『海うそ』読了

 これは他の方のブログで見て読もうと思った本だと思うんですが、さだかでないです。装丁 緒方修一 装画 高山裕子 岩波書店の[創業百年記念文芸]だそうで。初出は書いてないので、書き下ろしでしょうか。書き下ろしなら書き下ろし作品と、むかしの本は奥付や目次の次の頁に(初出を書いておくところ)ことわりがきがあったのですが、特に見つけられず。

海うそ

海うそ

  • 作者:梨木 香歩
  • 発売日: 2014/04/10
  • メディア: 単行本
 

 読んだのは単行本。文庫本も同じ表紙で、題字の大きさなどを、文庫サイズにあわせてちょこちょこ仕事した印象。

https://www.iwanami.co.jp/book/b355588.html

海うそ (岩波現代文庫)

海うそ (岩波現代文庫)

  • 作者:梨木 香歩
  • 発売日: 2018/04/18
  • メディア: 文庫
 

 電子化もされてるとか。上記版元の文庫版目次を見ると、解説とともに書評がひとつ収められている感じ。

参考文献
書評 変わる島に「滅び」を見る……………井坂洋子
解説……………山内志朗

海うそ (岩波現代文庫)

海うそ (岩波現代文庫)

 

 昭和初期が舞台、というなんとなくの認識があって読み進めてしばらくしてから、確かに携行食がすべて握り飯だったりするので、そうだろうとは思うのだけど、どこに昭和初期が舞台と書いてあったっけ、とぱらぱら読み返したら、本文に描写として書いてあるのでなく、カバー折のあらすじに書いてありました。やられた。そこで刷り込まれたのか。

カバー折

昭和の初め、人文地理学の研究者、秋野は南九州の遅島へ赴く。かつて修験道の霊山があったその島は、豊かで変化に富んだ自然の中に、無残にかき消された人びとの祈りの跡を抱いて、彼の心を捉えて離さない。そして、地図に残された「海うそ」ということば……。五十年後、不思議な縁に導かれ、秋野は再び島を訪れるーー。いくつもの喪失を越えて、秋野が辿り着いた真実とは。 

 同じ文章が、版元やアマゾンなどのネット通販、大手書店サイトなどの本書紹介に貼られています。句読点が「。、」でなく、「.,」だったりしますが。

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見返しにいきなり島の地図があり、今の出版社はやはり活字不況でページ数贅沢出来ない、余裕がないのかと思いましたが、中表紙と扉がべっこにあって、目次にも扉がありましたので、そこにそんなふんだんに紙を使えるのなら、減価的な理由でここに地図があるのではないのだなと思いました。裏の見返しは無印刷で、オモテウラ対象ではないです。

かわうそ」というのはよく聞きますし、私は石森章太郎佐武と市捕物控』のかわうその話、雨が降ると後家さんや分限者の囲い者のところに忍んで来るマオトコのスケコマシのことをかわうそと云う、を連想し、「海うそ」と云うくらいだからかわうそのヒュージでビッグなイクジスタンスだろう、と思いましたが、違いました。「獺祭」の「だつ」をつけて「海獺」と書いても「海うそ」だそうで、アシカの意味になり、検索するとゴールデンカムイの「海獺鍋」ばかりが出ます。ヒンナヒンナ。

本書の「海うそ」には、蜃気楼の意味合いもあり、作者の出身地の鹿児島県の、琉球弧ではない島嶼部でも見れるんだなと知りました。八代湾の不知火はお隣熊本県か。お話の舞台は架空の島だそうです。

しんきろうの丘(甑島)|観光スポット|鹿児島県観光サイト/かごしまの旅

蜃気楼|みんなの投稿|KTS 鹿児島テレビ放送株式会社

かごんまは日本一廃仏毀釈がさかんなところだったと私も聞いてますので、離島における、その時代の記憶みたいなものをたぐる旅が、本書のメインです。各集落の民間信仰の痕跡や、修験道で賑わった寺院跡、瞑想の洞窟、即身成仏の断崖などを訪ねる。国家神道の狂信的な信仰者たちが上陸し、文革さながらに、精進食の山岳仏教徒たちになまぐさものの海の幸魚貝類山の幸肉類(この国の豊かな恵み)を食べさせたり、断崖捨身を迫ったりした記憶の伝承(頁141)は、ほんまかいなと思いましたが、参考文献もあるので、まあそれに類することは、実在の地名では、じっさいにあったんだろうなと思いました。途中途中で、ブレアウィッチプロジェクトになって、それ以上進もうとせず引き返したりします。

鹿児島県/樋の間(てのま)二つ家

かごんま県の住居は、南方ポリネシアに由来する、炊事場と住居で建屋を別にする「二つ家」の北限だそうで、それが日本の平均的な一軒家に移行する過渡なのか、あるいは、北方の一軒家が、南方の気候風土に合致した二つ家に併呑されつつあるのか、的な多様性が島で見られ、前者しか考えていなかった主人公は、地元のマレビト、遁世した知識人から後者の可能性を指摘され(頁57)、どちらを論文を書く際の仮説として選んだらいいのか、分からなくなって、けっきょく筆が止まってしまいます。

L字型の家ってよくないんですか? 家を新築する予定なのですが、建築事務所さんが持ってきた図面がL字型の家でした。 - 教えて! 住まいの先生 - Yahoo!不動産

それから、戦争があって、戦後があって、島には橋が架かって、開発が進み、そこに、80を超えた主人公が、ゼネコンでお勤めの息子がそこでリゾート開発で働いているという契機で、再訪し、知己はみな絶えというか散じて行方はようとしてしれず、恋人の死が、どういう死に方だったのか、その段になって唐突に語られ(戦後結ばれた妻との折り合いの付け方が対比として挟まって初めて書けている感じ)そしてという話です。主人公の不幸や、島を襲った運命は、因果で語るものではないのですが、しかしそこから生じる感情は、吐き出さなければならず、その声が、南国でも標高が高くなると降雪もあるという植生がバラエティーに富んだ島で、どう響くか、という小説だったと思ってます。以上