『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン短編集』"A Manual for Cleaning Women: Selected Stories. " by Lucia Berlin 読了

2020年7月19日に、帰宅後昼食を摂りながら聞いていたNHK FMラジオの、キッチュトーク番組で、ゲストで来ていた翻訳家岸本佐知子サンが紹介していた本。「アルコール依存症」というキーワードが聞こえたので、図書館予約することにしました。しかし同時に、虐待、ということばも聞こえたので、少し、弱ったなと思っていました。

NHK 番組表 | トーキング ウィズ 松尾堂「現実と空想のはざまで作品を紡ぐ」 | 翻訳家…岸本佐知子,作家…村田沙耶香,【司会】松尾貴史,加藤紀子

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ルシア・ベルリン - Wikipedia

で、九月に予約がまわって来たので読みました。まだあとがつかえてるみたいです。

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装幀 クラフト・エヴィング商會吉田浩美吉田篤弘

カバー著者写真 Buddy Berlin(Ⓒ2018 Literary Estate of Licia Berlin LP)

中扉にも作者の写真。もともと薄い色なんでしょうが、目が光で飛んでしまってるので、カルロス・ゴーンにも見えます。獅子文六のように再発見された作家。2015年に、リディア・ディヴィスという作家さんの序文を添えて43この短編を出版したところバカ売れでウハウハだったそうで、本書はそこから24の短編を選んで訳出したとのこと。講談社も訳者もフル翻訳出版する技量はあったでしょうが、コレが好きそうな読者層はそんなに厚い本に手が出せそうにない気がします。まず、手に取って読んでほしかったので、こういう形の出版を選択したんじゃいかと。表題作は1977年では"A Manual for Cleaning Ladies"でしたが、2015年では"A Manual for Cleaning Women

リディア・デイヴィス - Wikipedia

あちらの表紙はカラーが出回ってます。エギング商会、否、エヴィング商会が写真をセピア色にして思い出をモノクロームにしたのか、あるいはあちらの装幀者がカンピューラーでデジタル彩色したのか。どちらか分かりません。

生涯に三度結婚し、四人のこどもを持ち(父親はふたり)、ベルリンは最後の夫の姓で、もともとの苗字は「ブラウン」 幼少期の愛称はルー、リロ・ルー。巻頭の話ではニューヨークの、いやアルパカーキのコインランドリーのアル中インディアンからイタリア風にルチーアと呼ばれています。

訳者によると、作者の人生は有為転変が激しかったようで、①各地の鉱山都市で過ごした幼少期②テキサスでアル中の祖父、いいなりの祖母、アル中の母、アル中の叔父と過ごした少女時代A(虐待というかトラウマはここ)③アメリカがテコ入れしてた時代のチリで過ごした絢爛たる少女時代B④掃除婦や緊急病棟ER看護師をするシングルマザー時代⑤あじましでお失踪日記酒類の自販機が朝五時販売開始するのを待つ話がありますが、そんなような話や、アル中患者のデトックス施設の風景を切り取ったスケッチ(患者目線)⑥末期がんの妹の世話をするメキシコの話⑦刑務所で作家教室を開講し(服役者じゃないです)コロラド大学客員教授まで登りつめる晩年。などが描かれるのですが、初出の年月日が記載されてないので、最初は、なんだよこれじゃどの時期の話なのか分からないじゃん、と、かなりがっかりしました。例えば森茉莉が失敗した自身の結婚を書くとして、直後に書くのか晩年に書くのかでタッチが変わるだろう、そうしなことを判断するのに、初出の日時はとても大事なのに、なんで書かないんだよう、と。ラジオで聞いた訳者のバンセンの素晴らしさと、ここのアラのギャップで、まずちょっと萎えたです。それと、原題書いてないのも、ちょっと。

上を見て、③と④の間に溝があるじゃん、相手との出会いとゴールイン、別れの繰り返しは? と思いますが、恋愛は一生続くので(女性だな~)それで区切りをつけていないんだと思います。声を聴きたいとか抱かれたいとかダブル不倫で結婚とかの垂れ流しは、あるです。そして⑤。

解説者や訳者がおどろく、途中のセンテンスをすっとばした思考は、特にへんとも思いませんでした。ただ、作者が嫌いつつお前に承認欲求ロックオン、と思ってるかもしれない母親のジョークはおもしろかったです。

