『離陸』読了

離陸

離陸

離陸 (文春文庫)

離陸 (文春文庫)

今夏の週刊朝日の書評特集で誰かが取り上げてた本。この人といえばわたし的にはアル中小説『ばかもの』ですが、ひさびさに読もうと思って読みました。

2014-07-02『ばかもの』 (新潮文庫)読了
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20140702/1404304259
2014-07-07『エスケイプ/アブセント』 (新潮文庫)読了
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20140707/1404664730
2016-09-30『妻の超然』 (新潮文庫)読了
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20160930/1475208566

初出は文學界の2012年1〜4月号、6月号、7月号、9月号〜11月号、2013年1〜4月号、7月号、8月号、10〜12月号、2014年1月号、2月号、4月号。なので、3.11、東北東日本大震災は作中登場します。主人公はその時パリ。

装丁:関口聖司
装画:Mark Rothko "White and Greens in Blue"
(提供:アフロ)

表題の漢字二文字のうち、〆と土と、あと止めの部分二個所が青いです。

巻末の参考文献(順不同)の部分を書き写します。それで、このお話が分かったら、ネ申かな。

「城から城」「北」ルイ=フェルディナン・セリーヌ著 高坂和彦訳 国書刊行会
セリーヌ」フィリップ・ソレル著 杉浦順子訳 現代思潮新社

アレクサンドリア四重奏」(「ジュスティーヌ」「バルタザール」「マウントオリーブ」「クレア」)ロレンス・ダレル 高松雄一訳 河出書房新社

「未知のパリ、深夜のパリ 1930年代」ブラッサイ みすず書房
ブラッサイ パリの越境者」今橋映子著 白水社
「パリ日記」エルンスト・ユンガー著 山本尤訳 月曜社

「黒い皮膚・白い仮面」フランツ・ファノン著 海老坂武・加藤晴久訳(フランツ・ファノン著作集Ⅰ)みすず書房
「帰郷ノート 植民地主義論」エメ・セゼール著 砂野幸稔訳 平凡社
「ニグロとして生きる エメ・セゼールとの対話」エメ・セゼール著 聴き手フランソワーズ・ヴェルジェス 立花英裕・中村隆之訳 法政大学出版局

「視界良好 先天性全盲の私が生活している世界」河野泰弘著 北大路書房
視覚障害学生サポートガイドブック」鳥山由子監修 日本医療企画
「イラストでわかる 視覚障害者へのサポート」国際視覚障害者援護協会編 有限会社読書工房
視覚障害教育入門Q&A」全国盲学校長会編著 ジアース教育新社
「目の不自由な子どもたち」茂木俊彦監修 池谷尚剛編 稲沢潤子文 オノビン+田村孝絵 大月書店
「視覚障がい者の方の介助とレクリエーション」前橋明著 ひかりのくに

パレスチナ・ナウ〈戦争/映画/人間〉」四方田犬彦著 作品社
「写真記録 パレスチナ①激動の中東35年」広河隆一 日本図書センター

「きょうの杖言葉 一日一言 百歳の人生の師から あなたへ」松原泰道著 海竜社
「うちのお寺は天台宗」藤井正雄著 双葉社
「ダムマニア」宮島咲著 オーム社
「35歳からのはじめての妊娠・出産」笠井靖代監修 ナツメ社
「月数ごとに『見てわかる!』妊娠・出産新百科」杉本充弘総監修 ベネッセ
「ビジュアルでわかる船と海運のはなし」拓海広志著 成山堂書店
「図解 船舶・荷役の基礎用語」宮本榮編著 成山堂書店

巻末に各方面取材協力者への謝辞。

本書執筆のきっかけは、伊坂幸太郎が、作者の女スパイ物が読みたい」とクレアのインタビューで言ったからだそうで。
以下後報
【後報】
カルヴィーノに『冬の夜、一人の旅人が』という、タイトルはこの上なくかっこいいが、読むと内容がないのでたいそうガッカリする、世界三大ガッカリ小説のひとつ?がありますが、この小説の前半、冬に立ち入り禁止の群馬県八木沢ダムに上下も横幅もがっしりした黒人の踏破者が現われ、主人公に謎の伝言を残す場面が最高によかったです。カルヴィーノの小説は、本当はこういうシーンだったんじゃないかと思うような。
八木沢ダムと言ってもピンと来ませんが、群馬県自体は、敷島の正田醤油スタジアムに何度も行ってます。作者も確かアル中小説『ばかもの』の舞台を群馬県に置いていたと。隻腕女性の家も。ただ、そういう、国道沿いのショッピングセンターとか量販店とかドラッグストアの世界と、この小説の八木沢は違います。
丁度私はさいきん私生活で、もめごとに警察が介入して相手方に訓告してくれて、ひさかたぶりに落ちついた静かな生活があったので、この小説の前半部分の冬の静けさが沁みとおりました。高崎のからっかぜの吹くスタジアムで観た、ポポヴィッチ監督采配の、ゼルビア最初のJ2昇格決定試合、アルテ高崎戦を、どちらかというと正田醤油より想起し、さらには、一度だけ渋川で宿泊したビジネスホテルを思い出しました。

