『ホテルウーマン』"HOTEL WOMAN" 読了

 山崎洋子サンを読んでみようシリーズ。読んだのは毎日新聞社の単行本。サンデー毎日に1990年12月16日号から1991年9月1日号まで連載。装幀 亀海昌次

ホテルウーマン (講談社文庫)

ホテルウーマン (講談社文庫)

 

かなり豪華なテレビドラマになったそうで、知らないで読みました。だいぶストーリーは違います。

ホテルウーマン - Wikipedia

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ホテルウーマン

ホテルウーマン

 

えらい豪華なサントラ参加陣。

 https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51I6xfJmg-L.jpg原作では、医者がいい人過ぎて主人公がワガママな甘えでくっつかない感じですが(そんな主人公を支えるなよと思ってはいけないのでしょう)ドラマでは船越英一郎が医師を演じてるそうなので、それではくっつくと予想する人は少ないと思いました。原作は女性がヒラからホテルという男社会の組織で成り上がってゆかんとする人間模様を描くわけですが、ドラマは彼女に対し、ライバル会社の頂点に君臨する女性がツブシにかかるという更なる災厄更なる苦難のストーリーになっています。なんでふたりに軋轢が生じるかというと、ヒロインが女社長の宿六とニューヨークで不倫して身籠って、宿六は自殺してヒロインはシングルマザーになるからです。女性の困難な社会進出とそのサクセスストーリー、というテーゼに対し、経営者一族なのかなんなのか知りませんが、最初から女性権力者を対置してしまうと、だいぶ言いたいことや言い方は変わってしまうな、と思いました。

 ドラマのロケ地はプリンス系列だったそうで、そうか、沢口靖子はそれで、かどうかは知りません。それ以前もそれ以後も知らないので。

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原作表紙、左右にタテ三個ずつ並んだ三角形、最初醤油の焦げ目のオイシそうな焼きオニギリ🍙と思ったのですが、なんかもふもふしてると思い、たぶんニューヨークを意識して、ソバージュヘアの女性の後頭部を並べたんだなと思いました。題字と合ってない気がするのですが、それは今の感覚が当時と違うからか。真ん中の写真は、高層ホテルの窓と低層要塞ホテルを組み合わせた合成でしょうか。

作者はのちに横浜の老舗ホテルを紹介した本を書いてるのですが、執筆のきっかけは、ある女性ホテルスタッフが匿名で、彼女を推した手紙を書いたことからだとか。それで作者は、自分がホテルを題材にした小説を書いて、それが推薦者のこころに残っていてお願い手紙につながったのなら、望外の喜びであるみたいなこと書いてたような気がします(少し違うかもしれない)それで読んだ本ですが、バブル期1991年の熱気とともに、確かに忘れ難い味がある小説だと思いました。同業種の同性が何を思いながら読んだか、想像するに難くない(が、想像しません)

・ニューヨークで目の前で恋人が拳銃自裁

・不倫の忘れ形見を生むわけですが、生後二ヶ月ほどでもう就職を決め、働き出す。

・米国留学では、MBA取得。でも日本でホテルで働く。

・会社には子どものことはナイショ。隠してる。

・当初のシフト制の仕事と育児の綱渡りは実にあぶなっかしい。ベビーシッターの質や費用もとんでもない。

・働き出してから首がすわるというすごいペースですが、胆道閉鎖症という難病を持っていることが分かります。緊急入院。

胆道閉鎖症とは ≪ 日本胆道閉鎖症研究会 [Japanese Biliary Atresia Society] : 「胆道閉鎖症とは」のページです。

この辺が初期設定でしょうか。本書は、作者ひとりの産物でなく、男性週刊誌編集や、テレビドラマ視聴者など、さまざまな人々の共同幻想でストーリーが発展してゆくと考えます。恋人がすべからく一回り以上年長であることは、既読の作者身辺エッセーを踏まえると、作者が何かを投影したかったように思いますが、この当時は作者のそうした配偶者関係は知られていなかったかもしれず、後讀みの愉楽であると思います。目の前で恋人が死ぬという衝撃の展開であり、全く違ったタイプの男性を身辺に矢継ぎ早に登場させておきながら(大病院の名医で性格もガタイもいい友だちタイプと、就職先の同期のエリートで、これも米国留学帰りの幹部候補生)結局、かつての自死した恋人が灰から蘇って、悪いところが減じて、長所が伸びたみたいな男性と以下略。これは作者ならではと思います。何を考えてこうもってったのか、分析したい人はにやにやしそう。そしてサンデー毎日読者層の夢とチボーとも合致。

頁196

 アンティパスを口に運びながら、大森は上目づかいに柊子を見た。

上記太字はわたしがつけました。これはアンティパスの誤植か、誤植でないのか。箱根に「アンティパスタ」というイタリアンレストランがほんとにあるので、笑いました。

アンティパスト - Wikipedia

頁252

 精一杯の皮肉を込めて、柊子はそう言い返した。大森はきざな仕種で肩をすくめた。

「たとえ仕事といえども、三十五歳以上の女は相手にしないことにしてるんでね」

 この程度の男だったのね、この人は。なにがコーネル大学出よ……柊子はうんざりして、前を行く車に(略)

