『本の雑誌の坪内祐三』"Hon no zasshi no tsubōchi yūzō" by Yuzo Tsubouchi 読了

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投了ではなく校了。1991年から2020年までボーツー先生が本の雑誌に寄稿した原稿した原稿や対談座談会等を集成再構成した本とのこと。カラー写真撮影は中村規という人。年譜作成は川口則弘という人。本文イラストは沢野ひとし。口絵・本文レイアウトは金子哲郎。装丁はクラフト・エギング、否、クラフト・エヴィング商會吉田照美、否、吉田浩美吉田篤弘]ボーツー先生は昨年一月十三日、二月ダイプリ&武汉三月一斉休校四月緊急事態宣言そしてマスク枯渇のコロナカ日本を見ることなくみまかられたわけですので、表紙のマスクの人物がよく分かりません。中国映画「薬の神様じゃない!」には、感染症をおそれて終始マスク着用する慢性骨髄性白血病患者の人たちが出ますが、それとは違うとも思う。

本の雑誌の坪内祐三

本の雑誌の坪内祐三

  • 作者:坪内祐三
  • 発売日: 2020/06/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

私がボーツー先生を知ったのは、町田は神奈川ことばらんどの常盤新平展のプロデュースをしたのがこの人で、映画「酒中日記」のチラシをそこに置いてたので、それで観に行って、生亀和田生杉作生ボーツーを欣赏したわけですが、テアトル新宿には関係者控室がないのか、ロビーの椅子にドカッとあの酒焼けしたコワモテのボーツー以下が坐って、ギョーカイ関係者と歓談しているので、入場開始までなんだか落ち着かなかったです。

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で、観に行く前の日記に、予告編のボーツー先生の下腹部のふくらみはなんだ、アル中はやせてるのにお腹だけぽっこりしてるからそれか、とか、座談会見たいけど、こちとら郊外の零細庶民なので、終電気にせず世田谷までタクってけーれる身分たぁ違うんでぇ、とか書いたら、トークショー開始前にテアトルの人が、終電時間もじゅうぶん考慮して歓談いたしますので、どうぞお楽しみくださいと前説したり、ボーツー先生が、私は新宿で刺されたのでバイパス手術してるからそれでふくらんでるんですよ(だからヤッケみたいな上着しか着ないのか)と言ったりして、私のような無名の人の泡沫ブログまでエゴサーチしてるはずがないので、同様の懸念をした人が多かったのか、そういうインフルエンサーでもいたのか、どちらかだろうなと思いました。中野翠がそういう懸念をしてたら面白いのですが、違うでしょう。

 この本は、図書館で高野秀行のアフリカ納豆の本を検索した際に、出てきたので流し読みしました。高野秀行じたいはこの本ではプロレス座談会の司会をジョー高野という変名でしているだけで、特にボーツー先生とは絡んでないかったです。ソマリランドの本を本の雑誌社から出してる絡みもあって、それなりに仕事はしてたんでしょうけれど、ボーツー先生とはそんな絡んでないです。マイルストーン対探検部無人島対決、南海の死闘みたいな企画をやってもよかったと思います。ボーツー先生が、世田谷の上馬とかもじゅうぶん陸の孤島だから俺はここで、チミは本職だからモノホンの無人島に行きたまへ、とかやってもよかった。なんで高野秀行が腰痛もちなのにプロレスなのか、蝶野と同級生だからかなあ、と考え、蝶野の同級生は酒つまのオータケの人だったと思い当たりました。オータケ高野対談もありそうでないようで、あっても私が知らないだけな気がします。

 右の本棚の『脱毛の秋』に関する著述も本書に収められています。この本は、「著作権法上の例外を除き~」みたいな一文がないのですが、あったとしても、例外はこんな感じかと。文章はあくまで「引用」の範疇で、本文画像はもっとうるさいと思います。でも表紙はどうだろう、的な。

頁121に大島渚一派における石堂淑朗は、長身で身長180で取的みたいな巨漢なので、内田裕也におけるホタテマンの人みたいなポジショニングで、飲み屋の階段に近い席で、喧嘩要員兼用心棒として座っていたとか。そんなくらいかなあ。とんねるずに殴られた時石堂淑朗何してたんや、と思ってから、殴りかかって返り討ちのボコボコは野坂あきゆきで大島渚じゃなかったと記憶修正しました。たっくさん人名が出て、その人たちに関する知識が当意即妙に出るか、アドリブ禅考案合戦みたいなことをえんえんやってるですが、スマホでなんでも検索出来る時代だから、そりゃ老兵は死なず、ただ以下略だなというのとは別に、やっぱり有名人で自分が知ってる人や関心がある人でないと、聞いてても、へーそうなんだとお愛想の相槌しか打てないと思います。