伊香保温泉にタクシーやレンタカーで移動する通過点でしかない渋川駅から少し歩いた、商人宿がそのままビジホになったようなホテルにひとり、当時の人生の定番だった、泥酔宿泊して、「夢見るように眠りたい」という映画のようにはなかなか人は眠れないものですが(そういう映画でもないし)大浴場に、発砲スチロールの、建具屋さんのサッシの梱包材を流用したようなフタがたくさん浮んでいて、大風呂の温度が下がるのを少しでも防ごうというつましい知恵なのだな、と、思いながら隙間から頭を出して入浴しました。伊香保には行きませんでした。

会津若松にも、泥酔宿泊して、法事に間に合うのかと翌朝電話が来て、福島から神奈川まで福島空港から飛行機に乗っても東北新幹線に乗っても無理ですと返答したことがあります。前日会津若松までは辿り着けたんですが。震災のだいぶ前のことです。

四日市は、私でないほかの誰かにとって大切な土地だったと思うです。

三鷹は、銭湯スタンプラリーに行きそびれました。

頁205
 翌日はもう、帰る日だった。駅まで送ってくれる母の車のなかでリュシーが言った。
「ここはとても静かな街ね」
「え? そう?」
 四日市は県内では大きな街だし、家族はみんなお喋りだし、ぼくはまったくそんなふうに感じたことはなかった。
「あちこち連れて行ってもらったけど、ここが一番静か」
「まあ京都や大阪に比べたら田舎だし、小さいし」
「あなたは気がついていないのね。人がみんな静かに話してるの。声のボリュームがとても小さい。あなたの家族だってそう。楽しくても、静かなの」
 母にリュシーの言ったことを伝えると、
「リュシーさんが穏やかやから、そう見えるんやろ」
 と答えた。

上は、仏語会話時代のふたりの会話。下が、日語会話時代。

頁305
 木曜日、ぼくとリュシーは新幹線で福岡に出かけた。二週間で、しかも実家滞在ということもあってリュシーの荷物は軽かった。
「生まれたらきっとたくさん荷物がある。ああ! あっちにオムツでした。こっちにミルクでした。赤ちゃんはOKここにいます。おお! 私は夫をどこかに忘れてきてしまいました」
 てんやわんやの未来を演じてリュシーは笑った。

私はパリに行ったことはありません。この小説は、ここと、指折って数えたらもう一ヶ所、キミ膵戦法が使われています。いや、伏線はないから、キミ膵戦法とは違うかな。「魔の219」が伏線かと思ったのですが、予想は当たらず、予感は的中。スザンヌの妹はマーガリン。

セネガルの初代大統領は、私でも知ってるくらい仏文の巨人ですが、マルティニクとの対比で登場するとは。

私も水上村を「みなかみ」と読んでました。

頁345
「亡くなったひとを偲ぶことと面影に振り回されることとは別物やん。お兄ちゃん勘違いしてるわ」

遺品を片付けるのがしのびなくてゴミ屋敷になったアパートをきょうだいでおおそうじする場面。

確かにそのとおりで、ひとりで前に進める人もいれば、背中をおしてもらってあいみたがいのひともいるでしょう。

この妹も永すぎた春のあと独身を選択してしまい、これが21世紀、少子化ということなのかと、さびしいです。

主人公は地方出身東大卒国交省のキャリアなのですが、最後のほうで、転勤人生or霞が関の暗闘に終止符を打って、転職してしまうのが残念閔子騫でした。船舶会社の経理から別の船舶会社に転職とのことですが、苦しい業界だと思うので、せめて一時期景気がまたよくなったといわれた造船会社にでも行ってればいいのになーと思いました。この本には登場していたのか、三角から水俣へのいまはもうない航路とか、八幡から別府へのフェリーとか、和歌山から徳島行きフェリーとか、知多半島から伊勢へのお船とか、東京湾フェリーとか、伊豆大島とか、石垣島から西表島行きの船とか、船内に礼拝場所があるメダンからジャカルタ行きのフェリーとか、福岡からプサンへのジェットフォイルとか(スケ番刑事の再放送やってて、日本の番組流してるのか、と見てたら、「ママーあの人日本人?」と子どもに指さされた)鑑真号燕京号、京杭運河、香港から広州へのフェリー、などには乗ったことがあります。でも佐渡島や五島にも礼文島にも行ったことがないという。

作者の小説も、とても落ち着いたんだなと思います。読書より、読書している時間が楽しかったです。なかなかそういう読書は出来ない。多謝。
(2018/9/28)
【後報】
毎日新聞2018年10月3日 09時35分(最終更新 10月3日 09時35分)
離島航路 五島産業汽船、全4航路で運航取りやめ
https://mainichi.jp/articles/20181003/k00/00e/040/202000c
(2018/10/4)