『オリーヴ・キタリッジの生活』読了

オリーヴ・キタリッジの生活 (ハヤカワepi文庫)

オリーヴ・キタリッジの生活 (ハヤカワepi文庫)

オリーヴ・キタリッジの生活

オリーヴ・キタリッジの生活

読んだのはハードカバー。装画/民野宏之 装幀/田中久子

作者 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%88
現段階で、今年出た邦訳新刊も未反映という、
作品にも似た味わいのWikipedia記事です。
編者は売る気ないのか。あんたが黒子やらんでどうすんねん、みたいな。うそ。
新作『私の名前はルーシー・バートン』の書評をどっかで見て、
ワインズバーグ・オハイオの系譜みたいなので、借りた本。
訳者あとがきもそう書いてます。が、そうかな。

ボストン郊外の架空の街が舞台の連作短編(一つだけN.Y.おさんどん編)で、
9.11直後に72歳のガッチリした夫人(現役時は数学教師)が顔を出し、
狂言役をつとめ、主役を演じます。もともとのっぽだったが、年をとって、
首周りとか肩とかがかたぶとりしてきたとか。スコットランド系とのことですが、
キタリッジは夫の姓で、彼女の婚姻前の姓は最後まで登場しないです。

上でもう一個書いてしまってますが、推理小説でもないし、ネタバレどんどん書きます。

もと数学教師だからか、彼女はしょっちゅうヒスを起こします。
夫は薬局を経営してましたが、寄る年波というか時代の流れで、
チェーンのドラックストアが全盛になる前に手を引き、
雇われで少しチェーンを渡り歩いて、リタイア、その後、
いろいろあって、何も分からない、返事もしないところまで行きます。

ひとり息子は、晩婚で、母のように気の強い女性と結婚し、西海岸に行き、
一年で別れ、ニューヨークで母よりでっかい女性(子連れ)と再婚します。

アメリカだな、と思うのは、登場人物の多くが老人なのですが、
若者は独り立ちしたら家を出るべし、的な慣習道徳が生きてるせいか、
子供世代と二世帯同居が全然ない点です。家を出ない独身息子はいますが、
それは小説中に成長します。ノンフ『家族のゆくえは金しだい』で、
若い世代が現在の高齢者の若い頃程の収入が確保出来ない現状は、
グローバルなものであり、作者がカナダのバンクーバーに出張した折見た、
父母の家を出るべしの慣習に従って家を出てホームレスになって、
メインストリートでうつろな目をして横たわっている若者数の異常な多さ、
を書いているのを思い出しました。そこまででなくても、
本書でも、まだ街のファーマシーがドラッグストアチェーンに駆逐される以前、
既に新婚家庭を構える居がトレーラーハウスだったりして、
世の中が徐々にそうなってゆくのが分かります。キタリッジ夫妻は、
ひとりっこの息子とその未来の嫁と彼らが作る孫のために一軒家を用意しましたが、
バーブのその家はフォーセールになって、その前を車で通るとき、
ちょっと感傷的になる、という場面があります。

家族のゆくえは金しだい

家族のゆくえは金しだい

オリーヴ・キタリッジはサータアンダギー、否、ドーナツが好きで、
ダンキンドーナツによく行きます。ダンキンドーナツはなぜ、
日本から消えてしまったのでしょう。ドムドムバーガーだって、
サーティワンだってまだ日本にあるのに。相鉄線横浜駅の二階改札の脇、
新宿歌舞伎町の、三平の向かいでしたか、その二店のダンキンは、
すぐ思い出せます。最近は、ミスドが徐々にシュリンクしてて、寂しい。

頁25 薬局 Pharmacy
 衰えていく教会を見ながら心配になるのは、このごろのヘンリーが躍起になって考えまいとすることを、ほかの人たちも感じているのではないかということだ。つまり、こうして週に一回集まっても、ほんとうは心の救いになっていないということ。みんなで頭を下げて、讃美歌を歌って、というような行為があるだけで、神の存在に祝福されている実感はヘンリーにはなくなった。オリーヴなどは悪びれることなく無神論に傾いた。いつからこんなことになったのか。結婚した当初はまるで違っていた。

