カーテンがつきました

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カーテンがつきました

もしも私が遊び人というかヒマ人というか自由人というか今日の時間を勝手に使えるなら、日曜なので朝風呂に行って、その隣の駅のシネコンで「コンフィデンスマン.jp」でも観て、そのふたつ隣の駅からバスに乗って野津田の町田京都戦を観て、当然前座のお笑いコントだか漫才だかも観て(そういう興行のある日です)その後シネコンの駅まで戻って用事に出たりするのになあ、と思いながら、明日昼から雨だと今日と明日午前中にどこまで何がやれるかも考えながら、しかし眠いなあひとねむりしようかなあという具合です。

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けっきょく今日は錆をしたです。夕方まで錆をやって、エナジードリンクとスナック菓子を買いにコンビニまで散歩して、とっぷりと日が暮れました。銭湯代と映画代(会社の福利厚生割引)とJ2の当日券が浮いた。

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錆びたトタン。

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ペンキを塗り終えたトタン。

NHKの朝ドラの広瀬すずがセーラーの下にセーターをのぞかせていたので、駄洒落かなあと思ったです。

昨日夜耳を蚊にさされました。今日もさされるかと思いましたが、家ではさされませんでした。

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ある日本の高校(某私大付属)に通う不良上海野郎のパパ(貿易業)が彼を心配して、中国語のブンガクも読みなさいと金庸の射鵰英雄傳全巻かなんかをワンルームマンションに完備したわけですが、という話をそのへんの人にすると、「へーそれって上海語なんですかね~」とか言うわけですが、そういう人に対し、漢人の書面語と口語(白話)について簡潔に説明せよという問題を識者に出して、模範解答をぱくりたい(ぱくって回答したい)です。「そもそも金庸ってナニ語で小説書いたんですかね~、香港人だから広東語なんすかね~」知るかと答えたら負け。

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今日も、明日も、穏やかに、静かに、落ち着いて、平和に。そして、出来ることなら、自分も周りもみな、しあわせにすごせますように。

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一面トップ記事の見出しにしては、ナショナリティーとエスニシティーは別の概念と一蹴されそうな孔明の罠。五十六の民族が一つの国民を形成してると言うタテマエなので。スー族女性「私は米国人」ヨルバ族女性「私はナイジェリアン」タミル人女性「私はインド人」と同じ文脈でしかない。インパクトないよう、つか、やはり孔明の罠としか思えない…ひとつだけ。中国人の中には日本語で「〇〇人」というと国民、「〇〇族」というと民族、というふうに日本語を理解してる日本語学習者が多いんだかなんだかいて、マサイ族とかナバホ族とか言うじゃないですか、チベット人じゃないチベット族が正しい日本語ですと、外国人から日本語を指導矯正されてしまう笑えない現実があります。この見出しを見て、こんな記事でも朝日新聞は、中国の少数民族名の書き方について中国に気を使ってるんだろうかと憶測してしまいます。なんでウイグル人と書かずウイグル族と書くねん。

当該記事はカシュガル"喀什"の疏勒県とホータン(和田)の「再教育施設」取材ルポ。

取材は政府・党関係者の監視下で行われ、記者の質問を制限したり、取材相手の応答を遮ったりしたことはなかったが、自由行動は認められなかった。記事の検閲は受けていない。 

 海外に対し施設の存在を認め法整備をしたのが昨年とか。その数と入所者数は明らかにされておらず、今回の取材に対しても、把握していない、の回答だったとか。

「貧しい私の家を助けてくれる友人がいました。ある時、彼は私に文章を見せました。『国家はムスリムが管理すべきであり、中国政府が生み出すいかなるものも使うべきではない。国家に従えば天国に行けない』(中略)「私は妹にも同じ考えを学ぶように迫り、拒まれたので殴った。夫と毎日言い争い、離婚した。そんな時、村の共産党幹部に声をかけられてここに来たんです」(中略)そのやり取りを地元党幹部がじっと見ていた。 

イスタンブールまで取材したのに、「人」か「族」かが残念閔子騫。 

監視下の取材で見た涙 ウイグル族の女性「私は中国人」:朝日新聞デジタル

私ホータン行ったことないです、シルクロード行った頃はまだ外国人未開放だったので。ニヤに核実験場があった関係で、西域南道が未開放だった。というか旅行時は暴動があって橋が落ちたりしてカシュガルも六十日くらい封鎖されてたそうで。その後開放された時は、あんまり行こうという気が起らなかった。前世紀の話です。漫画家の神坂智子さんが許可のおりたツアーで西域南道を旅行したまんがルポをコミックトムに発表してた気がします。エジプシャン・バクシーシ収録かなあ。フクシマ以前なのでガイガーカウンターなんてその辺に転がってないので、暗中模索しながらの旅行だったような記憶が。女は度胸で現地の食べ物食べるとか。違ったかな。

なんで私が再度シルクロードに行かなかったかというと、やっぱ考えすぎたからでしょうか。今回の朝日新聞の記事の女性施設の写真でも、なんか南米人がいっぱい集まってる時みたいだなと思ってみたり。コーカソイド主流の民族の女性は、ウイグルもカザフも、甘いにおいがするので(香水)、モンゴロイド主流の遊牧民族の子が、なんで彼女らはいっつも飴ちゃん舐めてるんだろうと思ってた、という民俗大学内の笑い話も聞いたりで、うまく言えないのですが、なんとなくディープなシルクロードに行こうとは思わなかった。シルクロードとそうでない地域の相互辺境というか、マージナルなところには激しく行きたかったのですが。(回族ウイグル族は仲が悪いという、彼らの混住地帯など)

以上