『地を這う虫』(文春文庫)"The Best Stories by Kaoru Takamura" 読了

 これは、ほかの人のブログを見て読もうと思ったのか、『我らが少女A』を読んだ時についでに読もうと思ったのか、判然としません。

地を這う虫 (文春文庫)

地を這う虫 (文春文庫)

  • 作者:高村 薫
  • 発売日: 1999/05/07
  • メディア: 文庫
 

 装画・西口司郎 装幀・多田和博 解説、あとがきなし。1993年12月の単行本を全面改稿し、四篇で再構成したとの由。読んだのは2017年10月の15刷。

カバー裏煽り文句

「人生の大きさは悔しさの大きさで計るんだ」。拍手は遠い。喝采とも無縁だ。めざすは密やかな達成感。克明な観察メモから連続空き巣事件の真相に迫る守衛の奮戦をたどる表題作ほか、代議士のお抱え運転手、サラ金の取り立て屋など、日陰にありながら矜持を保ち続ける男たちの、敗れざる物語です。深い余韻をご堪能ください。 

 深い余韻をご堪能下さい、とまで言うか、と思いましたが、今の煽り文句は、斜陽産業にハマった有名大卒編集者が必死に食いぶちを稼ぐためオーバーにオーバーに書くので、そんなものかと。主人公は全員、身内の不祥事とかで警察やめた元警察官とか刑事です。今でもそうなのでしょうか。少子化ですけど。

舞台はぜんぶ多摩。町田から福生、東村山、狭山まで。田無や連雀は出ません。代議士運転手だけ23区内。でも池袋だから、この道は多摩埼玉に続く道、という感じ。

書き直しがどれだけあったのか、取り立て屋の暴対法の箇所は、明らかに後からだと思います。携帯は、むかしの「バブリー♬」な自動車電話的描写をちょっといじっただけかもしれません。メールはなし。ラインもなし。電子データのやりとりなし。技術革新は日進月歩なので、代議士運転手の、車種の特徴とナンバーをすべて記憶する特技は、ドラレコを超越するふうにしとかないと、ドラレコあるから東京2020もういらんやんになる。というふうに考えるとキリがないです。

特にさいごの話に顕著ですが、社会生活を普通に営めているひとでも、境界があいまいなボーダー的なひとがいるものだ、別に犯罪とかはしませんけど、という元ポリースメンたちです。作者はこういうのが好きなんですね。その意味で、さいごの話の主人公が、自分から別居して、妻と娘に嫌われてるという妄想を持ちながら、実はそうではないかもしれない、離婚して養育費を払う展開でないから、というのは主人公に花を持たせていると思います。でもその二重生活を維持するために、昼は朝八時から夕方六時まで倉庫でピッキングや仕分けの監督作業とでもいうのか、インチキ仕事があるとどうでも自分でフォークでパレット積み直しもするみたいですが、デタラメな荷卸しをやった人間を特定して厳重注意みたいな、元警察っぽい仕事をして、夜は夜十九時から朝七時まで、薬品製造会社で二時間ごとの巡回をする夜勤警備の仕事を掛け持ちしている設定です。両職場間の距離は三百メートル。でもその仮眠で日常生活を送れるわけがないと思います。フィクション。無理だから。

頁174

二つの勤め先の給料をあわせると月三十六万になる。四十路の同世代の平均収入に比べると少ないが、それで不足はなく、それ以上の甲斐性もなかった。

私は、上の片方だけの給料(月十八万)より下で、もちろん不足アリで暮らしてます。そういう人がたくさんでもないけど、まあまあいる時代から見て、いつ寝ていつ帰宅してるんだ死ぬよ的生活で倍の給料といわれても、です。娘の学費積み立て考えるとそれでも足りないので、別居の妻はフルタイムでスーパーに勤めてるとか。それだので、離婚とかでなく別居やめて同居して生活費浮かせたいと妻が言うのですが、ファンタジーっていいなあと思いました。ふつうはそれでも同居はイヤ、なので。へんな嗜癖はありつつも、主人公の人徳か。

お話の中では、代議士運転手が比較的若く、三十三歳ですが、避難入院の代議士に、こんな時でもないと読み返せないからと言って、下記を書棚から持って来てくれと頼まれます。ただの代議士ではなく、七十代、派閥の領袖で、現副首相、元党幹事長、元建設大臣(ママ)各種業界団体会長。

頁158

「そうそう君、バルザックはいいよ。この佐多も顔色を失う人間という怪物のオンパレードだ。ひまがあったら読みなさい」、と。

 読もうかなあと思いましたが、ぶ厚そうで、いま別に読む本がないでないし、写真も12月9日と10月19日と21日が未整理なので、読めそうにないなあと思いました。バルザックは、何を読みましたか。ゴリオじいさんと、谷間の百合は読んだかな。小さな中国のお針子は、あれは映画だけで、バルザックだったかそうでないか。読んだ気もするのですが。水車小屋は、ドーデか。

以上