『テヘランからきた男 西田厚聰と東芝壊滅』"THE MAN FROM TEHRAN : Atsutoshi Nishida and Total Destruction of Toshiba Corporation" مردی از تهران آتسوتوشی نیشیدا و نابودی کامل شرکت توشیبا 読了

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桜ヶ丘の、新刊古書両者取扱い書店の棚で見て、強気の値段設定だったので、ちょっとためらって、図書館で借りた本。

カバー折

およそ半世紀前、東大大学院で政治思想史を学んでいた青年は、恋人を追って、"最果ての地”イランに辿り着く。東芝合弁会社現地採用されると頭角を現し、その後、欧州でパソコンを売り歩くや、東芝再興をなし遂げる。社長に成り上がり、筆者に「運命はコントロールせよ」と豪語した男は、しかし米原子力事業の泥沼に落ち、晩年は"財界総理”を目指して、醜き人事抗争を繰り広げた。その男は、創業140年の名門企業に何をもたらしたのか。

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dynabook 丞相祠堂何處尋 錦官城外柏森森 映階碧草自春色 隔葉黄鸝空好音 三顧頻煩天下計 兩朝開濟老臣心 出師未捷身先死 長使英雄涙満襟 アメリカ自動車王国の傾斜

造本装幀=小林剛(UNA)

上右の写真は第二章の扉/部分。1981年7月の土光敏夫共同通信社

蜀相 - 中国の漢詩 - 漢詩・詩歌・吟詠紹介 - [学ぶ] - 関西吟詩文化協会

児玉博 - Wikipedia

「だいじな、だいじな、アタック、チャ~ンス!」の人ではないです。

ja.wikipedia.org

東大からイラン現採という破天荒な経歴の人が社長だったとは知らなかったので読みました。が、吊り文句の綾というか、東大は院入で、四年制の大学はワセダだとか。でも、紀州の、大台が原の降雨が直撃する寒村で田畑を持たない教員の息子から二浪して政経(本書の記述ではきちんと「第一政経」と記載)ですので、苦労人と言っていいと思います。今の総裁候補の岸田サンも二浪でワセダと本人が言ってた気瓦斯。本書の著者もワセダですので、お得意の、石を投げれば都の西北的親近感が、インタビューにあたって随所に炸裂していたかもしれません。

私の知人にも早稲田から東大の院に入った人がいますが、その人によると、やっぱり大学から東大の人間と、院から入ったほかの大学の人間とでは、レイテンシというか、プロセッサのクロック数が異なる感じで、思考の演算速度が違うそうです。本書ではそういう点は飛ばして、あるいは西田サンが個の力で超克していたからかもしれませんが、東大の院では丸山眞男ら(ほかの学究者のご芳名はバカなので知りませんでした)に師事していて、将来を嘱望されていたと書いています。それが、けっきょく学究の道に進まなかったわけですが、その理由は、最後まで本人の口から語られません。青雲の志の頃に交わした約束を破ることになるからだとか。

私が本書を読んで、ここをもっと掘り下げてほしかったなあ、とものすごく思ったのが、ファルディンというなまえのイラン人の奥さんと、イランの個所。ファルディンさんはイラン初の女性政府派遣留学生で、その彼女がなぜ日本の東大大学院で福沢諭吉を読み解くゼミに入ったのかについて、丸山眞男岩波新書『「文明論之概略」を読む』でこう記しているそうです。

頁125

(略)私の祖国イランは古代には世界に冠たる帝国であり、また輝かしい文化を誇っていたのに、近代になって植民地の境涯に沈淪し、いまようやくそこからはい上がろうとしている。日本は西欧の帝国的侵略の餌食とならず、十九世紀に独立国家の建設に成功した東アジア唯一の国家であった。私はその起動力となった明治維新を知りたいので、維新の指導的思想家としての福沢について学びたい、と。

