『チリ交列伝 古新聞・古雑誌、そして古本』(ちくま文庫)読了

これも震災に負けない古書ふみくらに出てきた本。

 カバーデザイン 岡田和子 

2001年論創社より再生紙印刷で刊行された単行本を増補・再編集して文庫化。「夫婦」の個所が追加部分だとか。それと、第二部として、彷書月刊と古書月報(組合機関誌)に掲載された著者の古書店近況を「古本屋風雲録」として併記。ブッコフも出ます。

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チリ交列伝―古新聞・古雑誌、そして古本 (ちくま文庫)

チリ交列伝―古新聞・古雑誌、そして古本 (ちくま文庫)

 

 『どすこい出版流通』が時々刻々の生きたデータの羅列、回想部分もナレッジとノウハウの蓄積であったのに対し、こちらは追憶エッセーですので、それほど生活誌や社会学文化人類学的な資料として重きは置けないかと。勿論パーツの幾つかを抽出して例として使う分にはありだと思います。

チリ紙交換という業種も亦、貸本漫画や紙芝居同様、ほぼ全滅した仕事ですが、作者がその原因を分析してるのは単行本あとがきにかえての「チリ交始末記」で、バブル以降オフィス等で使用され、再生業者に供給される紙の量が冪乘感覚で飛躍的に増大し、価格下落で、スポーツ紙の求人欄に免許だけ要であとはなんとでもなる仕事として募集して、軽トラごと逃げられないようにだけ措置して長時間ガソリン焚いて街を流して収集して車ごと重さをはかる「台貫」で重さに応じた労賃支払って、というかかたちだと、「コスパさいこうの反対なのだ」とバカボンのパパが言いそうな結果に終わって、それで終わったそうです。あと、新聞社の回収と町内回収も壊滅的な打撃を彼らに与えたライバルだったと。前者は拡販のため、後者は自治体から補助金まで出る町内ゴミ問題削減の一環でしたから、時代の趨勢には逆らえないのだと思います。

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個人的には、シュレッダーの出現で、それまで燃やしたりなんだりで再生に回らず破棄されていた紙ごみも破棄に回るようになったのと、IT化でかえって仕損じのパワポお試し印刷なんかが等価級的に増大したのもあると思います。「ペーパーレスの反対なのだ」でも業界が全滅しても、もともとスポーツ紙で募集して、ほかにも日銭仕事は多々あるなか、他人と組んでのチーム仕事でなく個人作業なのでそんなに上下関係や仲間に気を使うこともなく、接客としてもタクシーなんかに比べると圧倒的に接客時間も短いわけで、ことばもいらないといえばいらない、そんな仕事が気に入った人だけが来ていて、しかも長続きするかというと???なので、水木しげるが「やはり餓死ですか」というほどの業界ひっくるめての惨状は呈さなかったのではないかと。不承不承ながらスポーツ紙でほかの仕事捜すか(免許はあるわけなので)作者が頁48でチリ紙交換の求人文句をひきあいに、「宿無し来たれ」「寮完備」とあり、ホームレスということばはなかったが、そこまでは想定内にしていない人々を視野に入れている、と書いているそれが想定内にシフトするとか(貧困ビジネスということばも今はありますし)ほかの仕事に分散して終わったのかなあと思います。

で、チリ紙交換は、良心的なのかどうかしりませんが、サオダケ売りは全然そうではないことが今は情報としてきちんと拡散されてますし、流しの仕事はなべて悪くなったのではないかと思います。で、世にブラック企業と、結果としてそうなったのではなく、当初からその目論見、そういう達成手段の会社として設立されるものが、多いんだなあと言う気がします。チリ紙交換の、回想録ゆえに毒が抜けて浄化されたデンプンの粉みたく白い、美化っと神奈川な文章を読むとそう思います。

頁27、東北からの出稼ぎ崩れ(訛りによる対人関係の摩擦を避けての人もいれば、国で百姓やるより日銭半分公営ギャンブル半分生活が面白いというものもいる)が、習志野空挺部隊除隊後、親戚のツテで海外に行く迄の間、今しかできないなんとかデビューで、ヒッピーとヘビメタのあいのこみたいな恰好してチリ紙交換やりだした若者に対し、彼のようなのをズンムというだ、と、さらっと描いていて、深沢七郎のフの字も出さないところが作者の流儀なんだなと思いました。頁47には、名うての楽団のクラリネット奏者が、鬱で吹けない時、チリ紙交換に身を置いてノイローゼがなおるまでひっそり生きてる話があります。彼の綽名がズージャなので、語らずとも周囲は分かるものだと。

