『伯爵夫人の肖像』読了

国会図書館サーチ
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001949600-00
読んだのはハードカバー。1985年10月30日第六刷。
初版が同年八月末日だから、かなり何度も刷ってるということで。
初出は週刊朝日で、1984〜1985年連載。
装画 小林 古径 装幀 玉井ヒロテル

徳川秋聲『縮圖』頁113(岩波文庫)に、この事件が出ていて、それで、この事件を題材にした本を何か読もうと思って、借りました。

芳川寛治 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B3%E5%B7%9D%E5%AF%9B%E6%B2
2018-04-19『縮図』 (岩波文庫 緑 22-2) 読了
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20180419/1524085115
にっぽん心中考 佐藤清彦 Googleブックス
https://books.google.co.jp/books?id=dSpxDgAAQBAJ&pg=PA82&lpg=PA82&dq=%E5%90%89%E5%B7%9D%E9%8E%8C%E5%AD%90&source=bl&ots=n2eHF2-vKf&sig=wsxken7NhMIDNoSTsVNvUIfrFKk&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwj-k8fGzczaAhVDOJQKHYIxA6AQ6AEwAnoECAAQOA#v=onepage&q=%E5%90%89%E5%B7%9D%E9%8E%8C%E5%AD%90&f=false
新編近代美人考 長谷川時雨 青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/000726/files/45987_26595.html
著者は、「歴史に咲く花々―人物おんな日本史」(集英社文庫)でも、この事件について触れているようです。
この小説は、この事件を取材した、東京朝日新聞記者の目を通して、認知されて実子と同様に育てられた妾腹の子が入り乱れて何が何やらの当時の華族大家族事情が、遠回しに語られる小説です。事件は関東大震災前ですので、大正の価値観であるべきですが、作者が戦後バブルのとば口時代にこれを書きながら考えていた価値観が、るるほとばしります。

頁7
だからといって茂子に、広瀬の側も先輩風を吹かしたりはしなかった。婦人記者としての能力を認め、学歴にもそれなりの敬意を払って、言葉づかいは常に叮嚀だった。
「おい、茂ちゃん、彼氏はいるのかい?」
 だの、
「今日は少々ヒステリー気味だね、さては月例のお客さまだな」
 といった社会部特有の、乱暴と親愛を履きちがえたようなぶしつけな狎れ方を、広瀬だけはしたことがない。

作者は作家だけあって物識りで、いろんな言葉を知っています。勝って兜の緒を締めよの言い換えで、緊褌一番(頁52)とか。
頁146、九仞の功を一簣に虧く、と、百日の説法、屁一つ、と、画竜、点睛を欠く、とを、三つ並べてみるとか。

頁126
 女主人が娘と二人でやっている開新軒は、ハイカラライスと銘打ったこの店独特のランチが呼びもので、時分どきには記者たちでごった返した。賽目切りの玉葱と豚こまをラードで炒め、冷や飯をほぐし入れてさらに炒める。これにトマトケチャップで味つけしただけのすこぶるお手軽な一皿だが、アルミの半月型にぎゅうぎゅう押しつけ、ぱっと皿の上に抜き出すので、たっぷりすぎるほど盛りはよい。匙でほぐしてもほぐしても小山の形がなかなか崩せないところが、
(中略)
土地の者が汐吹きと呼んでいる二枚貝も、浜へ出れば子供ですらたちまちバケツに一杯拾えるくらいざらに見かけるせいか、
「売り物にはなんねえ」
 と漁師らは鼻で嗤うけれど、汁に仕立てて味わううまさは、東京へ土産にしたいほどである。

チキンライスの豚肉版。これって軍隊めしなんでしょうか。昔の男の手料理というとチキンライスだった記憶があります。ケチャップに加えて、砂糖をわりと使っちゃう。

頁190
 内心、広瀬が苦笑したのは、衣紋を抜き、どうやら衿白粉までつけているらしい志津子のうしろ首に、深い横筋が一本、刻まれているのを見たからである。花柳界あたりでこれを一本俵と言い、性的な意味でのからかい言葉に用いているのを、艶種の探訪記事を書いていた通報員時代、広瀬は耳袋に入れたことがある。

一本俵は検索で出ませんでした。
頁275、田夫野人は出ました。

田夫野人(デンプヤジン)とは - コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E7%94%B0%E5%A4%AB%E9%87%8E%E4%BA%BA-578872
田バル Weblio隠語辞典
https://www.weblio.jp/content/%E7%94%B0%E3%83%90%E3%83%AB

この小説は週刊朝日連載なので、巷間よくいわれる、朝日は戦前最も体制翼賛だった、旭日旗がダメなら朝日新聞社旗はいちばんダメじゃねーか、の後半部分はさておき、前半部分に際して、白虹事件と、社長村山龍平の襲撃事件について頁295で記しています。

白虹事件 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E8%99%B9%E4%BA%8B%E4%BB%B6
白虹事件(はっこうじけん)とは - コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E7%99%BD%E8%99%B9%E4%BA%8B%E4%BB%B6-115008
襲撃事件のサイトは分かりません。村山龍平のWikipediaにも載ってない。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E5%B1%B1%E9%BE%8D%E5%B9%B3

頁302、おやこ(親子)と書いて「しんし」と読ませるのが華族っぽい気がしました。

ふりがな文庫 親子
https://furigana.info/w/%E8%A6%AA%E5%AD%90

頁311、これが実在の人物を扱った歴史小説の醍醐味と思うのですが、主人公の大家が、実は、ロス五輪でバロンの名に輝く人物と将来なると、ここで初めて明かされて、しかしということは、現在の東京最南端で起こったことも、我々は知っていて、しかし小説はそこまで書いていないのです。こういったところはさすがというか、手練れだと思いました。
で、芳村婦人兼令嬢(オットが入り婿だから)が美貌というか花のかんばせを列車飛び込み心中未遂で損傷した程度が、けっきょくどの程度だったか、うっかり読み飛ばして分からないまま読了となってしまいました。以上