丸山眞男は彼女を見て、明治の政治小説佳人之奇遇』に登場する女性志士を想起したそうですが、私はその本未読です。

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/uwazura/kajinkiguu001.pdf

その彼女が帰国後、政府機関に勤めるまでのつなぎで、当時東芝が、社長に就任した土光敏夫の中東アフリカ進出プラン第一弾でイランに作った合弁工場にふらりとあらわれ、私を雇ってくれないかと頼み、採用され、八面六臂の活躍を見せ、彼女を追って院を棄てイランにやってきた西田サンも現地採用され、怒濤で破竹の快進撃を開始するくだりは、ちょっと黒沢映画調というか、出来過ぎていて、ほんとになんで来たん??としか思わないです。

事務所は首都テヘランで、合弁工場があるのはカスピ海に面したラシュトで、こことかバンダリアンザリは、私がいつか行きたいなあと思いつつ、たぶん一生行けないかなという土地です。

Google マップ

本書でも、比較的日本と気候が似てるので選ばれたとあるとおり、カスピ海の灌漑を利用して稲作してるとこじゃいかったかな。あと、カスピ海に面してるので、チョウザメキャビアもとれたかと。今はチョウザメ養殖してるのでどこでもキャビアとれるでしょうが… 工場の名前はパース("Pars")要するにペルシャ。古代帝国名を冠した工場ということで、意気込みが伺えます。

著者の筆はフラットで、革命後の息苦しさを批判する在日イラン人の回想にあるような革命前のオールデイズバットグッドデイズのイランと異なり、モサデク追放から登場したパーレビ王朝下での反体制派の取り締まりに活躍した秘密警察(SAVAK)など、さらっと触れています。革命後の秘密警察コミテは有名ですが、革命前にもあったんですね、その手の団体。引きついだだけなのかな。時折場内に自動小銃を持った男たちが入ってきて、工員を連行して、彼のその後の行方はようとして知れない、みたいなこともあったとか。頁88。むかし日本で流行っていた、ソ連日本侵攻みたいなイフ小説では、ソ連が日本に侵攻出来る条件が整うために、アフガンからのドミノ現象で、アヤトラ・ホメイニソ連支援のクーデターで倒されてイランに共産革命が起こるみたいな展開がおおまじめに書かれていたのですが、そのように日本の識者をミスリードさせた、1975年の首相アミル・アッバース・ホーヴェイダー(ママ)による共産党社会主義的政党の活動禁止、与党一党体制も書いてあります。頁106。

本書では、女性参政権ヒジャブ禁止、国営企業の民営化などの急進的な上からのパーレビ改革のいっぽうで、地方の合弁工場では、ねじまわしを右左どっちに回したらしまるかを知らないような工員ばかりが働いていたとあります(頁86)しかし私も、派遣で現場に行ったらイキナリラックにサーバ搭載するとか下ろすとかそういう話になり、ねじを左に回したらゆるまなかったので、あれ逆だったかなと右に回してしめつけすぎてしまい、だいたいそうなった状態の人間は焦ってねじあたまをバカにしてしまうわけですが、それでまたあいつはねじの回し方も知らないと、陰険なオヤジが場内の足の引っ張り合いから噂を流しまくったこともあり、まあそういう可能性もあるんでないと讀みながら思いました。とまれ、近代化したテヘランと地方の文化格差がイスラム革命をうみ、そのイスラムの正統性主張は、なんぴとたりとも異議を唱えにくかった、という「空気」が、こんにちのアフガンにもあるはずですので(なのでPSMは、ダリ語ほかの地域でなくパシュトゥー語圏で活動していることもあって、「田舎の神学生」としてのタリバンと互いにいちもくおきあっていた)キリスト教徒としても、欧米はぜったいにそんな「空気」認めないわけですが、じゃあ日本はどうなのさというところで。

