『禁煙小説』 (双葉文庫) 読了

禁煙小説 (双葉文庫)

禁煙小説 (双葉文庫)

ほかの方のブログでこの作者の『避難所』を知り、
それといっしょに借りた小説。こっちが先に読み終わりました。
カバーデザイン…………………大路浩実
解説 門賀美央子(書評家)
https://www.php.co.jp/fun/people/person.php?name=%E9%96%80%E8%B3%80%E7%BE%8E%E5%A4%AE%E5%AD%90
2008年6月、実業之日本社より刊行された、
『優しい悪魔』を改題、加筆訂正したとの由。

頁103
会社に弁当を持っていくと、昼休みの一時間が有効に使える。外に食べに出た場合、ランチタイムはどこの店も混んでいて待たされることが多い。そうすると、昼休みが終了する間際に会社に戻って来ることになり、歯を磨いたり化粧直しをする時間がなくなる。
 いや、本当はそれよりも何よりも、タバコを吸う時間が取れなくなるのだ。そういうときは、タバコをあきらめてとりあえず自席に着くのだが、五分もしないうちに駐車場へ足を運ぶことになる。そうすると、タバコを吸わない課長の視線が背中に突き刺さる。

社屋全面禁煙で喫煙所が撤去され、駐車場の隅に、屋根なしで、
バケツ吸いがら入れの喫煙場所がある現状だそうです。
で、部長以上は個室持ちで、そこで皆吸っていて、正社員とか、
一般職でない総合職とか、上長の覚えのめでたい者とかは、
そこで吸ってるが、その中に入れてもらうには暗黙の云々があるのではと、
主人公はまだためらってる状態です。一般職正社員。既婚娘一人中学生。

頁105
お腹が空いたと言ってまとわりついてくる幼い日香里を邪険に追い払い、自分は換気扇の下でタバコを吸う。そう、そんなときもタバコだけが慰めだった。
 まだ若かった頃の要領の悪さを思い出していると、急に切なくなってきた。なぜもっと日香里に優しくしてやれなかったんだろう。なぜあんなにもいらいらしたんだろう。穏やかで優しい母親像からはほど遠かった昔を思い出すと、タバコを吸わずにはいられなくなった。
 急いでタバコに火を点ける。深く吸い込むと、それまでの悲しみが一瞬にして消えてなくなった。毎度のことながら、タバコはまるで魔法のようだと思う。

主人公は、強迫観念のように、「やめたいのにやめられない」状態です。

頁117
――次に、四十五歳の男性のお便りをご紹介いたします。喫煙歴二十年の方です。
『三浦先生のおかげで、やっとタバコをやめることができました。本当に感謝しております。私は四十歳を過ぎてから急激に太り始め、それと同時に血圧も高くなり、かかりつけの医師からタバコをやめるようにと再三注意を受けておりました。にもかかわらず、どうしても禁煙できず、藁にも縋る思いで禁煙外来のドアを叩いたのです。私は営業職のサラリーマンですが、一日四十本以上吸っていました。健康によくないことはわかっていましたが、タバコがなければ生きていくことすらできませんでした。自分の人生がタバコに支配されていると思うと、惨めでたまらず、心底やめたかったのです。三浦先生の、親身で具合的な指導や、タバコを吸い続けることで起こる悲惨な病状の説明など、たくさんのことを教えてもらったおかげでタバコの奴隷から解放されました。心から感謝しています』
 タバコの奴隷とはうまいことを言うものだ。この男性の言う通りだ。自分の人生もタバコに支配されている。生活がタバコを中心に回っているのだ。

(中略)
 少し時間を置こう。タバコに火を点けて、思いきり吸い込んだ。
 ああ、おいしい。
 タバコをおいしいと感じたのは久しぶりだ。それというのも、三浦志保に従えば、タバコともおさらばできる日が来ると確信したからだろう。

明日からと言ってるうちは絶対に㍉と思います。

頁124
 自動販売機なら、マンションを一歩出れば、道路脇に何台も置いてある。だけど、成人を識別するタスポというカードがないと買えない。タバコをやめるつもりでいるのに、カードを作るのもいかがなものかと思い、ぐずぐずといまだに作っていないのだ。