頁129「飢える Starving」は摂食障害と薬物中毒が登場する話ですが、
アン・リンドバーグの本がここに登場し、本書、開く前は、
似たようなものかと思ってたのに、全然、と感じたのを再認識させられます。

2015-05-23『海からの贈物』 (新潮文庫)読了
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20150523/1432386062

頁269 瓶の中の船 Ship in a Bottle
アニータ:母
ジム:養父
ジュリー:姉
ウィニー:妹
(前略)ほかの母親を見れば、やけに太っている、とんでもないヘアスタイルをしている、ウェストがゴムのジーンズの上に夫のウールシャツを借りて着ている、という例が少なくない。
 アニータはというと、どこへ行くにも必ず口紅を塗って、ハイヒールをはいて、人造パールのイヤリングをつける。なにか変だとウィニーが思い始めたのも、つい最近のことだ。どこかおかしい。
(中略)
(中略)あら、お父さん、帰ってきた。うれしいじゃないの。平日の昼間なのに、あんたのことが気になって帰ってきてくれたのよ」(中略)
「さあ、みんな、どうしてる?」ジム・ハーウッドは細身の男で、とことん人当たりがよい。アル中から立ち直り、いまも週に三度は断酒の会に出ている。ジュリーの実父ではない。その男はジュリーが小さい頃に女ができて逃げてしまった。だがジムはジュリーに対しても、また誰に対しても、やさしく接する男である。母と結婚した頃に、まだ酒飲みだったのかどうか、ウィニーは知らない。(中略)
「ほら、お父さんが買い物してきてくれた。ジュリー、あんたパンケーキ焼いてよ」
 日曜日の夜にパンケーキというのが、この家の決まりだ。いまは金曜日の昼である。
「そんな気分じゃないのよ」ジュリーは泣きだしていた。声はあげずに、両手で顔をぬぐうように泣く。
「ちょっと、もう、困ったもんだわね」母が言った。「あのねえ、ジュリー、いつまでも泣いていられると、あたしだって――」と、スポンジを流しに投げる。「我慢の限度ってものがあるのよ、いい?」
「何なのよ、それ」
「何なのとは何よ。そういう言い方をするんじゃないの。
(中略)
 ウィニーは「あたしがパンケーキつくるよ」と言った。これ以上、(以下略)

本書にはあと二人アル中が出てきます。けっこうな比率な気がする。
この姉妹は、母から精神安定剤を処方される時がありますが、
医者はどこに出てくるのか、よく分かりません。
で、これは他山の石かと思いきや、キタリッジ先生も次の話で直撃食らいます。

頁340 セキュリティ Security
「そうやって、あっさり追い出すの?」オリーヴの心臓がどかすか打った。
「ほうら、またきた」クリスは冷静に応じた。冷静に皿を入れている。「自分から出て行くと言っておいて、今度は追い出されると言って人を責める。ま、昔は、いやな気持にさせられたけども、いまは違うね。僕が悪いわけじゃないことはわかってる。ママはわかってなさそうだ。自分が何かすれば、ほかに影響が出るんだってわからないかな」

(中略)
「こんなこと信じられない」オリーヴは言った。
「こんなもんだろ」クリストファーは鍋をこすりだしている。「僕だって、ずっと信じられないと思ってたんだが、いまはもう我慢する気がなくなった」
「あんた、ちっとも我慢なんてしてなかったじゃないの!」オリーヴは金切り声をあげた。「いつだって親をないがしろにして!」
「いいや」息子は静かな口をきいた。「ちょっと考えてくれたらわかるはずだ。真相はどうだったのか。ママの性格なんだよ。怒りっぽいことは間違いない。どうなってるんだかわからないけど、まわりの人間をいやな気分にさせるんだ。父さんなんか、ひどい目にあったろうね」

この話のオチはすごいです。また、「別の道 A Different Road」は、
やっぱり私には八王子を連想させてしまう話でした。なぜ現実に起こるのか?

以上

Olive Kitteridge

Olive Kitteridge

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