頁205「ママ」

「ユーモアのセンスは一流だった。それはたしか。物乞いに五セント玉渡して『ねえあなた。あなたの将来の夢は何?』って訊いたり。タクシーの運転手が無愛想だと『今日はずいぶんと内省にふけっていらっしゃるのね』と言ったり。

処女懐胎のことを「罰当たり懐胎」だの「インスタント懐胎」だのと呼んだり、服毒自殺を試みた時に、英語では「コツ」のことを"get the hang of"と云うそうで、"I could'nt get the hang of" と、首つりのハングとひっかけて、遺書でダジャレを書いたり。二日酔いのハングオーヴァーとはかけてないようで、娘はそれが不満だったのか。 

get the hang ofの意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書

soundcloud.com

うまいこと打ち込んだ文章が見つからないかと思ったのですが、音読しか見つかりませんでした。これだと3:18からそのくだり。つべにも音読があるみたいです。これで聞くと、「インスタント」が「セカンド」に、「ねえあなた」が「エクスキューズミーヤングマン」に聞こえます。

頁289、晩年コロラド山脈を眺めつつ、問題行動は“心のSOS”であるとカウンセラーが呼んでいたことを思い出すくだり。仕事でも、ヘルプが必要になる「やらかし」をする人のそのタイミングは、そんな時だったりする気がします。あえてミスをするベクトルに進むクセがついてる。小説と人生は違うので、作者はコロラド孤独死するわけでなく、子どもたちのいる大都市ロサンゼルスにその後移って死にます。

あと、小説なので、人生をそっくりそのまま嘘偽りなく語ることを神に誓うわけでは無論なく、フィクションをまじえてるそうです。聖書に手を置いて宣誓なんてしませんと。解説頁297。この解説によると、フランスでもてはやされる「オートフィクション」という手法を以前から実践してたのがルシアだそうで、しかしこの解説は、新潮文庫のプロ解説者の解説なみに引用とほめことばだけで批評がないのですが、それで全米でも売れるんだなーという。

アメリカ人の多くはスペイン語も解すバイリンガルと勝手に私は思ってますが、それですべてが解決するわけでもなく、チリのスペイン語が「きつい俗語カローで子音がほとんどなく」(頁103)何言ってるか分からないとか、メキシコでは「みんながナワトル語をしゃべっていた」(頁189)とか、いろいろご苦労されています。作者は中南米でもインディアンと書いていて、インディオとは書いてません。英語では、デトックスの反対語でしょうか、「リトックス」という単語が出ます。頁200。

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入江喜和の時にも、え、この人そうなの、カムアウトしたかったのかなんなのか、と思いましたが、今日読んだこれもそう思いました。スリップもしてる。

b.hatena.ne.jp

ルシア・ベルリンの小説も、スケッチですので、あーシラフじゃない状態なんだな、と分かるだけです。ノウハウやこつはない。でもチーヴァーとかレイ・カーヴァーと違って、どこかでやめている。やめたあと刑務所で教える頃には、黒人受刑者が、白人の前でわざと黒人っぽく話す演技を、ジェローム・ワシントンという作家が、「アンクル・トムぶり」として書いていると脳内インデックスから引用出来るようにまでなる。頁244。

頁247、"burn out hippie"を「古株ヒッピー」と書いてますが、燃え尽きてるのが、そんないいもんかと思って検索すると、はたして「なれのはて」とかさんざんでした。

www.urbandictionary.com

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頁284、納屋でやるダンスをバーンダンスと呼ぶそうです。納屋"barn"を焼く"burn"。

バーンダンス - Wikipedia

頁265、英語のストレスにあたる言葉がスペイン語にないので、「エストレス」と言ってると書いてあります。なんで「エ」をつけるとスペイン語圏でも通じる形になるのかは分かりません。

 本書にも譫妄の意味で"DT"がひんぱんに、否、二ヶ所ほど登場します。本書と全く関係ありませんが、田園都市線の略称は"DT"ですので、車内で、ネクストステーションイズミナミマチダグランベリーパーク、ディーティー、イレブン、とか英語でアナウンスがあるたび、くすくす笑います。うそです。笑いません。こういうのがエッセーに挿入される、おもしろくするためのフィクション。おもしろくなりますように。

ejje.weblio.jp

bookclub.kodansha.co.jp

<各話タイトルと原題>

「エンジェル・コインランドリー店」"Angel's laundromat"

