『 国境 第2部  1943年 切りさかれた大陸』 (大長編Lシリーズ この作家のこのテーマ) 読了

国境〈第2部〉切りさかれた大陸 1943年 (大長編Lシリーズ)

国境〈第2部〉切りさかれた大陸 1943年 (大長編Lシリーズ)

2018-08-25『国境 第1部 1939年 大陸を駈ける』読了
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20180825/1535144166

装画・さし絵  真崎 守
ブックデザイン 松澤史郎

しかたしん - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%97%E3%81%8B%E3%81%9F%E3%81%97%E3%82%93

高畑勲が映画化を企画しながら天安門事件でポシャったジュブナイル小説第二部。前書がノモンハン前夜の北満から外蒙国境までで、本書はガダルカナル山本五十六一式陸攻撃墜、大陸打通作戦時の京城から北京までです。ほとんどの部分が現ソウルだか仁川の兵器工廠での話。大陸じゃないじゃん半島じゃんといっても詮無いことで、ソ連側の資料がそこそこ公開されて、実はあちらも甚大な損害出していたことが分かった21世紀ならまだ書きようあるでしょうが、タナカツでさえ踏み込めないノモンハン迷の森で、作者に何が書けんねん、モンゴル人について何が書けんねん、いうても(蒙古の)人民共和国承認したのかて1972年、だいぶおそなっての話やないかい、日華国交断絶で、中華民國が自国領土としてたアウターモンゴリアを、気兼ねすることなくなったので国交始めたんやろ、言うたら京城帝大予科在学中に終戦を迎えた作者にとって、ほんとうに書かなならん主戦場、じぶんのたたかいの場は、現ソウルちゃうん、モンゴルちゃうやろ、と。そんなことで時代も1943年、舞台も朝鮮半島にしたのかと。作者のホーム。
靖国神社遊就館、入口は実物大桜花とかですけど、以前は量質ともに他を圧していたのがノモンハン関連で、それだけ以後の戦闘は寄贈する遺物を残すのも大変だったのか、そしてノモンハンはそれだけ遺物を残しておきたい、大きな戦いだったのかと思った覚えがあります。そこをジュブナイルとして書くかどうか逡巡したのち、作者自身の投影がある程度あるであろう、京城大学生の勤労動員を書くことにしたのかと思いました。
中表紙
話は飛びますが、ビッグコミックオリジナル八月二十日発売号のコラムで山口文憲が、オウムのカラシニコフ試作と失敗(一丁しか作れずそれも失敗した)を取り上げ、パキスタンのダッラじゃ子どもが旋盤回して実用品量産してるってのに、理系の優秀な学生が雁首揃えて実作出来ないたあどういう了見でえ、しょせんその程度の構想実現力だったのよ、てなこと書いてまして、で、この話は、悪名高き?陸軍三八式の後継九九式歩兵銃をインチョンの陸軍兵器工廠で作ってるヴェテラン朝鮮人行員工員多数もろともチャハルだかどっかの解放区(後報:バオトウです)に逃亡移植させて抗日軍装備として量産しませう、というお話です。

九九式小銃とは (キュウキュウシキショウジュウとは) - ニコニコ大百科
http://dic.nicovideo.jp/a/%E4%B9%9D%E4%B9%9D%E5%BC%8F%E5%B0%8F%E9%8A%83

悪の組織の「満州公安局」「満州国公安局」は本編でも健在で、しかし検索しても出ないので実在とかよく分かりません。本編でその對手となる朝鮮の祖国光復会も、知りませんでしたが実在有無は検索してません。で、本編は、途中までは、本当に労務の話で、五味川純平の人間の条件読んだし映画も寝たけど観たから、もうそれでいいデスヨ、と思いながら読みました。皇御国と書いてすめらみくにと読み、国民と書いてくにたみと読み、秋と書いてときと読み、弥栄と書いていやさかと読み。
日ペンの美子という女子事務員キャラが、当初は、顔はさほどシャンではないがからだはじゅうぶんです、みたいな書かれ方だけされてたのが、どんどん話の中での比重が大きくなり、これはキャラが勝手に動き出したなと思いました。前書と違い、本書には半裸のイラストもありますが、それも美子の、このシリーズはそういうのが好きなのね的な、密室レイプ未遂場面です。
裏表紙
虎の威を借る上司に密室に誘い込まれるわけで、主人公が振り向いてくれないから自暴自棄になったのか、主人公への疑いをそらすためだったかは忘れました。どっちかです。どんなジュブナイルやねん。彼女はその壮絶な最後とともに、本編の影の主人公です。
前作同様、実在の人物が名前だけ出て、お話には絡みません。金日成は、朝鮮人志願兵だけで選抜した精鋭、カンド配備の一〇七部隊を殲滅した(頁45)というくだりでだけ登場します。主人公渡満後、縮地将軍率いるパルチザン部隊と遭遇みたいな場面が出てきたらどうしようかと思った。縮地という言葉は、私は諸怪志異で読むまで知りませんでした。関川夏央の退屈な迷宮でこれが出てきて、同時にあちこちに出没したという事実自体が複数の影武者云々とあった時も、韓国の人は綽名にするくらい「縮地」という言葉を知ってるんだなあと思ったものです。呂運亨も頁240に名前だけ出ます。