たぶんこのチリ紙交換業者の社長か所長が筆者なんだと思います。所長は、どこぞの過激派セクトのシンパ崩れでどうとかとか書いてある。勿論インテリもチリ紙交換の中にはいて、チリ紙交換のヨロクは古書店に売り飛ばす高額な古書や古美術品なので、フンデルトヴァッサーは百水、ウニヴェルシタスは大学の意味だと知識をひけらかしても、それほどけむたがられず重宝される時もある、と、頁30にありました。前にも書きましたがラーメン屋で、隣でラーメンすすってた職人さんたちのうち一人が元SEで、その足場屋だか型枠だかの会社の社長がロシアからバイアグラ買う時にPCがウイルス感染して、HDDだけ抜いて自分のノーパソに外付けディスクとしてつないでノートン先生だかなんかでクリーンアップしたりなんだりした話をしてましたのを思い出しました。

社長は頁77、執行猶予中の元くろうとが、バスの運転手ともめて、なんでか「ドスまで吞んで」ナシつけにバスの営業所に乗り込もうとした時、カミさんからの電話を受けて、「今度は長くなるだろうから何もしてあげられないがせめてこれでも飲んでから行ってくれ」と茶碗にナマタマゴを割っていれて、手渡す場面があります。茶碗の、蛍光灯が映るような透明な白身と盛り上がった黄身の生鶏卵を見ているうちに、こらえちゃくれないかで静まってゆき、「男がすたる」「女の出る幕じゃねえ」とは言わなくなるのですが、その玉子を使うワザは、頭山満がやったことを本で読んで自分もやってみたくなってやったんだそうです。そういう人。

頁144では、普通の古書店では売り先が思いつかない、本職広域指定暴力団謹製『隠退跡目披露』正絹芳名帳と、正絹ではないでしょうが、破門状を、「まいどおなじみチリ紙交換で」「うるせえぞいねやボケ」みたいな感じで事務所から投げつけられたタバの中から発見した従業員から、社長は買い取っています。思い当たる買い手、旦那があるんだと。21世紀、ヤフオクメルカリでこういう出物があったとして、さほど古くないものだとやっぱ「足がつく」とかなんかあるのかなあ。ぺつの個所で、廃業した鍼灸だか整体から回収した頭蓋骨を、誰も買わないし、お経をあげてどうこうの記述があります。

登場人物は、だいたい気の利いたあだなで、一部、性格の悪い奴、なのであまり付き合いのない奴、よそよそしくしたい奴は苗字呼び捨てです。頁95に、「リケイ」という外號の奴が出て、理系かと思ったら在日コリアンでした。李奎かな?麻雀に凝りすぎてパチ屋の親から勘当されたが、血族なので、いつかほとぼりがさめるだろうとそれまでチリ紙交換でしのいでる人。こういう、中間の触媒みたいな仕事がいっぱい?あった時代はそれなりによかったのか、どうか。その時代ど真ん中に居たら、絶対違う感想だったと思います。今だと、産廃は体たいへんにきつそうですし、じゃーコンビニやカラオケ、居酒屋ファミレスでバイトすんのかいという。人はどこも集まらず大変なんでしょうけれど。

下記は古書店雑記の部分で、都立大だかなんだかで店舗を引っ越す話。

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 大家は金持ちでマンションのオーナーなのだが、タクシーの運転手もやっていて、明け番に持ち家の壁塗り、床の張りかえ、諸々の修繕をすべて自分でやらなければ、気がすまないという変った人だった。世間から見れば、古本屋はいっぷう変ってみえるのではないか、だから、人のことをとやかくはいえない。

職場で数年前定年退職された方を、こういう感じの、共同購入したマンションの管理人兼の方だと思っていたのですが、退職後ほんとうにふっつり、職場に残った人間と連絡やつながりが切れたので、("´_ゝ`)フーンと思っていましたら、ついさきごろ、実はその人は某マルチ商法のそれなりに上位の人だと分かりました。ただケジメとして、職場は一切かかわりをもたせず、おくびにも出さなかったんだそうです。こういうことで職場が滅茶苦茶になる中小は数多いので(私も何度もそういう職場見ました。微生物がどうとか始めるパートさんとか、新入社員のやけに顔立ちが整ったのが大豆由来の?コナをシャカシャカやり始めるとか)その人は、粋筋というか、そういうこともきれいにしていたんだなと分かりました。退職したら、違った顔も見せかねないので、あえてそれで縁切ったのだと。

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『どすこい出版流通』にもその当時の記述として「ちくま文庫アウトロー路線は健在」とありましたが、幻冬舎とはアウトローの概念が違うのだよと言わんばかりのラインナップがズラリ。よくこんな出しよると。本書解説は上の中にいる、出久根達郎です。以上