『もうすぐ絶滅するという煙草について』"About tobacco that will soon be extinct." 読了

松浦寿輝の本を図書館で探した時、これも出たので借りました。装幀 小口翔平+岩永香穂(tobufune)

上のアマゾンの作家の順に並んでます。編者は、キノブックス編集部とあるだけで、誰か分かりません。最近多いアンソロジー本の常として、版権賞味期限切れなんだかなんなんだか、新しい作家が入っておりません。いちばん若いのがいしいしんじ1966年生まれ。次が島田雅彦1961年生まれ。次池田晶子(故人)1960年。次原田宗典1959年。次泉昌之の文章のほう1958年。次漫画のほう1955年。次松浦寿輝あさのあつこの1954年。バッテリーさんごめんなさい、ここまで書かないとオチない気がしたです。その後中島らも(故人)となぎら健一が1952年で、浅田次郎が1951年、内田たつるとヨネハラマリ(故人)1950年。以下略。

私が編集者なら、坂一族とアルファベット三文字グループの喫煙者全員に公開可能なLINEのやりとりさせて収録し、平均年齢を一気にさげ、かつ売れ行きも考慮したと思います(実現不可能)版元公式に、本書を巡る喫煙書店員の覆面座談会があり、40代、30代、20代なので、当然ながら電子タバコ等をめぐるやりとりも収められています。喫煙者であっても、アイコスが加熱式たばこであって、電子タバコでないことをひとりが指摘するまでスルー状態で、そもそも両者がどうちがうのかむにゃむにゃ…

もうすぐ絶滅するという煙草について

古いセンセイの文章ばかりでもいいのですが、いつごろ書いた文章なのか、出典一覧はあれど、ほとんどはその発行年が記されておらず、再録なども当然あると思うのですが、それも分かりません。だいたい、全集から引っぱってきてるエッセーがわりとある。全集なら、初出書いてあると思うのですが、やっかいなのが、文庫再録なんかの場合で、初出が明記されてないので、それだと調べるのも面倒だから、一律初出年不記載なのかなあと。調べがつくものはぜんぶ記載して、分からないものだけ、初出不詳とでも書いとけばいいのに。どのセンセイも判を押したように、喫煙家への風あたりがきついと書いて、エッセーを始めてるのですが、生きてた時代がちがうもん同士なのだから、嫌煙ブームもおのずと異なるはずで、どの程度喫煙ゾーンが狭まってきたのか、時代時代のエッセーで比較出来るようになってないと、なんとなく粗雑です。

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帯を取るとあらわれる、百閒せんせいの文。本書は、旧漢字は当用漢字だか常用漢字にあらためてるのですが、かなづかいは旧かなづかいのままで、上の文章も、促音の「っ」が大文字だったりします。OCRソフトの限界なのか。戦前と戦後で送り仮名も違うので、手作業で直すとボロが出るからやらないのかと思いました。

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これは帯では隠れないらもの文章。禁酒より禁煙が難しいと書いてますが、酒害のほうがキツいことは、二階から酔って転落して後頭部打って死なはったご本人がいちばんようわかっとおいやす。この人の『今夜、すべてのバーで』が内科入院だけでお茶を濁してくれたおかげで、吾妻ひでおが『失踪日記』『アル中病棟』描くまで、二十年は日本の酒害知識の普及が遅れたと思ってます。ひどいやっちゃ。らもを擁護したいライターの人が、上記でらもと取っ組み合いのケンカした内科医のモデルを探して、虚心坦懐なインタビューとってきてくれないかなあと、ちょっと思います。

世界で最初に禁煙運動に取り組んだのがナチス、というトリビア米原万理と倉本總が書いてます。知りませんでした。安西水丸は、パイプというのはほんらい労働者階級ののみもので、それが日本だと湘南で金持ちがベレー帽かぶってガウンしてロッキングチェアでのんでて、芝生でガキが犬とたわむれてるイメージがあるのはおかしいとしてます。日活映画と自民党の選挙ポスターがイメージ刷りこみに寄与したとか。パイプは私も金持ちのものだと思ってました。

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本書第三章は、禁煙成功記で占められていて、上の左は東海林さだお。"one day at a time"はたばこにも言えるんだなと。かなり長いですが、全文読むと感動します(棒 右は赤瀬川原平

頁206「タバコと未練」赤瀬川原平

 やめてみてわかるのは、タバコは左翼のファッションにもなっていること。べつに政治的意識はないにしても、反権力や反体制の気分に、タバコはフィットする。うちでは「誰それがタバコ吸ってたよ」と言うと、「あの人はまだ左翼やってるんだ」といっている。

愛煙家の右翼活動家は立つ瀬がないですね。赤瀬川センセイの言どおり、ブレイディみかこなんか吸ってそうなイメージですが、じっさいはどうでしょうか。まんがと俳句以外、各氏出だしのページには紫煙のような波線が入っていて、そこは凝っています。

本書で私がいちばん衝撃的だったのは、安岡章太郎です。父親がビルマから引き揚げの際、茶封筒いっぱいに煙草の種を持ち帰ってきており、それを育てて葉を乾燥させ、専売局のイタドリをまぜたものとちがって純度百パーのキキメばっちりと吸いまくったら、悪寒がして吐き気がして倒れて、茶色いヘドを吐いて死にかけたそうです。植物学の知識のある人いわく、タバコは葉をそのまま吸ったら有毒で、なんども蒸したりふかしたりして毒を抜かなければ絶対に吸ってはならないんだとか。

石垣島のタバコ農家の煙草摘みも、指先からニコチンを吸収しつつ金を稼ぐと言われてましたが、そこまでとは知りませんでした。諏訪のコンビニで手巻きたばこのペーパーばっかり売ってたので、はっぱははっぱでも、タバコ作ってるのかなあ、まさかね、なんて思ったことも思い出したです。あと、中国農村のおじいさんが、やっぱし自家製のたばこをその辺の反故紙でくるんで吸ってるの見たことあるのですが、とってもそんな、蒸したりなんだりをやってるようには見えませんでした。でも、やってたのかなあ。

で、本書は古いエッセーばっかりなので、禁煙外来での保険治療体験記もありません。なんというか、たばこ代は上がってるわけですから、時間が止まったエッセーばかりでもいけないと思いました。以上