞれに対応するカウンターがあります。
で、時間の流れを加速させながら過去へ移行するという、
スゴい超能力者がいて、それを中和する萬金丹反魂丹的なツールが、
オービック*2ユービックです。勘定奉行

Ubik (S.F. Masterworks)

Ubik (S.F. Masterworks)

頁137
「おれに言わしてもらえば」と、アルがうつろな声を出した。「あんたは失敗への願望がある。どんな周囲の状況の組合わせでも――これを含めてだが――そいつが変わるとは思えないね」
「いや、実際にぼくの中にあるのは、成功への願望なんだ。
(後略)

反論のしかたがヤバいです。この未来世界は、ドアを開けるにもコインが必要という、
仮想電子マネーの出現をまったく予想出来なかった迂闊、的未来で、
ブレイディみかこの本で読んだ、イギリスの低所得者向け公営アパートの、
湯沸かし器も温水シャワーもコイン投入式の世界の、進化形なのですが、
(だからイギリスの貧困層は金がなくなると即加熱調理の自炊が出来なくなる)
主人公は金銭感覚がなく、破綻してるのでドアも自力で開けられず、
カネを借りるかお人よしのツレが来るのを待って開けてもらうかしか出来ません。
で、機械文明は彼に借金をさせない=コンピュータは状況を鑑みて彼に貸さない。

頁172
「しかし、たった一日で、二年から四十年にジャンプしたんだ。この調子だと、明日の今ごろは百年になってるかもな。どんな食品だって、製造後百年も経ったら、とても食えたもんじゃない。罐詰にしろ、なんにしろ」
「中国の卵だ」ジョーはいった。「地中へ埋めて、千年も置いとく卵」

ピータンは千年も置いとかないと思います。
https://en.wikipedia.org/wiki/Century_egg
この小説のヒロインの名前は、パット・コンリーというのですが、
コンリーというと、やっぱりタンスにゴンリーしか思いつきません。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC
https://en.wikipedia.org/wiki/Mike_Conley_Jr.
しかし何故過去に遡るのに、タバコがカサカサになったり、
食品が腐ったりするんでしょう。

頁219
 ブリスはいった。「ドイツ人よりも、あの共産主義者どもがほんとうの脅威ですよ。たとえばユダヤ人の扱い方ね。だれがそのことで大騒ぎしたか、知ってるでしょうが? この国のユダヤ人ですよ、連中のほとんどは市民じゃなくて、生活保護を受けてる避難民だというのに。たしかにナチのユダヤ人に対するやり方の中には、多少行き過ぎもあると思いますがね、基本的にはユダヤ人問題ってのは昔からあったんで、まあ、強制収容所はちょっと無茶だけど、なんらかの手段をとる必要はあるんじゃないですか。合衆国も似たような問題をかかえてますよ。ユダヤ人とそれに黒ん坊ね。いずれは、われわれも、その両方に対してなにか手を打たなきゃならんでしょうな」
「はじめて聞いた。“黒ん坊”なんて言葉が実際に使われるのを」

過去に遡った主人公が、うっかり現在のモノサシを出してしまうところ。
この後、ブリス氏はリンドバーグを称賛し出します。
西洋現代史で習ったのですが、けっこうナチスはUSA市民にも受け入れられていて、
しかし当のナチスがそれを信じられなくて、あまり情宣に熱心でなかったそうです。
南米に対しては信じられたのでけっこう熱心にやって、で、亡命した。

訳者は、この作品と『スラン』との類似を指摘し、スランが未来といいながら、
発表された1940年当時の世界そのままであり、いっぽうのユービックは、
1939年に退行してゆく。種明かし的な説明は、パロディと疑いたくなる、
とあとがきで書いています。この小説が忍法帖でないのは残念ですが、
真の敵がコロコロ変わる(主観の投影?)終盤など、苦笑せざるを得ず、
その苦笑自体が愉悦であるような、そんな楽しい時間が過ごせました。以上です。