『و طن من ワタネ・マン わたしの国アフガニスタン』読了

 デザイン—遠藤勁・遠藤貴美子 Photograph & Text by Hiromi Nagakura AFGHANISTAN ←中表紙にこういう英文があります。長倉洋海を読んでみよう二冊目。

ワタネ・マン―わたしの国アフガニスタン
 

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 とにかくワタネ・マンというアラビア文字が出ませんでしたので、自分で苦心して組み合わせました。「マン」は出るんですよ。ペルシャ語のグーグル翻訳で。

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「ワタネ」が出ない。「国」「国家」「故郷」「ふるさと」いろいろ入れてみたのですが、本書に載ってる文字の形にならない。で、どうもこれは"w"و "t"ط "n"ن という、子音を三つ並べただけみたいなので、コピーアンドペーストしてみたんですが、それをグーグル検索しても、該当単語が検索結果に表示されないので、なんぼなんでも一個も出ないのはおっかしーなー、と首をかしげています。どこかが不完全なのでしょうけれど、どこか分かりません。

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و طن من ワタネ・マン アフガニスタンで話されているダリ語で、「わたしの国」という意味です。

アフガニスタンの子どもたちの写真集。それ以上でも以下でもないです。幼児が多いのかな。だから少年兵の写真とかはありません。アフガニスタンのおとなは、やっぱ眼つきが厳しいと思うんですよね。そうでない写真も撮れるとは思いますが、やっぱシリアスな環境なので、きっついと思う。それは、ソ連どうこう以前の歴史でも、そうだったんじゃいかな。梅棹忠夫の『モゴール族探検記』の冒頭で、鎌持った農民が「ツ・バイダ」おめーさん何してんだ、と問いかけてくる場面がまさにそれだと思います。遊びをせんとや生まれけむ、とか一生無縁。そこで生きていく。天国まで。そんな死生観。以上