『やむにやまれず』読了

やむにやまれず

やむにやまれず

関川夏央著書。読んだのはいしいひさいちの四コママンガ「セキカワ教授の複雑学な生活」が全話扉についてる単行本初版。全18話です。単行本時点では、中年シングル生活からの連作ニュアンスは漂わせてないです。

装幀 南伸坊
装画 いしいひさいち
初出「小説現代」2000年1月号〜2001年6月号

作者の著書はすべて日下潤一装幀であるかのような錯覚に陥っていましたが、何事にも例外があるものだと。「カバー写植印字/前田成明」とも書いていないし、表紙等に使った紙の名前の明記もない。

日下潤一 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E4%B8%8B%E6%BD%A4%E4%B8%80

マンガは、私は関川夏央の顔を知らないのですが、こんな顔ではない気がします。まんがの主人公は、石原良純の縮尺をもう少しヨコに広げたような顔です。セキカワ教授以外はすべていしいマンガのレギュラーで構成されているので、山口文憲やゴチエイ、幻影の在日コリアン美女との絡みを四コマで揶揄してほしかった向き(私です)には物足りないです。

ごく短い短編読切の連載で、あとがきを読むと小説のように思えますが、真ん中の数話除き、エッセーです。小説として読みませんでした。真ん中の数話は、主人公を妻子持ちに設定したり失業中(現在)にしたりして、さらに三人称で書いてたりするので、小説と分かる。

頁43、スチロフォームのカップと書いてありますが、須賀田さんの小説では、スタイロフォームと訳されています。

基本的な作者持ちネタを毎回いっこずつ挙げて短編にしています。韓国ネタは一話のみ。その回で北朝鮮も語ってしまっています。もうほんと遠ざかりたいんだなと。

頁273「三月十五日の出来事」
「新聞社の文化部。見つけたのは違う。彼女の“ネット”の友だち。最近はネットに集中していたらしいんだね。電話で話しているうち強い不安を感じたから、かなり距離があるのにわざわざ訪ねたというんだ。多摩の方から都心までだぜ。本人は、体調がひどくよくないから自分で救急車を呼ぶと電話ではいっていたようだが、それさえおぼつかないと思わせるところがあったんだろうね。大家さんに頼んで鍵をあけてもらったら倒れていたということだ。すぐに救急車を呼んだが、おそらくそのときにはもういけなかったんだと思う」
 私は井田真木子さんのことを話している。有名なノンフィクションの書き手だった彼女は、その前日に突然亡くなった。肺水腫、四十四歳だった。
 私は五、六年前までの一時期、彼女と何度か会った。編集者たちをまじえてである。夏、山
(略)
(略)しかし本人がいないのである。一時間ほどしてから気づいた。眼窩がくぼんでまつ毛が異常に長く見える人、あれは誰かと訝しく思っていた女性こそ井田さんだった。彼女は、お酒で肝臓を傷めて退院したばかりだといった。驚くばかりの痩せかただった。
 が、数ヵ月のうちに彼女は旧に復した。また以前のようにぽちゃぽちゃした顔だちに戻った。私は、生き返ったね、と彼女にいった。
 亡くなる八日前にも書評委員会で顔を見ていた。
(略)遠目ではあっても不穏な気配は感じられなかった。しかしその夜、委員会がはねたあと委員の一部や担当記者たちと酒場を三軒はしごした、とのちに聞いたときには驚いた。酒にはこりて、やめていたのではなかったか。
 彼女の飲み方はいわば暴力的だった。酒が好きというのではなかっただろう。彼女は何事に対しても過剰なほどに一所懸命だった。酒席でも酔うこと、酔って話すことにとにかく一所懸命で、それが暴力的な飲みかたとして現われていたと思うのだが、その過剰な一所懸命ぶりには人を沈黙させるほどの迫力がともなっていた。彼女との交流に、新聞の書評委員会で偶然同席するまで長いブランクが生じたのは、私が彼女の過剰さに恐れをなしたからだった。
 彼女は才能ある人だった。しかし才能と生活を維持させる力は、必ずしもバランスしていなかった。書き手とは本来、他に適性のない人がやむを得ず選ぶ仕事なのだが、いったんそれを職業としてしまえば、今度は健康で安定した生活を営むというまったく相反する適性を、たとえいくらかでも発揮しなければ職業生活を継続できないという矛盾をはらんでいるのである。彼女の体温は高すぎた。あれでは自分の体をも燃やしてしまう。私は案じたが、あえて彼女にはそう告げなかった。彼女の火は風に乱れて近接するものをも焼きかねないと思われた。
 新聞の文化部に知らせたのは「ネットの友だち」だが、その文化部から電話を
(略)が、心臓マッサージという言葉を聞いても、私はぴんとこなかった。重篤な症状とさえにわかには思わなかった。彼女は何度もそれまで入院していたし、そのたびに自分で救急車を呼んでいたと聞いたことがあった。そのうちの一度は栄養失調で倒れたのではなかったか。六年ほど前のことだった。入院先を見舞うと、一日にバナナ一本で何週間も仕事に打ち込んでいた、と彼女はいった。そんなわけで私は、うかつにもいつものことだろう、と軽く(以下略)

井田真木子 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E7%94%B0%E7%9C%9F%E6%9C%A8%E5%AD%90

ウィキペディアによると、「心が折れる」ということばは神取忍の同発言を彼女が活字にしたことで、世に広まった契機になったとか。『プロレス少女伝説』は、私も名前は知ってる本ですが、未読です。『小蓮の恋人』は読んでるはずなのですが、記憶になく、どうも封印してる気がするです。茅野裕城子『ハン・スーインの恋人』は覚えてるんですが。と書いてから検索すると、茅野裕城子の小説タイトルは『韓素音の月』でした。こいびとじゃなかった。しかも何故か私は、「慕情」のハン・スーインが、『太陽は桑乾河を照す』を書いたと思い込んでますし。『悲傷の樹』と混同してるらしいのですが、何故だろう。関川夏央から遠く離れましたが、以上。