近くのコンビニにタバコはなく、タバコのあるコンビニは遠いという設定。
私も昔吸ってた頃、こういう理不尽な理由でタスポ作ってませんでした。
あるカプセルホテルの中の自販機が、カプセルホテルに泊まるのは成人だけ、
という理由からか、タスポ不要の自販機で、重宝してました。
それがなくなるのと同じ頃、潮が引いて、タバコをやめてゆきます。

頁131
 いつもこうなのだ。目的の場所に着く直前に、吸い溜めしなければならないから、そのためにはまずカフェを見つけなければならない。見つけるのに時間がかかったらどうしよう、目的地から離れた場所にしかなかったらどうしよう、近くにカフェが見つかっても、満席だったらどうしようと、常に心配ばかりしている。いろいろな場合を想定して逆算すると、家を出る時間がものすごく早くなるのだ。
(中略)
 立て続けに何本も吸った。
 時間は十分過ぎるくらいあるのに、緊張のせいでゆったりとした心持ちにはなれなかった。短くなったタバコを灰皿に押しつけては、次の一本に火を点ける。それを何度も繰り返しているうちに、吐き気がしてきて、もうこれ以上吸えないとなったところで、次の一本を箱から取り出すのをやめた。

禁煙外来に行くのに吸い溜め。なんで医者はこんな患者を追い出さないのかと、
疑問に思う人は疑問に思うと思います。保険診療だからとかは知りません。

頁136
「ご存じかもしれませんが、画期的な飲み薬が開発されています。タバコを吸いたい気持ちが抑えられ、統計によると八割の人が禁煙に成功しています。しかし、そのほとんどの人が一年以内に再び吸い始めてしまうんです。だから、その飲み薬は使わず、私の考えた方法で指導しますが、よろしいですか?」

ここを読んだ時は、この医者素晴らしいと思ったのですが…、
私は以前近所の内科で、禁煙外来相談した時、当時服用してた薬とのコンボで、
あまりよろしくなくなるらしいと医者から言われ、だから禁煙外来ノー、
やめたきゃ自分でやめなさい、やめたきゃ自分でやめられるもんだ、
ということで、サヨナラコニタン、サヨナラ俺、舘、ひろし、でした。
多額の開発費用を投じた製薬会社は回収に必死でしょうが、現場は、
人命というか、総合的に、健康を考えて、ゴーストップ判断して呉て、
助かることも多いな、と思う訳です。

このあと、禁煙開始日を決められない、貰い🚬タバコ乞食たんじょう、
減煙節煙療法の始まり、等々が続きます。

頁183
 こういうせりふを聞くと、異常にタバコが吸いたくなるのは昔からだ。カフェに立ち寄ってから既に二本を吸ってしまっていたが、気分を落ち着かせるために、三本目に火を点けた。
 仕方がないのだ。
 こういうときには吸わなければならないのだから。
 タバコが必要なのだから。
 タバコを吸わないと、精神状態をまともに保つことができないのだから。

これ、ほかのアディクトの文章を、そのまま持ってきたん違います?
と思うくらいオーバーと思うか、ウンウン分かる分かる、と思うか。
どういう台詞を聞いたかは読んでもらえばいいですが、えっ、
こんな軽いことなん?と思うか、ウンウン分かる分か以下略。

頁187
 自宅に帰ると、自分の部屋に直行した。机の上にある未開封のタバコの箱をじっと見つめる。
 絶対にダメ。
 これは明日の分なのだから。
 だけど……帰宅後ほっとして一本、入浴後の空腹を紛らわせるために一本、ニュース番組を見るときに一本、入浴後に一本。最低でも五本は必要なのだ。いったいどうすればいいのだろう。
 そうだ、今朝カフェで吸ったとき、根元まで吸わなかったのではなかったか。遠山が『女のくせに』なんて言うからいけないのだ。そして十時半の突然の雨。そうそう、会社を退ける直前の一本にしても、根元までは吸わなかったはずだ。あれらの分をまとめて一本と数えてもいいのではないだろうか。そういうことはアリだろうか。
(後略)

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頁195
そのときは、いくらなんでも一万円になったらやめざるを得ないと簡単に考えていたが、それは間違いだったかもしれない。どんなに高価になっても、きっとやめられないだろう。そして、自分と同じようにやめられない人間はたくさんいるはずだ。となると、タバコを買うために借金まみれになったり、タバコを盗んだり、こっそりと裏庭でタバコの葉を栽培したり、密輸入や闇取引があったり……つまり、麻薬や覚醒剤と同じようになるのではないだろうか。それが中毒というものなのだから。
 依存症というものを、三浦は本当に理解しているのだろうか。
 彼女に対する信頼が揺らぎ始めて悲しかった。
 もうこれで最後の頼みの綱を失ってしまう。

