『風をつかまえた少年 14歳だったぼくはたったひとりで風力発電をつくった』"The Boy Who Harnessed the Wind" 読了

Cover illustration: Mary Schuck  Back cover photo: Tom Rielly 

装幀・口絵レイアウト 関口聖司 カラーページ有。写真提供は共著者ほか。イラストや村の地図は著者。

風をつかまえた少年

風をつかまえた少年

 
風をつかまえた少年 14歳だったぼくはたったひとりで風力発電をつくった (文春文庫)

風をつかまえた少年 14歳だったぼくはたったひとりで風力発電をつくった (文春文庫)

 

 なんでこの本を読もうと思ったかもう思い出せないんですが、映画サイトかなんかから飛んだのかな。父親との相克が主題とレビューにあった気がしますが、本書を読んだ限りでは、そういう感じではありませんでした。古式ゆかしい家長尊重。映画でヒネった設定だったのかな。映画は下記ですが、予告は魔除けのように「アンジェリーナ・ジョリー絶賛」とアタマに謳っています。これでまず見る人を選ぶ。

longride.jp

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 アフリカ東部内陸のマラウィという国が舞台で、私はノーマーク爆牌黨の国でしたので、興味深く読みました。あんまし上の予告編みたくセンセーショナルではないです。旱魃で商品作物がとれず中等学校の学費が納められず学校に通えないこどもが、入学が出来たこどもの八割とかそういう飢饉なので。二割しかメシ食いもって通学できひん。

Google マップ

マラウイ - Wikipedia

マラウイ基礎データ | 外務省

日本マラウイ協会 公式ホームページ | ホーム

マラウイ | 各国における取り組み - JICA

マラウイ湖という湖があるからマラウイだとか、面積は日本の約1/3だとか(つまり日本より小さい)海外青年協力隊員がもっとも多い国だとか(ので、上記協会設立につながってるようです)それは、アフリカでは珍しく内戦や紛争を経験していないからとか、五分くらい検索結果を斜め読みしました。あんましそういうことは本書に書いてませんが、物語の背景として知っておいてもよいかと。マラリアと、国土大半の高原地帯と南部低湿地帯の関係とか。

The Boy Who Harnessed the Wind (English Edition)

The Boy Who Harnessed the Wind (English Edition)

 
The Boy Who Harnessed the Wind: Creating Currents of Electricity and Hope (P.S.)

The Boy Who Harnessed the Wind: Creating Currents of Electricity and Hope (P.S.)

 

頁31 町外れのオフェスィ酒場の記述

 オフェスィで酔っ払いが捨てた空き箱には、もともと〈チブク・シェイク・シェイク〉というお酒がはいっている。トウモロコシを発酵させてつくったビールのようなもので、マラウイでは人気のあるお酒だ。酸味がして、底には少量のトウモロコシが溜まっており、飲むまえによく振ってシェイク混ぜる必要があることから、その名前がつけられた。信じられないかもしれないけれど、とても栄養のある飲みものでもある。ぼくはお酒は飲まないけれど、〈シェイク・シェイク〉は数箱飲まないと酔わない、と人から聞いたことがある。つまり、道端に箱を捨てる頃には、オフェスィの客はもう相当な量を飲んでいるということだ。

Chibuku Shake Shake - Wikipedia

このお酒は、同民族が多いザンビアも検索ではよく出ました。

頁42に出てくる、父親が青年時代熱狂したロバート・ムフラニという歌手の歌を聴ければと検索しましたが、多分ムフラニだと思うが、アラン・ナモコかもしれないという音源しか見つけられませんでした。

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Robert Fumulani - Wikipedia

本書にはキリスト教徒もイスラム教徒も出てくるので、どっちが多いのか分かりませんでしたが、ウィキペディアなどを見ると、七割キリスト教徒で、ムスリムは二割未満でした。

頁95、理系少年なので、ゴミ捨て場から廃材を探しまくるのですが、電池を拾う場面で、〈マラウイ・サン・バッテリー〉は質がよく、中国製の〈タイガー・ヘッド〉は質が悪いという場面で、ふーんと思いました。前世紀末。

頁134

 医療が充実していないため、村では多くの子供が栄養失調やマラリア、下痢などで小さいうちに死ぬ。食べものが少ない時期にはさらに悪くなる。そのため、赤ん坊につけられる名前は、生まれた当時の状況や両親が抱いた恐怖を反映していることが多い。悲しいことだけれど、そういった名前を持つ人たちはマラウイじゅうに見つけることができる。たとえば、スィムカリーツァー(どうせ死ぬんだ)や、マラザニ(とどめを刺してくれ)、マリロ(葬儀)にマンダ(墓石)にペラントゥニ(すぐに殺せ)といった名前だ。そうした名前を持つ人たちはみな、不幸な名前をものともせず、幸いにも生きつづけてきた人々ということになるわけだけれど、大人になって名前を変える人も多く、父さんの兄さんもそのひとりだ。祖父母に、“自殺”という意味の“ムズィマンゲ”と名づけられたのだが、のちに“ムサイワレ”に変えた。“忘れるな”という意味だ。

 両親はひどいストレスを抱えていても、ぼくの新しい妹は出生時の体重が三千グラム近くあり、いたって健康に生まれてきた。そんな妹が元気に生まれたからか、あるいは飢饉に突入し、一種の盲目的な信仰を抱いたからか、ぼくの両親は妹をティヤミケと名づけた。“神に感謝を”と。