イスラム革命後も数年はラシュトの工場は稼働していたそうですが、国営化され、赤字転落し、イランから東芝に支払われる分配金や部品代が滞るようになり、東芝はイランから撤退したそうです。西田サンは革命前に本社に戻り、今度はドイツ、デュッセルドルフに飛んでパソウコンを売り始めるわけですが、ファルディンサンは、どうもその後は糟糠の妻になるのかな、家庭で家事をする人になった感じです。せっかくの才媛だったのに。出産育児の影響もむろんあったのでしょうけれど。家族はほとんど革命で米国に脱出し、父親だけがイランに残ったとか。西田サンは自身の健康をかえりみず仕事に打ち込んだので、デュッセルドルフで1986年、長時間にわたる胆嚢手術を二回受けていて、その時、ファルディンさんの頭髪は一夜にして真っ白になったそうです。頁169。ドイツやアメリカにはイラン人コミュニティがあり、日本にもないわけではないですが、ファルディンさんの人生を、誰か、日本語話者のイラン人、できれば女性がインタビューしたのとかあったらなあと思いました。こう書くとシリン・ネザマフィという名前をすぐ思い出します。師岡カリーマの人とか、シゲノブの娘さんメイとかだと、アラブですが、イラン人のインタビューをもしするとして、距離感どうなのか知りません。

東芝は巨人IBMにパソウコンで戦いを挑むにあたり、"Brighter Than Brue Strategy"(IBMより輝く戦略)というスローガンを打ち出したそうで、それを考えたのはオーマイパスタの大前研一で、コンビを組んだ東芝側の人間が西田サンだったとか。奥さん同士はどうだったんでしょうか。ジャネットサンは米国籍でしたか。ホームパーティーとかやらないわけないと思うんですが。

www.news-postseven.com

ジャネットさんを検索するとこういうのが出ますが、もう変わったような気もします。変わってないんでしたっけ?

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ロイター/アフロの写真だとか。

だいたい書いたので、あとはメモ。

頁56、ウェスティンハウス買収や半導体事業に巨額の投資をしたことで、東芝は「投資場」という駄洒落で呼ばれたとか。

頁70、土光サンが社長就任した頃の東京芝浦電気は、「お公家さん集団」と呼ばれていたとか。だいたいどのあたりから島耕作が昭和の光源氏、平成のカサノヴァ、TECOTのドンファンとして浮名を流しまくる時代になるのかはよく分かりませんでした。

頁66、これはほかでも知られた話かもしれませんが、土光敏夫サンの「メザシの土光」は神話で、ふだんの土光さんの朝食はスイス留学時代に習慣化したオートミールだったそうです。たまたま1985年放送のNHK特集「85歳の執念 ~行革の顔 土光敏夫」撮影中に、岡山の親戚から届いたメザシをご飯とみそ汁と一緒に食べる姿を収録して使ったため、メザシの土光のイメージになったんだとか。鄧小平の朝食はクロワッサンとカフェオレとか、毛沢東の舌にはコケが生えていたとか、私の連想はどうもロクなほうに行きません。

頁69に、土光敏夫サンが1946年社長に就任した石川島芝浦タービンで自ら設計した「土光タービン」が東芝京浜事業所タービン工場屋外に展示されているとあり、画像を探しましたが、東芝や地元メディアなどの写真が出ず、どこかのコンサルタントの方の個人ブログの記念写真しか見れませんでした。別に見たからなんということもないのですが、メザシと並べてインスタ蝿を図るものが数万人はいると思いますので、私のその一角を担ってみたいです。

頁155、西田サンが東芝ヨーロッパ上席副社長として欧州でコマネズミのように走り回る中で、ロータス本社のあるエディンバラにお百度参りして、マイクロソフトのエクセルに対抗したロータス表計算ソフトを3.5inchFDに入れて「ロータス東芝でパソコンの歴史を変えましょう」と口説くくだり、ロータス懐かしいと思うほど私に思い入れはありませんが、ある人はあるだろうなと思いました。歴史は変わりませんでしたが、まあそこはそれ。

