『海を越えた者たち』読了

海を越えた者たち (集英社): 1981|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

表紙写真は来月。読んだのは単行本。装丁者 荒川じんぺい 

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数日前、ヤフーのトップページに、下記の記事があり、それでふと読んでみようと思って読みました。直木賞受賞作は地元の図書館にないかったので、第四回すばる文学賞佳作入選のデビュー作を借りたです。

b.hatena.ne.jp

なんでこの記事がヤフートップにあったのか、よく分かりません。ベルマーレパワハラ騒動もトップページになったことあったし、世の有為転変は分からない。もちろん記事そのものよりヤフコメのほうが面白いわけで、五千くらいいいねがついた、「自分だけ宗教に逃げてるけど、残された妻子や愛人はどうなったなら。いい話でまとめくさって」てなコメントが効きました。その下が、近年実際に会った人のぶっちゃけ話。日本の句会に、タイから他の人に渡航費宿泊費工面してもらってやってきて、自分の本を積み上げてサイン入りで売りつけようとし、句会の句報にプラ・アキラ・アマロー(この人のタイ名)と行くタイツアーなる法外な価格のイベント告知をしてきた、「金に汚い人」だそう。以下いろんな角度から、人を裏切って生きて来た末路の精算しろとか、謝るなら相手は家族だろとか、そんなんが延々投稿され、しかしこの人のシンパも一定数いるのか、それらのコメントには、「そない思いますねんけど」の数に対し、1/12くらいの割合で、「そうは思わへんだ」がついてました。で、極めつけは、仏僧はお経を記憶してナンボの商売ですので、ろくに経も読まれへんような、ありがたい法話とは程遠い話しかでけへん人物が、外見だけ僧侶のかっこしていて、仏僧に敬意を払う敬虔なタイ人にワイとかされてると思うと、みたいな前提条件のもとに言ってるであろう「タイの人に申し訳ないと思う気持ちでいっぱいです」というカキコ。最高でした。

この記事を書いたのが、バックパッカー読本から文春、Gダイアリーを経て、つい先日も大久保の在日ミャンマー人社会の動揺についてヤフーに記事を書いてた室橋裕和という人。ミャンマーおっかけるべきなのに、なんでこんな記事書いたんだろう。安田峰俊孔子学院の記事に比べて、くすぶってる感がハンパないです。取材対象のイメージがしょっぱすぎる。

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51CDTuQKRRL._SX351_BO1,204,203,200_.jpg左は、アマゾンにあった文庫本の表紙。この'80年代の髪形は、サイドの生え際を選ぶので、出来ない人はどんなにドライヤーでふいて整髪料で固めてもダメです。出来ません。現在、21世紀は、アジア発のツーブロックカリアゲ全盛期が過ぎようとしていますが、カリアゲなら生え際を選ばないので、誰でも出来て、便利です。文庫だと、『光の休暇』『闇の喜劇』という作品も収録されているとか。解説があるのか、あるなら誰かは不明です。
で、この処女作を読んでみたのですが、やっぱりこの人はモテでたらしなんだろうなあと思う点を除くと、前川健一が引き返す前の時代のヨーロッパバックパック旅行の日本人の生態をまあまあちゃんと書いていて、興味深かったです。前川健一あたりから、白人と交流出来ずにガストアルバイターとして滞在するだけの欧米ライフから、強い円にものをいわせてアジアで非英語圏、非白人の雄としてブイブイいわせるスタイルにシフトするのが日本人バックパッカーなんだなあと。(その後、世界各地で韓国人や中国人とバッティングするようになり、邦人バックパッカーは衰退する)

主人公は大学休学中の何でも見て野郎で、ロンドンで、野宿から、ネパール人たちに交じってインド料理屋で皿洗いしながら寝泊まりする生活にシフトし、白人男性と母とのあいだに生まれたこれもオーヴァーステイのタンザニア人女性や、イギリス人とフィリピン人のあいだに生まれた子の住み込みナニーをする邦人女性と交流します。この交流は、中国語の隠語でセックルを意味するジャオリウではありません。前者とはセックルしますが。先日行ったアフリカ料理店で会った、日本人と結婚して息子三人にそれぞれ孫がいる、ドレッドヘアーの若作りのタンザニア人女性とダブって困った。

