『がらくた博物館』(文春文庫)読了

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https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001906518-00

近代ナリコ著書に出て来たので、読んでみようと思った本。図書館本ですが、著者献本でした。単行本は1975年、大活字本は1994年刊。カバーも著者。解説は川村二郎。

大庭みな子 - Wikipedia

大場久美子 - Wikipedia

 旧ロシア領だったアメリカが舞台の、連続する三篇から構成されています。旧ロシア領だった米国なんて、アラスカ一択なのに、なんで「アラスカ」を明記しないのだろうと不思議でした。「アメリカ北辺の町」と書かれると、シアトル郊外の寂れた街とか、連想しませんでしょうか。そういう、意図不明な操作が他にもあるのかは、ぱっと読んだ範囲では、気づけませんでした。気づけないから、誘導操作があったとすれば成功でしょうか。

最初の話は、亡命白系ロシア人バーブシュカの話です。なんというか、そりゃいますでしょうね。横浜のニューグランドにもいたくらいなので。中薗英助だか堀田善衛だかのエッセーでも、上海の白系ロシア人の娘さんは、戦後、中国が共産化する過程で、だいたい米軍人とデキてアメリカに逃げたことになってましたし。この話の感想は、特にありません。

頁35、バーブシュカがジューシュカだった頃の満州逃避行場面に「支那服」という単語が出ます。1975年は、言葉狩りもまだそんな五月蠅くなかったでしょうか。

がらくた博物館 大庭みな子 - 古書 胡蝶堂

https://kotyoudou.ocnk.net/data/kotyoudou/product/imgg_155.jpg右の画像は上記URLの古書店公式から。

次の話が、元米兵と結ばれてアラスカに移住してきた女性の話。バツイチ。

頁11

 ラスは禿で、そんなとしでもないのに、耳がよく聞えなかった。いちいち聞き返すのは面倒らしく、他人が何か問いかけても、半分くらいはトンチンカンな返事をした。

「今、何時ぐらいでしょうか」

「そうですねえ。大統領は、すっちまってもともとの、バクチかなんかで稼いだ金のある奴がしなきゃダメだ、というのがわたしの持論です。ともかく、金のない奴はサモしくてね。どうしても卑劣なことをする」というふうである。

 しかし、妻のアヤの言うことはよく聞えるので(中略)

「女房のLとRのごっちゃ混ぜの、ア・オ・イ・エ・ウっきりない母音のヘンテコリンな日本英語なら通ずるが、立派な英語じゃ聞こえないってわけよ」とみんな言っていた。

 今写してて気が付きましたが、北米社会を透徹に活写してるかに見える作者もまた、「みんな言っていた」みたいに、「みんな」を使うんだなと。かなり和風の表現ではないかでしょうか。

主人は白人で、けっこう器用によろず修理業やら中古品販売やらの自営業を盛り立てています。この女性は幸運。黒人と結婚して渡米して、格差や差別に直面したりするケースではない。また、レ・リ・ヘイスリップの自伝をオリバー・ストーンが映画化してトミー・リー・ジョーンズが演じたような、除隊後仕事に困って飲んだくれて妻に暴力を振るうような男でもない。ほんとよかったですよ。頁92によると、元米兵が日本勤務の時、基地在住の通訳の妹としてこのワイフと知り合ったとか。

アラスカで暮らす邦人女性というと、どうしても西木正明がカニ族としておっかけてってもう一度フラれなおす話を思い出しますし(その後西木正明はイヌイットの女性とわりない仲になって息子が生まれて、その一方で西木はアラスカに暮らすニンジャの末裔を追うがいかんともしがたく、野生の大きくて黒いブルーベリーを摘んだりするアラスカ生活に別れをつげ、ヨメを連れて帰国するが、ロクに仕事も見つからず、ヨメはホームシックになってアラスカに帰り、西木はのちに渡米して成人した息子を物陰からひっそり見つめて「飛雄馬…」と言ってみるテストをする)もし大場久美子大庭みなこが追っかけられたのであれば面白いと思ったのですが、全然そういうことはなく、普通に結婚した相手がパルプ会社におつとめで、アラスカ駐在になったので、いっしょにアラスカ行ってから題材を見つけて?小説を書き出したんだそうです。

三つ目の話は、カルロスというヒスパニック系の流れもので、商売に成功した人物と、日本人の父と朝鮮人の母との間に生まれて日本人として育てられ、のちに母が台湾人と名乗っていた中国人と再婚したので、「素英」という名前を「スウイエン」と読ませている女性との、シティースタイルの恋愛物語です(棒 頁205から209あたりにかけて、かなり赤裸々に自らの前半生を呪詛しています。そしてそれによる混乱をどうしたらよいか、まだ道標がないことにいらだっている。

日本人としては「すえ」と呼ばれていたとか。ハングルではスヨン。で、「素英」という漢字ですが、ピンインではスーインにしか読めないので、どないしたら「スウイエン」になるんだろかと思いました。でもまあスーインだと、ハン・スーインが三人くらいぱっぱっと出てくるので、スーイエンでもいいのかと思いました。四眼私盐思妍私烟素颜俗艳。

奥飛騨慕情

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Han Suyin - Wikipedia

韓素音の月 (集英社文庫)

韓素音の月 (集英社文庫)

 

向き合って|ゆうゆうLife|Sankei WEB

大庭みな子という人は、寂聴の本等で、河野多恵子という人と並列に語られていて、そうすっと河野多恵子も読まなきゃダメかなと思ったのですが、近代ナリコサンは河野多恵子については著書を推してないので、読みません。助かった。よかった。

この小説は、子鹿に酒を飲ませるという大変剣呑な展開があります。最後、女性に去られた男性が酒浸りから連続飲酒といってよい状態になり、そういう状態だと自己憐憫の手紙を書くので、そこで、アル中になりそうですと語って終わります。鹿、酒飲むんですね。奈良公園とかもそうなんだろうか。

おまん、子鹿に触る。

以上