『「名探偵」に名前はいらない』読了

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51F-mIKB7qL.jpg読んだのはこの単行本です。

著者の初期エッセイかと思ったら、若気の至りのうれしはずかし小説集でした。これはひどい(ほめことばの反対)。加藤徹は若気の至りで書いた卑弥呼の小説を中公文庫から出し直すなど暴虐の限りを尽くしましたが、関川夏央のこの短編小説集も地中深く埋められたわけでなく、キンドル他で現在も読めるようです。老後の家計の足し。

倭の風 (中公文庫)

倭の風 (中公文庫)

イラストレーション/大橋 歩
ブックデザイン/日下潤一
初出は野生時代。1983年と1984年、1987年の号に掲載とか。
https://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E5%90%8D%E6%8E%A2%E5%81%B5%E3%80%8D%E3%81%AB%E5%90%8D%E5%89%8D%E3%81%AF%E3%81%84%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84-%E9%96%A2%E5%B7%9D-%E5%A4%8F%E5%A4%AE/dp/4062037513
https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51tmvJkmxqL.jpg下のカギカッコなしタイトルの本とは、違うみたいですが、よく分かりません。野生時代に掲載されるより早く単行本にまとめられるわけがないし、なんだろう。
https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/71HoVhXHtyL.jpg巻末の「講談社の文芸図書」という広告頁を見ると、東野圭吾が学生街の殺人を、西木正明がケープタウンから来た手紙を、船戸与一が山猫の夏を、栗本薫が天狼星をそれぞれ上梓しています。そんな時代。
アマゾンのカスタマーレビューに、

独特の比喩を多用したやや生硬な文体に最初は鼻白んだが、馴れてくると

とありますが、私は慣れませんでした。ほか慣れずに、ヒマだからと持ってったくせに「返す。他の本ないの」とのたまった人一名。携帯ショップで二時間座っていたので、その間、赤子をあやす黒いヘジャブの女性を眺める以外これを読んでいて、それで読了することが出来ました。
矢作俊彦みたいだと思いました。双葉社だから似るのか。海外旅行に行き出した頃は、なんかこんな小説書いてみたくなるものなんだなとも思いました。作者も、エッセーだと小田実みたいになるのイヤだから、村上龍みたいには書けないだろうけどと思いつつフィクションとして書いたのかなあ。開高健『輝ける闇』を三島由紀夫が評して、虚構、まったくの空想でこれをぜんぶ構築出来たのなら凄いが、作者の実体験を架空の主人公の体験として書いただけじゃあなあ… 的なことを言ってたのを思い出しました。そんな感じかな。
リスボンとか、こう何度も繰り返し語られると行ってみたくなります。
関川語ではサウダーデと書く言葉は、東直巳語ではサウダージ。どちらが正しいか、どちらも正しいか。…サウダージかな?
毎回命を狙われますが、地下鉄のくだりは、普通もっと背筋がゾッとしてトラウマ残るだろうにと思いました。殺されかけているのに引きハナの風邪のほうを気にするとか、ないよ。東直巳の「俺」なら、以後ホームでは必ず電車がいちばんスピードを落とす前方に立ち、かつ行列の先頭には立たないようにする、などの心配り気配りがあるのですが、関川探偵にはそれはない。あと、駅員の対応がありえない、当時としても。
バイク免許取得前なのか、この小説の関川探偵はバイクで環八とかうろうろしません。ファミレスにもいない。ファミレス以前に、ドーナツ屋に居座ってたことを伺わせる記述はありました。性的出来事は、むかしやれなかった女がやらしてくれる、的な感じなのかなあ。やれた後未練がましいので嫌われる展開を飽かず繰り返し描いています。自虐的だ。
柔道でそれなりの腕っぷしはある、という設定が、せめてものハードボイルド探偵らしさです。

頁53「悲しみの街角」
(前略)おれは飼主の気持を忖度しかねているイヌみたいに彼女についていった。
 ある街角で彼女はふと立ち止まった。
 それからおれにこういった。いっしょに寝てくださる?

ムードのかけらもない。1983年の忖度使用事例として引用しました。

頁159「十二月にできたお友だち」
 二時間もおなじ姿勢をとっていた。
 そのあいだにポーランドのウオトカのソーダ割りを五回おかわりした。

ズブロッカは、ソーダ割りにしなくても、とろとろの冷凍状態のストレートでじゅうぶんおいしいのに。あっ、余計なことを書きました。
さいごの話が、小林信彦の極東セレナーデ風というか、仁義なき戦いの広島風景は原爆という観点から読み解くとこう読める的な知識を披露したいんだけどまだ時代がそれに追いついてないんだよ、という探偵の美学が聞こえてくるような話になったと思いました。なんというか、作者三十代。以上