ヒロインは三十路からマイナス二歳の設定ですが、三十七歳だか八歳で小説家デビューした作者の、これはそれから四年くらいあとの小説ですので、それを踏まえて読むのもありかと。

彼女を妨害するライバルは、ドラマのあらすじト書きを読むと、前述のとおり女社長ですが、ほかにも小物がいたかもしれず、ボスキャラのいない原作では、敵は総じて小物の複合体です。ヒロインの生き方そのものへのアンチテーゼ、感覚的に受け入れられない人々の想念の結集。このへん、推理小説は、読者をあっと言わせねばならぬ、的な仕掛けに忠実とも言えますし、相手はこう思うんじゃないか、みたいな編集や周囲の人間とのやりとりも反映されていると思います。無償の愛を額面通り信じられるなんて、お坊ちゃんのたわごとだわ、いやいやいや、それな、ジブンな、みたいな。

終盤、ヒロインは罠にかかって、子どももろとも窮地に陥るのですが、なんの裏付けもなく勝手に敵をこの相手と思い込んで攻撃したり(完全な誤解、しかも根拠ゼロ)自分にやさしい相手を引きずり込んで無理無体な要求につきあわせたりします。このパニック描写は見事でした。ふつうは主人公が読者から引かれるのを恐れて、そこまで主人公にバカな軽率行動をとらせることに、著者はためらう。

で、そんなヒロインが、息子の面倒を母親に見てもらうことに対し、おびえにも似た感情を持ち、また他人行儀な遠慮を母親にするところ、ここは作者の行程と、編集などが、家族がいるのにどうして彼女は家族を頼らないの? みずくさいよ、孫なんだから損得抜きでお母さんは助けてくれるよ、読者も不思議に思うんじゃない? という意見との板挟みがあったような気がしました。

頁243

 静は頷いて、よっこらしょ、と呟きながらまた腰をおろした。ソファの背に寄りかかり、大きな溜め息をついている。静の頭を頭上から見下ろした柊子は、ふと胸をつかれた。髪がずいぶん薄くなったように思える。カーディガンを羽織った肩のあたりも、ひどく痩せてみえた。

 感染症を恐れながらの育児に、疲れ切っているのだろう。申し訳ない、とつくづく思った。(後略)

この病気の手術後の赤ちゃんは、周りから雑菌に感染して、状態が悪くなることが懸念事項なんだそうで。そういう意味の「感染症」です。

こどもは祖父母に預けられ、両親は都市で働く家族が多い中国では、石を投げればそれに当てないほうが珍しい気もしますし、それゆえの教育やモラルの問題の記事もメディアに出ます。フィリピンなど、東南アジアでもそれなりにそういうことはあるんじゃないでしょうか。そこから見ると、ヒロインの志向は、異質ですし、でも日本ではけっこう同環境の同性からは支持される気がします。そうでない環境からは下記。

シングルマザーの選択をしたことに、きょうだいからはなんもないだろうとたかをくくっていて、ヒロインが予想外の攻撃に狼狽するくだりは頁204。兄弟は平凡な常識人ですが、血肉を分けてるんだから分かってくれるだろうみたいな。ちがうことを思い知らされる。

頁298

「井上先生に連絡がとれたから大丈夫。とにかく今夜は寝ましょ」

「寝るって、そんな……」

「わたしたちが病気になるとまずいのよ。良に移しちゃう恐れがあるから」

 病院で言われたことを、柊子はさも自分で考えたかのような説教口調で言った。

「そりゃそうだけど……」

 半泣きの顔で静が言葉を切った。 

息子さんの名前は、テレビと小説でちがいます。

家族が上京するまでヒロインが頼っていたのは、大学の同級生で、渋谷でカラオケパブを営んでる女性。このカラオケパブというのが時代だと思いました。少し前の時代なら「コンパ」とでも呼ばれるたぐいでしょうか。医師はここの常連で、同僚男性と上司男性が飲みに来て、四人バッタリというトレンディーな場面があります。

冒頭、恋人の自裁場面で、NBAMBA取得者なのに、ホテルセキュリティや警察に対しヒロインが英語が出てこなくなる場面があります。ニューヨークの老舗ホテルで、バブル期なので、日本人スタッフが常駐してて、彼が通訳します。

頁13

 柊子は質問に答えていた。それを川本が英語で警官に伝える。拳銃はどこから手に入れたのか、と警官が聞いた。柊子は首を横に振った。彼は麻薬をやってなかったか、あんたはどうか、とさらに警官は尋ねた。柊子は笑い出した。笑いながら警官を睨み、ばかね、あなたたちは、と呟いた。そういうことはないそうです、と川本が通訳した。(略) 

 以上