 本書は自力更生で風車を作ったサハラ以南のアフリカ少年の実話ですが、大半は、2001年の大旱魃大凶作(2000年?)と大飢饉です。人間が、実にゆっくり、食べるものが少なくなって、栄養失調が進行してゆく様と、それを逃れるため、どこまでもどこまでも賃仕事を求めて、移動し、さすらって、大規模な人口移動が発生する様。それが事細かに、ゆっくり、中学校への進学の喜びや学費が払えず通えなくなる事態と並行して語られます。ここがうならされる。前大統領の手厚い農業支援を廃止して商品作物栽培を軽視した新大統領の政策や、国家の穀物備蓄が、保存状態が悪くてオシャカになったのか、あるいは汚職かで、すべてバニッシュ、消失する記述もぞっとしますが、戦乱のない平和な国なので、欧米のNPOなどが食糧支援するのもたやすいのではないかと思うのですが、そういう記述は1㍉もありません。穀物をすべて個々の商人がタンザニアからの輸入に頼る状態になり、タンザニアが売価を二倍に釣り上げた、という記述があるくらいです。タンザニアは昔は共産色の強い国でしたが、Y2Kの頃はどうだったんですかね。とまれ、穀物はあったと。その下の、武装ゲリラの撒くカラーチラシがポルトガルで印刷されているというモザンビークは、隣国ですが本書に登場しません。西部の隣国ザンビアも出ないかな。

ミレニアムの大干ばつは、ペシャワール会の本でも、それで医療よりまず清潔な水が得られる井戸を、になるので、読んでいて、地球規模の干ばつである旨、アタマでは一回既読なのですが、こうやって、まったく違った地域で、深刻な実態を読んでると、痛ましいです。前年の収穫を食べ尽してひもじい思いを数週間した後で新しい収穫期を迎える生活が、江戸時代や明治の日本でなく、二千年のマラウイという現状がまず語られ、そののちに、旱魃で収穫がまったくない年が現出し、その状況下で新収穫までどうやって生きてゆくかの一年がカレンダーどおりに進行する。風車とか関係なく、そこを読む本だと思いました。

ペシャワール会でも追えるとおり、2006年?も地球規模の干ばつだったわけですが、この時はさすがにインターネット社会なので、支援団体がどっと押し寄せて、y2kの時のような飢饉に見舞われずに済んだそうです。

マラウイでは、日雇い賃仕事を「ガンユー」と呼ぶそうで、これは飢饉後の記述ですが、常態に戻っても、将来のあてもなく、日雇い生活を送ることを、“人生の溝を掘っている”と言うそうです。(頁291)含蓄のある言葉。

 主人公はこの自力更生風車が識者の目に留まり、彼らが情宣してくれたおかげであれよあれよという間に出世して、こんにちでいえばクラファンみたいな感じで家族も地域も潤って還元されます。風車自体もある程度改良されますが、数を増やして電力供給量を増やしてそれで商売を興して成功するという方向でなく、見せ物で金を稼ぐように見え、彼自身には悪びれるという発想もないので(少年だし)、カリフォルニアでマラウイ全土に供給される総電力の三倍以上を稼ぎ出す巨大風力発電施設を見学した際、これが自分の理想だというのですが、あまりにかっとびすぎて、違い過ぎるので、それはもう、地に足つけて生きて行ってほしいよ、と思いました。

ただ、総じてアメリカ旅行は、先進国アメリカを発展途上国国民に見せることがよいことだ、という姿勢に歯が浮くような美辞麗句で答礼してるだけの文章にも見えます。日本や沖縄の農業実習やフルブライトベトナム孤児と、あまり変わらない米国すごいでしょうツアー。

翻訳には、井本由美子という翻訳家が協力してるとのこと。池上彰の解説は四ページほど。原著はハーパーコリンズですが、邦訳はハーパーコリンズジャパンでなく文春刊行。共著者のブライアン・ミラーという人は、テキサス出身元AP通信記者のアフリカライターで、内戦や紛争の取材や記事ばっか日ごろ書いてるので、本書の仕事は新鮮だったと訳者あとがきにあります。数ヶ月現地に泊まりこんで、マラウイ習俗に触れるかたわら、現地人から理系の基礎知識、電磁誘導と物理の基礎知識を学んだとか。

頁353によると、チェワ語話者のマラウイ人は、英国が旧宗主国だったのに、英語のエルとアールの発音の違いが苦手なんだそう。

本書に登場する「グレワムクル」と「クワシオルコル」がごっちゃになってました。いまやっと整理がついた。

グレワムクル

クワシオルコル - Wikipedia

「シマ」とか「ガガ」とか南瓜の葉とか「ドウェ」とかの、飢饉の時の食物の名称も整理したいです。

マラウイの通貨は(同じくチェワ語を話す隣国ザンビアも)「クワチャ」"kwacha" というのですが、これはマンダリンの"块钱"kuaiqian,クワイチエン(銀塊が通貨だった清代までの名残り)の訛りという仮説を立てました。たぶん当たってません。映画を観るかどうかも未定です。

以上

【後報】

主人公は放し飼いにして残飯で養ってる飼い犬、その名も「かんば」がいるのですが、クドカンの娘は関係ないにしろ、飢饉と老化で生きてゆけない愛犬に引導を渡す場面があり、しかしその後食べる描写はありません。肉なのに。そういう習慣がないのか、欧米におもねったか、どっちなんだろうと、ここは読んでていぶかしみました。

(2019/10/10)