(中略。ここで、家族ぐるみの療法を勧められます。主人公の夫は喫煙者)
 惨めな気持ちを振り切るように、タバコを深く吸いこんだ。

           4
 最悪だ。
 禁煙外来に通い始めてから、ものすごくタバコの量が増えている。カートン買いしているのに、すぐになくなってしまう。何日でワンカートンがなくなるのかを知るのが恐くて、最近は数えてない。

家族が心配して、タバコはそうやめられないとか、意志の強さと禁煙は無関係とか、
タバコをやめられなくても立派な人間はいっぱいいるとか、
フルタイムで働くヘビースモーカーより、パートで吸わない方が偉いんじゃないかとか、
家族でいろいろ話し合います。作者、その辺のお医者さんから、なんかあったりは…
まーそれはないか。

頁198
「やっぱり無理なのかな……でも、私はどうしても吸わない人間に生まれ変わりたいの」

ニコチン依存症になったことのない娘の意見など、傾聴に値しないとする主人公に、

頁202
「先輩はね、我慢に我慢を重ねて揚げ物依存症から脱け出したんだよ。実は私も先輩を見習って、甘味依存症から脱け出せたの。最初はドーナツ屋の前を通るたびに悲しくなったり、コンビニでチョコを見るといらいらしたけど、先輩の言うとおり、二週間我慢すれば平気になったよ。先輩は今では揚げ物なんて脂っこくて食べたいとも思わないって言うし、私は事務所の社長がみんなにパフェをご馳走してくれたとき、三口くらい食べたら気持ち悪くなったもん。前はあんなに好きだったのが信じられなかったよ。でもタバコは違うのかな……違うよね。きっともっと大変なんだよね。だから私は絶対に吸わないよ。お母さんがやめられなくて苦しんでいる姿を見てると、絶対に吸えない」
「日香里は賢いわね」
「できることがあったら言ってね。なんでも協力するからね。お母さん、かわいそう……」
 日香里は今にも泣き出しそうな顔で、そう言った。
「自分で吸っててこんなこと言うのもナンだけど、俺も協力できることがあったらするよ」
 そう言いながら、夫がタバコに火を点けた。「健康のことを考えても、やっぱりタバコはやめた方がいいもんな」

なんでもアディクト。アディクトって、そんな軽いもんじゃないとも思うですが。
横河武蔵野FCの試合見た時に観たダンマク「ヨコカワアディクト」も軽い。

頁210
 ふとそのとき、小学生だった頃の家の様子が頭に浮かんだ。よく父親に頼まれてタバコを買いに行ったものだ。(略)
 えっ?
 あれっ?
 私はそのとき…タバコを吸っていなかった!
 小学生だった頃はタバコを吸っていなかった!
(略)
 あの頃は、タバコなどなくても平気だった。家の中で父親がタバコを吸っていても、タバコにはまったく関心がなかった。(略)
 売っていなければ……そうだ、この世にタバコなんか売っていなければよかったのだ。そうしたら、小学生だったときと同じで、タバコに興味のない人間でいられたのだ。
 子供の頃、タバコを吸わなかったけれど、それが果たして尊敬に値するようなことだろうか?
 まさか。
 小学生の頃タバコを吸わなかったのは意志が強かったから?
 違う、全然違う。見当はずれだ。

こういうことをぐるぐる考え出すのはハシカみたいなもんですかね。
ただ、喫煙者は、タバコが配給されるようになってから増えたそうなので、
そこはあると思います。

頁228
 突然どうしようもなく暗い気持ちになって、意味もなく涙がこぼれてきた。来し方を振り返り、いろいろな人に対して恨みがましい気持ちが湧き出てくる。自分がかわいそうでたまらない。しかし、次の瞬間には自分の至らなさばかりが思い出され、様々な人に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。そして、生きてる価値もないのだと落ち込む。
 つまりは、情緒不安定。
 やっぱりニコチンなしでは情緒の安定が保てない身体になってしまっている。