頁210、2009年の民主党政権鳩山由紀夫内閣時代に原発輸出政策が国策として策定され(民主党はノープランで、考えたのは経産省東芝が買収したウェスティンハウスの最新鋭原子炉「AP-1000」が日の丸原子炉と位置付けられたくだり、その政策を強烈に推進した人物として、菅直人政権で官房長官を拝命したSENGOKU38こと仙谷由人さんの名前が挙がり、そのパートナーとして、現在も官邸まわりの要職を務める今井尚哉サンの名前がビシッと明記されていて、すごくよい記述だと思いました。後者のひとの民主党政権時代の活躍と、38サンとの共闘タッグマッチは、あんましウィキペディアとかには書いてないので。

今井尚哉 - Wikipedia

官邸が官僚の人事権を握ってからどうこうとか言われますが、二君に仕えずとかでなく、国家百年の大計のために(中国みたいですが、日本語的にこういうのどう云うか知りません)大義に殉じるつもりで、時の政権のためでなく、日本国そのもののために仕事するのが官僚なのかもしれません、と書いて、まだ歯は浮きません。

頁224、組立メーカーに価格をカサ上げした部品を売って、カサ上げ分を利益として計上、決算後にカサ上げした完成品を買い取って利益相殺するのだが、決算期の数字しか見ない株主投資家の目はそれであざむける「BUY SELL」(バイセル)取引の悪用の個所、最初は意味が分からず、坂上忍の、「五年着ないならもう着ないって、バイセルに売りなよ」のコマーシャルばかりが頭に浮かびました。

www.sankeibiz.jp

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上記のように38の人と今井翼、否、今井サンが奔走してトルコにウェスティンハウスの原発を売ったわけですが、ウェスティンハウスは東芝に買われたことなぞどこ吹く風に、そのパートナー事業者に中国の国家核電技術公司を選び、日本の経産省東芝抜きで米エネルギー省からその情報をもらい、慌てて東芝に確認するも、東電と組んでの国内原発のみで成長してきた技術屋たちはまったく世界の原発ビジネスの虚虚怪怪の世界にノーアイデアで、中国浙江省の三門原発2基と山東省海陽原発2基をウェスティンハウスが受注することで、日の丸原発だった「AP-1000」がほとんどそっくりそのまま中国製「CAP-1000」として積極的に米中合同で中国に陸続と建設されるという事態になり、2012年に民主党政権として原発ゼロを米国に打診しに行った前原誠司サンが、エネルギー省副長官ダニエル・ポネマンから、日本が原発やめたら中ロ製のあやうい原発ばかりが世界にばらまかれるんですけどいいんですか?」と、どの口ガーみたいなこと言われたそうです。本書作者の見解では、日本は原発輸出やるなら、こうした国際原子力マフィア企業が蠢く世界で、生き抜き、勝たなくてはいけない、その覚悟が必要だそうです。利権もらえればそれでいいやレベルで、入門されてもなーという。

新幹線ビジネスで既にケツの毛まで抜かれてるのですから、原発においてやおや。

甘利サンがあちこちに出ますが、特にこれという、引き写したい箇所が思いつかないです。

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アメリカのジョージア州で建設中のウェスティンハウスの原発共同通信

本書は相対的に西田サンの顔に泥を塗る形になった次代社長の佐々木サンに辛辣で、佐々木サンは安倍さんとホットラインの仲だそうですが、本書の中では、官邸からわりとへきえきされてるように書かれています、また、地位が人を作るはずが、独身のひとなので、地位を笠に着た上からの強圧的なものいい、委縮にしか使えず、家族でそれをやるとどうなるかに思い至れないとか。独身にもいろんな人がいると思いますが、そういう人だってことで。

西田サンの前の社長のひとは「戦後70年談話に関する有識者会議」座長をつとめたそうで、この会議のメンバーで名前を見たことあるのは山内昌之の人だけでした。

20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会(21世紀構想懇談会)

五月の報道

www.sankei.com

八月の報道

jp.reuters.com

上記両論取りまとめた総合的な報道が、何故か赤旗しか見つからないふしぎ。

以上