子守女のことは、ナニーというと思っていたので、本書の「オペヤー」という単語が最初分からず、説明もないので、こんな前近代用語の基礎知識知るか、と思いましたが、検索し、"au pair"という仏語が何故か北米でも英国でも使われているんだと知りました。わけが分からない。

ja.wikipedia.org

本書のオペヤーは、母親のフィリピン人が放任主義なのをいいことに、日本語オンリーで子育てをし、結果、父母と乳母の異なる言語のはざまで、子どもは喋り出しが遅くて、何かを訴えようとしてるのだが言葉にならない二歳という設定です。こわいなあ。無知は罪。中国で会った、韓国人牧師の子も喋り出しが遅かった。周囲はぜんぶ北京語、親もアパートの廊下から外では漢語、家庭内言語だけハングル。

頁94、ネパール人たちが、郵便事情の悪いネパールは、郵便屋が郵便物を捨てて届けない行為が頻繁に行われるので、山村の故郷に書く手紙を、何通も何通も同じ文面で書き、日をずらして投函して、一通届けば御の字という箇所。私もカトマンドゥーから出した絵葉書、一通も届きませんでした。ラサからだと百パー届くのに、カトマンドゥーだと届かないおそろしさ。事前に、タゴールなんとか子だかの『インドで暮らす』で、インドは絵葉書の切手を剥がしてちょろまかして小遣いにするから、目の前でスタンプ押してもらわなきゃダメ、と書いてあったのを読んでいたので、郵便局で局員に、さかんにみぶりでスタンプ押してもらおうとしたのですが、相手も目の前のポストを指さして、投函しろみたいな感じでにらみ合って譲らず、結局私がその場で負けて投函し、届かないことでさらに追い撃ちで負けたです。フリークストリートあたりのひょにょろ日本人なんてそんなもの。

頁113、自分探しということばのない時代に、日本に帰るところがあって、欧米でモラトリあむな青年たちを、嘲笑いに、BBC日本人職員の女性が取材という名目で現れる場面、さすが主人公はたらしだと思いました。不法就労をなじる女性に、日本の法律国是である外貨持ち出し制限を破って闇でドルを持ち出して大名旅行するのがコレクトなんですか? と言い返す主人公。「日本人の恥さらし」と罵倒しながら「あなたに興味があるの」とか、どんな逆援助交際やねんと思いました。

頁144、これもええかっこしいですが、ほんとに買春するよりはいい場面で、白人娼婦を買わずに金だけ出して帰ろうとする主人公に、娼婦が激怒して、なめんなイエロー、と啖呵切る場面。これ、ギロッポンのホステスもやりそうな感じでしたので、面白かったです。キャメロン・ディアスになれたのは、キャメロン・ディアスひとり。ロンドンの歌舞伎町みたいな繁華街の名前がソーホーで、ソーホーといえばニューヨークの別のかんじの街しか聞いたことなかったので、へえと思いました。

時期が昭和天皇訪英の時で、まあまあ節度ある白人酔漢に絡まれるとか、英国は留学ヴィザは所持金がないと交付しないが、観光ヴィザで入国後にその辺の英会話学校にちょっと学費払えば、すぐ留学ヴィザに切り替えられる、米国はそうはイカの金玉、とか、そういう、空気や「情報」が書いてあって面白かったです。戦前からロンドンに住む邦人老夫婦との交流は、つけたしというところでしょうか。

笹倉明 - Wikipedia

巻末の出版物広告は、すばる文学賞受賞作が目白押しでした。

又吉栄喜花火ギンネム屋敷』

松原好之『京都よ、わが情念のはるかな飛翔を支えよ』

飯尾憲士『ソウルの位牌』

吉川良『自分の戦場』

森瑤子の『誘惑』に、シナという女性が登場するようで、シナという名の女は、しょっちゅうあちこちに出てくるのかしらんと思いました。

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まだほかにもあるでしょうが、とりあえず以上。