これはホントにタバコの話なのか。ほかの依存症の手記とかから、
参考にしまくってないかと、アタマひねってしまいました。

頁236
 しかし面白いものだ。タバコを吸ったばかりの彼の体内の血液は、ニコチンで十分満たされているはずなのである。つまり、医学的には最もタバコを必要としない状態なのだ。それなのに、最後の一本を吸ってしまって、もう手持ちがないと思った途端にパニックに陥ってしまっている。
 笑えない。
 自分も二十年間、同じようにしてニコチンにあやつられて生きてきたのだ。

(略)
 ああ、いつになったら吸いたいと思わなくなるのだろう。

私はタバコをやめたあと、別の診察でその地元の内科に行って、
お医者さんから、その後どう、やめられたの、と聞かれ、
やめましたと答えると、今でも吸いたい気持ちは残ってる? 
と聞かれ、正直に、ハイと答えると、そうだろう、その気持ちは、
一生残るからね、と言われました。そのとおりです。
その気持ちと、どうやって折り合いをつけるか、共存して生きてゆくか、
がその後の私の人生のテーマのひとつになりました。

頁266、タバコのテレビコマーシャルがなくなった後、
あのCMで、タバコの害や喫煙マナーを付け加えても、
タバコの存在自体を依存症者が認識した瞬間、吸いたくなるので、
その意味ではそういうカラクリがあった、と、広告代理店関係者が、
語る場面があります。頁272では、電子タバコは煙の色が透明になっただけ、
とか、軽いタバコは、タバコの横に穴がいっぱい空いてるから、
測定値が下ってるだけで、実際に吸うときはその穴を指や唇で塞いで吸うから、
本当のニコチン量は測定値より多いとか、さらには下記。

頁273
タバコを一本ずつ減らしていくという減煙法についても、豊富なデータから統計を取って、最もつらくて成功率が低い方法だと学会で発表しています。だって一日何本と決めたら、次の一本を吸うまで待ち遠しいでしょう。そしてニコチン切れしたあとの一本は、本当においしいと感じる。すると皮肉なことに、ますますタバコが貴重なものになって、やっぱり自分にはタバコが必要だという印象を心に刻みつける結果になる。それとね、『タバコはやめましょう』なんていうような標語を書いたものを冷蔵庫なんかの目につくところに貼っておくと、見るたびに吸いたくなって逆効果だといった心理学的な面からの研究についても、学会の高い評価を受けてるんですよ」
(中略)
 秀典の言ったことは本当なのだろうか。そうだとしたら、なぜ自分には減煙法を勧めたり、標語の書かれたマグネットをくれたりしたのだろう。
「ちょっと秀典、その言い方は誤解を招くわ。減煙法や標語を貼ることで、実際に禁煙に成功する人もいるのよ。成功例は少ないけど、それらの方法がつい最近まで王道だったことを思えば、試してみる価値はあるの。つまり、様々な方法を試してみるために、患者とは長いつきあいが必要なのよ。ところで早和子さん、結局はどうやってタバコをやめたんですか?」

自分の心の声に耳を傾けたんだそうです。それに集中したとか。

頁283
「二人に忠告しとくよ。素直に本が読めてそのとおり禁煙できるって魔法は一回しか効かないんだよ」
 そう言いながら、由利子は短くなったタバコを灯油缶に投げ入れ、新しいタバコに火を点けた。
「由利さん、魔法ってなんですか?」
「実は私もね、あの本を読み返したら、またすぐに禁煙できるとタカをくくってたの。それが驚いたことに、二度目は禁煙できなかった」
「へえ、不思議なもんですね」
「だから、一旦禁煙に成功したら、二度と吸ったらダメなんだよ、一生ね」

これは私も聞きました。なまじの成功体験が足を引っ張って、
自分は一度やめられたんだからいつでもやめられる、でも今は…
で、けっきょくずるずるやめられない。それが続くと。

なので、この辺から、ラストまで、まだあと二十ページくらいあったのですが、
あとはもう、いつ主人公が再喫煙するか、最後まで持ちこたえられるのか、
喫煙欲求はない、みたいにスガスガしく自信たっぷりに主人公が語ると、
いやーそれはありえないっしょ、ヤバイよヤバイよーと、
そわそわびくびくして読んでしまったです。作者が意地の悪い人間というか、
人間不賛歌、湊かなえとか桐野夏生だったら、そうさせてしまうのでは、
この作者や如何に、主人公は最後タバコに火を点けてしまうか否や。
刮目して嫁。みたいな。以上

*1:ヘ(゚Д゚*)ノ三ヽ(*゚Д゚)ノ