縮地 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B8%AE%E5%9C%B0

表紙裏見開き。左の人物は、栄養不足で幽鬼のようにやせこけた主人公なのかと思いましたが、主人公の敵である満州公安局の「白眼」なる人物です。本文の引用がカバーについてますが、南方や打通作戦の帰還将兵の記述でなく、北支掃討作戦の負傷帰還兵です。赤塚不二夫の回想に出てくる砦の村の外側。
ハングルは、北朝鮮絡みならお馴染みの同務と書いてトンムと読む、天下大将軍とかのアレはチャンスン。伝統行事で、時享と書いてシヒョン、飲福と書いてウムボク。まかないのおばさんを「オモニ」初老の男性なら「アボジ」と呼んでますが、アジョシとかじゃなくてオモニアボジだったかなーと思いました。日本で在日ヒストリー読んでると、オモニハルモニでなくオンマハンメでよく出ますが、この小説ではオモニです。人狩りとか、堤岩里とか、京城放送局でVOA流すとか、火田民とか、そのあたりはあれですが、うわさとして登場する丁子屋は知りませんでした。(頁192)Wikipediaにはそういう記述はないです。ハングル版ならあるかと思ったら、日本語しかなかった。半日本人と書いてパンチョッパリと読ませてます。正しい漢字で書けばいいのに。別にダブルとかの話でなく、チニルパ親日派がののしられてそう呼ばれています。

丁子屋百貨店 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%81%E5%AD%90%E5%B1%8B%E7%99%BE%E8%B2%A8%E5%BA%97

頁148
「そのとおり」雄次はうなずいた。「おれの雄次、兄貴の雄介、この雄の字は大叔父さんの雄太郎からもらったそうだ」
「そんなふうに伯父さんやお父さんから名前の字をもらうアフターネームの風習は朝鮮人には絶対ないし、ないどころか避けるようにしているじゃないか」
 雄次はゆううつそうに笑った。
「そりゃ、おれたちは朝鮮で生まれて朝鮮人の友だちがいて、朝鮮人の風習を少しは知っているからな。しかし、普通の日本人にきいてみなよ。そんなことはまず知らないぜ。日本人というのはよその国のことも、すべて自分たちに当てはめて解釈する癖があるからな。親や目上の人の名前を残すアフターネームの習慣が朝鮮にもある、そう思い込んだのさ」

私も主人公に同意しますが、金日成金正日金正雲三代の説明がつきません。

Yahoo!知恵袋 2013/12/2814:57:37
ジンジロゲーとはなんですか?
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13118589928
私もインモーと思ってましたが、頁252によると、城大予科名物の土人踊りとのことです。城大は京城大学の略。

頁329で、フフホトのことを厚和と呼んでおり、帰綏とか綏遠なら梅棹忠夫などにも登場するので知っていましたが、厚和は知りませんでした。蒙古連盟自治政府or蒙古連合自治政府時代の改称だとか。

厚和(こうわ)とは - コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E5%8E%9A%E5%92%8C-1315976

本書では北京は北京で、北平ではないのですが、そこは何故か忘れました。

頁281、東北野戦連軍に身を投じようとする日本女優と主人公が、現ソウルからダンドン経由で山海関だかどっかを抜ける列車内で遭遇する場面は印象的でした。知行合一。実在する人物みたいな含みのある描写で、本文にそう書いてないのに真崎守は女優の右くびすじにホクロ描いてるし、誰なんだろうと。共産圏に身を投じる邦人女優というと岡田嘉子くらいしか思いつきませんが、絶対ちがう。

岡田嘉子 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E7%94%B0%E5%98%89%E5%AD%90

下記は、白眼の手下の「カマキリ」が、不逞なんとか人とか反乱分子とかを一網打尽にしようとして、祝賀なんとかでおびきよせて全員爆殺するニトログリセリンを手製する場面。

頁175
 流しの水を流し終り、窓をあけ放って空気を入れかえてから、カマキリは大きく深呼吸をした。空気が甘かった。ゆっくりと手をこすり合わせて、爆薬と入れかわりに出しておいた焼酎のびんを眺めた。
 作戦が終わるまで酒を飲むことは、白眼にきびしくとめられている。しかし、この作業の後は飲まずにはいられない。
 ――ふん。焼酎の一杯くらい何だっていうのだ。くそ、人をさんざんこき使っておいて。
 体をとろかせていくような熱いかたまりが胃袋から体じゅうにじわりとひろがっていく。
 ――よし。もう一杯。かまうものか。
 カマキリはまた、コップいっぱいに焼酎をついだ。
 いつも後頭部に氷水を当てられているような白眼の圧迫感がとけるように消えていく。
 カマキリは三杯目にもくちびるをつけた。

以上