アル中の先住アメリカ人老人に店内で出会う話。ルシアが発見されたというより、ひと世代前の、有色人種への偏見を隠そうともしなかった人々の描写が、今はなまじ教養があると大っぴらに出来ないだけに、ほめそやされた気がしないでもないです。その店の地域はプエブロインディアンなのに、彼はヒカリヤ・アパッチだったそうです。

「ドクターH.A.モイニハン」"Dr. H. A. Moynihan"

祖父母と母親の話。性的なァァァァァァァァ。

「星と聖人」"Stars and saints"

シスターを殴って放校になる話の真相。

「掃除婦のための手引き書」"A manual for cleaning women"

猫と親しくすると雇い主が嫉妬するとか、メイドを試す手段として、雇い主はわざとコインを入れた灰皿をあちこちに置いておくので、時々それに銅貨などを足して増やしておくとよい、相手は忘れる生きものなので、そうしてやると効果的、などの実戦指南。買い置きの調味料などは、買っても買っても忘れてまた買うので、ガメても分からないとか、処方箋藥も売るほど蓄えてるので、ちょろまかしても以下略みたいなナレッジがブルーカラー哀歌にまざって書かれています。彼女の小説には、ときどき、自分以外ぜんぶ黒人のシチュエーションがある。

「わたしの騎手」"My jockey"

ジャック・ロンドン短編賞受賞作だとか。ケイレンしたら、背中を撫でてあげます。

「最初のデトックス」"Her first detox"

三人称です。

ファントム・ペイン」"Phantom pain"

父親の晩年。

「今を楽しめカルペ・ディエム」"Carpe diem"

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コインランドリーの話。

「いいと悪い」"Good and bad"

戒厳令下チリ慈善事業奮戦記。ルシアは脊柱側弯症で装具をつけたりしてるのですが、スペイン語の分からない女性教師が小児麻痺で片足が上げ底になった靴を履いていて、目をつけられてオルグされます。貧民窟へ炊き出しを持ってったり、街頭募金をしたり。私はアメリカ人というのはこういう活動に熱心で理解があると思ってたのですが、この話ではぜんぜんそうではなく、焼け石に水とか、街頭募金はインチキもあるじゃん、募金をくすねられない保証はないとアンタは思われてるんだよ、とか、教師はレズビアンとか、イカれたアメリカ女グリンガ・ロカとか、足悪の淫売プタ・コハとか、さんざんです。慈善パーティーのようなやり方で義援金を集めるのがよいらしい。

「どうにもならない」"Unmanageable"

あじましでお。インド人の雑貨屋が早朝店開けして、ボッタクリ酒類販売をしてるところがアメリカだと思いました。

エルパソの電気自動車」"Electric car, El Paso"

特になし。幼少期。

「セックス・アピール」"Sex appeal"

性的なァァァァァァァァ。

ティーンエイジ・パンク」"Teenage punk"

村上龍は『イン・ザ・ミソスープ』で、日本もアメリカのように離婚あたりまえの社会になると予測しましたが、そこまではいかず、未婚社会になりました。裁判所が介入して、養育費の取り立て保証がなされないと、日本はアメリカのようにはならない。

「ステップ」"Step"

デトックス施設の話。

「バラ色の人生」"La vie en rose"

とらえどころがないです。幼少期。とくになし。

「マカダム」"Macadam"

特になし。幼少期。

「喪の仕事」"Mourning"

ejje.weblio.jp

掃除婦もの。

「苦しみの殿堂」"Panteoân de Dolores"

メキシコもの。

「ソー・ロング」"So long"

彼氏とこどもと。

「ママ」"Mama"

母親もの。

「沈黙」"Silence"

幼少時、シリア人が近くにいて、友達になる話。でも相手がムスリムかどうかは謎。

「さあ土曜日だ 」"Here is Saturday"

珍しく、作者が第三者として登場します。語り手はムショの服役者。ほんとに受刑者の作品を自分名義で発表してたりして。それはないか。

「あとちょっとだけ」"Wait a minute"

メキシコと晩年。

「巣に帰る」"Homing."

晩年。