『医者井戸を掘る―アフガン旱魃との闘い』読了

医者井戸を掘る―アフガン旱魃との闘い

医者井戸を掘る―アフガン旱魃との闘い

中村哲医師の著書を一冊讀んで面白かったので、借りた本。
博多の出版社というと、海鳥社を知っていて、あと、中国関係ですと、
当然中国書店と北九州中国書店があるわけですが、
直木賞作家東山彰良の父君の話かなんかも知ったような)石風社という出版社もあるんですね。知ってよかった。

アフガニスタンの診療所から
 A Report from the little clinic in Afganistan』
(ちくま文庫)読書感想
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20170527/1495882176

前に読んだ本だと、あまり知らなかったので、この人タリバン是々非々なのか、
と驚いたのですが、この本では、はっきりと、部族慣習法を尊んだタリバンの統治は、
前近代アフガンの現状を考えるとアリで、マスード派に武器を供給するロシアを、
見て見ぬふりし、タリバンだけ叩くBBC、女性のかぶりものや肌の露出をあげつらい、
(頁206)富裕層の女性だけそれを理由に渡米ビザ発給しまくりとか(頁130)、
欧米あきらかにおかしい、と、バッサリ、バッサリです。タリバンと日常渡り合って、
援助金の中抜きばっかの欧米NGOとは確執続き、リモートの欧米にはいらだち、
(さらにはネット社会なのに情報がスポイルされている現状への皮肉も)
という現状では、タリバン政権への視線もおのずと異なるということかと思いました。
で、この本は、タリバンがオサマビンラディンを匿ってることに触れてますが、
その是非は書いてないです。アルカイダについての見解も。

作者は人に恵まれてますが、書かれぬこともたくさんあったでしょう。
当時二十七歳の若者が、大変な戦力、というか一人で現地を統括してしまった、
その驚異的な活動量と能力に作者も賛美の声を惜しんでません。しかし、

頁37
私は彼のような多くの若者たちが、結局自分の希望したような生活が送れず、よほどの才覚と幸運がない限り、作品の売り込みや切り売りに明け暮れる結末を見てきた。

で、彼がお寺の息子なので、僧侶としての修業の意味ももたせようとした、
というくだりは、らい病の医療スタッフが、日本でその経験が、
なんの意味も持たなかった苦い記憶の継承があるからだなと思いました。
また、彼に限らず、若いスタッフは生硬なので、交渉事は、
年配者がフォローして軋轢を回避した、というくだりもよかったです。
アフリカから、他NPOとの交流から来てくれた井戸掘りのプロもよかった。
元ゲリラが、発破のプロになるところも。

頁99
ひどいものでは、ポンプだけ設置して外観は立派でも、殆ど掘削してないものまであった。まるで詐欺そのもので、国際的に名だたる組織にしてはお粗末極まった。それでも、我々は決して非難がましいことを言わなかった。黙々と彼らの後始末をしたというのが正しい。実際この頃流されてくる旱魃情報は、国際○○が井戸を何十本贈っただとか、○○医療団がコレラ調査に乗り出しただとか、売名的なニュースが多く、嫌気がさしていた。例をあげると一千万円かけて井戸ポンプを二〇本、というものがあった。水汲みポンプ一セットが九千ルピー(約一万八千円)だから、二十台で三六万円のはずである。残りは間接経費で消えるのである。こんな笑えぬ茶番が美談のニュースとして流された。

ペットボトルのキャップと同じですね。

しかし、この人は天性のアジテーターというか、リーダーでもありますが、
語り部としてもものっそい人だと思います。

頁123
 だが、井戸の深さ四〇メートル、五〇メートルとなれば、高層ビルの十階を優に越える。しかし地底に降り立つと、恐怖を通りこして妙に落ち着く。音も光も届かぬ世界だ。入り口が月よりも小さく見える。深い闇に包まれ、井戸底の作業員は地上とトランシーバーで交信しないと声が届かない。ダラエ・ヌールの山中では、雨どいのようなビニールパイプを伝声管に使って、地上と連絡をとった。
 蛇足になるが、古来から洋の東西を問わず、井戸はこの世とあの世をつなぐ通路だと考えられていたという。地底に立つと解らぬでもない。井戸底の神秘性に対する信仰は、今でもあるらしく、日本では怪談「番町皿屋敷」が余りに有名である。家宝の皿を割って手打ちになり、古井戸に放り込まれたお菊という女中が、夜な夜な現れて皿を数える。そこでは、井戸は冥界とつながるもので、成仏できぬ魂が出入りする通路である。今でも日本の井戸掘り職人は、決して古井戸を埋めることはしない。ちゃんと御祓いをした後、蓋を被せるのだという。地底の神秘への憧れや畏れは、日本の民話に数多く残っている。「おむすびころりん」「ひょっとこ」など、何れもそうである。西欧でも、ギリシャ神話で井戸底や地底は冥界への入り口であった。ジュールベルヌが『地底旅行』を著して、我々の心奥に痕跡を留める見えざる世界への興味を蘇らせた。
 これは現地で井戸掘りに携わる我々もそうで、苦心惨憺の末に深い地層から引き上げられた石は、何やら恨めしげに我々を見ているような気がするのである。私だけでなく、中屋・蓮岡両氏も同じことを述べていた。

この頁には、井戸底から空を見た写真があります。実にいいです。
井戸工事なので、滑落の事故死、酸素欠乏有毒ガスによる死、の場面もあります。
そこを乗り越えて、本なのでクライマックスの盛り上がりがあるのですが、
首都カブールを目指せ!!!的なトツゲキ展開になり、
頁190で、タリバン駐屯軍に中国人だと思われていたのが、日本人と分かり、

頁191
アフガン人は一般に日本に対して並々ならぬ親近感を抱いている。「日本とアフガニスタンの独立が同じ年だ」と信じている者が少なくない。

これはどうしてそういうことになったんでしょうね。
中国は、書いてませんが、ロシア同様、武器はいろんな連中に売ってそうだし。
アラブ人については、支援に来たワッハーブ派の連中が、
自分たちの礼拝方法などを強要して現地と軋轢生じた、とあります。
韓国人は、一行もありません。

この本では、背任やサボタージュ、現地逃亡した弱虫のローカルは、
即解雇とかです。厳しいです。規律を保つためにでしょう。
欧米の他NPOが機能しない理由として、作者ほかは、現地任せの体質を挙げています。
蓮岡氏の現地報告は、理系の、工学部の人とかが読んだら、面白いであろう、
井戸掘りの具体的な数字を伴った箇所が前半、後半が、リスクヘッジ
バイクの活用、ランクルより平トラック、給与は必ず手渡し、
ミーティングによる意識共有を頻繁に行う、子どもが井戸に落ちないよう、
村の住民に井戸の周りで遊ぶ子を棒で追い払わせるまでに動かす、
そのテクニック、などをすべてあますところなく書いています。
じゃー読めば誰でも同じことが出来るかというと、㍉でしょうけれど。

作者はたいした人物だと思います。あともう一冊読みます。以上