私は、ヒモです (徳間書店): 1985|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
「ヒモ」はグーグル翻訳だと"pump"なのですが、それだと、女たらし、ジゴロ、女衒と言った感じになるので、同時に検索で出たケプトマンにしました。
でも、「既婚女性から経済的援助を受けている男性」とまで絞り込まれると、本書の主人公は違います。
カバーイラスト=おおば比呂司 カバーデザイン=池田雄一 解説 小松伸六
殺し屋の話は市川雷蔵の映画になりましたし、ストリップの話も、モレシゲ久彌や緑魔子のストリップ映画と同じ展開があった気がして、藤原審爾という人はストーリーテリングがうまいので、その人が寅さんのモチーフも手掛けたということで、必要以上に期待してしまい、意外と肩透かしをくらいました。だいぶ寅さんとちがう。舞台からして、瀬戸内のまちという設定で、平らな土地が狭いというから、広島側だろうと推測しました。レンガ工場が多くあったというので、検索して出たのは下記。
広島の建築 arch-hiroshima|吉名のレンガ工場群
『庭にひともと白木蓮』は瀬戸内の話なのに、せりふはほとんど伝法な江戸っ子ことばで、藤原審爾サンが生粋の東京人というか江戸っ子だからなのかなと思いましたが、ウィキペディアを見ると六歳から岡山の閑谷のほうに移っていて、青学に進学するまで岡山なので、じゃけえとかワシとかほんなごつおえんなどの方言書いてもいいじゃいかと思いました。
『こちら凡人組』というか、善人の義侠でスーパーマンの話で、だいぶ寅さんとはちがうです。ラスト、魔女宅のようにサスペンス要素が盛り上がり、ほんま話を作るのがうまいけえびっくりしよるんよと思いました。ミッションコンプリートのためにはどんな労苦もいとわない主人公が、痛いので墨入れ中止するの場面はご愛嬌。で、かたちの悪かった八の字眉(´・ω・`)をキリッ(`・ω・´)としたかたちの刺青眉に変えるのが、時代考えると先駆的ではなかろうかと思いました。それとも、むかしからあることなのか、墨眉。洗顔後にいちいち眉をひくのがめんどうなので、くろうとすじの女性は往々にして墨眉にすると聞いたことがありますが、それって、昔からの話なのかなあ。
解説者は、『三文大将』も寅さんモチーフの系譜の話ではないかとしており、こっちのほうが寅さんに似ています。サマがうまい点は、もともと寅さんにもあった属性なのかなあ。渥美清の顔でバクチがヘタだと絵にならない。同じ題名の話を藤原審爾さんは前にも書いていて、これは二作目だとか。三作目は新たなる旅立ちで、冷凍して心臓手術受けて復活した後の話になるはず。
『東京の縁の下』を読んでいて、私のような神奈川県民には想像も出来ないことですが、修学旅行でヤングオーオーだかレッツゴーヤングに出てキャーと言って地元に帰る青春の逸話を思い出しました。
『女性がお好きなビジネス』は、掃除人のささやかなしあわせの話で、頁112、毎日の落とし物一覧に「藤原組バット1本」とあるのは、草野球チームを持っていた藤原審爾サンのジョークだろうと思いました。こういうの、漫画家はよくしますが、SF作家以外でもやるんですね。
『大原庄助伝』は、大王製紙の元社長のような強迫的ギャンブラーの話。ひとりでカンナとトンカチでどうやって指を詰められるかが、頁84に書いてあります。朝九時、医者がオープンしてから詰めないと、縫ってもらうまで痛みの時間が長いんだとか。
『私は、ヒモです』は、入り婿で市役所の戸籍係に就職するので、それのどこがヒモと思いましたが、好事魔多しというか不倫でそうなります。まったく人生一寸先は闇ですなあ。以上