頁115からいろんな人の三島追悼のクリティークが出て、開高健山口瞳が一番辛辣だったとなってますが、開高健のは、『輝ける闇』を三島がボロクソに言った意趣返しだと思いました。『暁の寺』について、前線のベトナムに行かず後方のタイで引き返した作家の小説、と当時冷笑されてたとか、そういうふうに自分の知識や模造記憶と組み合わせて読めると、情報が精彩を帯びて、面白くなる。

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池林房を出て、厚生年金会館の解体現場にショックを受ける坪内先生 

頁173

私は、マンガ読みのボーツー先生は、『フルーツ宅配便』をそこまで推す理由が分からないというか熱意に賛同しないので、さほどでもないと思います。頁337、街の書店が次々と消えてゆく時勢を嘆いてますが、なぜそうなったのか、書店の収支はどうなってるのか、収支でなく金属疲労で、労働量が増えすぎて廃業してるケースはどれくらいあるのか、万引きで閉店に追い込まれるまでのパーセンテージはどれくらい実際高いのか、などを別の人が社会調査した結果の本の紹介してくれてもいいのに、と思いました。でもそういう本がないんだろうか。あの重たい、ほとんど広告だった(ネットに今どれだけ取られたかは知りません)ファッション誌など、雑誌の返品作業は重労働で腰に来るとか、それに対する責任は誰が担保するのか。ネット時代でかえって紙の出版物も倍増三倍増した(原稿もなんもデジタル化したのでとても簡単にさくさく本が作れるようになった)、パイが少子高齢化で減少してるのに、総点数が多くなって、個が売れると思う方がどうかしてる。公立無料貸本屋図書館に頼る率も激増してるし、などなどを書くと、ボーツー先生と言えども干されたりする危険があったんでしょうか。

頁337「最近の校正ゲラを目にするとヘコんでしまう」

 かつての校正者は黒衣仕事だった。

 けれど最近の校正者は、まるで表現者であるかのように、しかし実は自らで表現することが出来ないのに、偉そうに文章指導する。

 イヤな感じがする。

 このイヤな感じは何かに似ている。

 そう、ネットだ。ネットで偉そうに書いている連中だ。

(2013年9月号) 

 これは、全学連共産党犬猿の仲、パヨク陣営内がヘゲモニー争いで内ゲバやってたことを知らないバカに原稿直されたことへの怒りをブチまける箇所。どっちもアカ、共産主義者だから同じでしょ、というネトウヨ思考者に当たってしまったのだと思います。私がボーツ―先生の本の読書感想を好き放題書く前の文章で、自分が関係ないことが分かるまで、もやもやしました。このコラムは、行き過ぎたポリティカル・コレクトネスへの批判も含まれている(「男」を「人」に勝手に変えられるなど)のですが、ちゃんとそう言い切って、フェミやBLMにケンカ売ってるわけでないので、残念閔子騫です。この頃BLMはまだそういう名前でなかったかもしれませんし、既にあったけど日本で広範囲に紹介されてなかったのかもしれません。

で、ここで、ウィキペディアに頼りすぎと書いていて、そういえば前川健一もチェコの本でそんなこと書いてたけど自分も引用しててあらあらと思ったのを思い出しました。ウィペディアは、閲覧者が多いことで、誤りや偏った記述が自然に修正されてゆくであろうという、民主主義を前提にしたフリー百科全書ですので、間違いもそりゃあるさくらいに読まないといけないわけですが、それを補ってあまりあるほど、利点も多いです。だいたい、多言語で同じ項目がすらすら読める辞書なんて、世の中ないじゃないですか。作家に関してでいうと、日本は、プライバシーがどうとか思うのか、作家は作品で勝負と思うのか、私生活に記述をそんな割いてませんが、英語版は割く。シャーリィ・ジャクスンの薬物依存や夫がどういう人間だったかなど、英語版を開くとサクッと分かり、ネタ元の伝記まで明記してあるので、さらに知りたければそこに進める利便性。大デュマでしたか、昨今のBLMに乗ったのか、先祖が黒人であることがババーンと書いてあるとか、そういうのも他言語で読んで分かること。グーグル翻訳もあるわけですし、この利点を利用しないのはあまりにもったいない。

今まで一部の知識的文化人が独占してきた小ネタを全人類が共有出来るようになってるのを、クサす必要もないと思います。他の媒体のほうがそれぞれの特性から、ややもすると偏向し放題だと思うので、誰でも修正出来るウィキが、トータルで考えて、ほかより偏向とも思えないですし。

Hon no zasshi no tsubōchi yūzō (Book, 2020) [WorldCat.org]

本の雑誌のボーツー先生』はあるので、『ダ・ヴィンチのボーツー先生』や『マイルストーン時代のボーツー先生』もあってもいいかもしれませんし、ダ・ヴィンチにボーツー先生書評書いてたんけ? とか、マイルストーンは、死者の柩を揺り動かすなⒸ麗羅だろうとかあるかもしれません。もう一周忌もだいぶ過ぎましたが、以上。