『香港は路の上』"Hong Kong is on the road. " by Hani Mio(徳間文庫)読了

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シンジンイーアールサンさんが香港の雑誌「九十年代」に書いた記事をまとめた《鬼話連篇》のさいごのルポが羽仁未央という人についてで、私はこの人を知りませんでしたので、何か一冊読もうかと讀んだ本。

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羽仁未央 - Wikipedia

香港は路の上 (徳間書店): 1989|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

かなりの部分が写真で占められていて、徳間のこういう文庫というと、藤原新也の『全東洋街道』なんかそうじゃなかったかなと思います。しかしその写真は、ほとんど柏木久育という人の写真で(表紙もそう)羽仁未央サンが撮ったのは頁94の、上陸した米軍艦将兵が街のコートでバスケに興じる写真のみ。ほかに、大林千++朱++曳という人の写真も使われています。あと、カバーの著者写真はハービー山口という人が撮ったとか。カバーデザインと本文レイアウトは秋山紀子という人。

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 島と海と半島からなる熱気都市。そこを離れるときはふり向いて泣き、夜間飛行の窓辺で再会のよろこびにふるえる。こんなにも私の恋しいヤツ……香港。ついに移住をきめて部屋探し、電影取材や戯院のにぎわい、秘かに見つけた場所を歩く愉しみを通して、路上に展げられる香港日常の営みと返還の時を刻む都市のいのちを”写楽”する。しなやかな感覚で全篇書下した、沸騰するカルチャー・ガイド・エッセイ!

山口文憲の『香港・旅の雑学ノート』や河出から再版されたちくま文庫島尾伸三の『香港市民生活見聞』、星野博美の『転がる香港に苔は生えない』といった香港本の系譜にこの本が入らなかったのは、何も新井一二三のように愛国保釣運動の高まりに真っ向から水を差して殺害予告までされたからではなく、ただ単にそれほど内容がないよう、だったからだと思います。

とにかく悪文で、私も人のことは言えませんが、悪文です。この業界の悪文といえば、武田雅哉に始まり武田雅哉に終わるとは巷間よくいわれることですが、ハニさんはそれに勝るとも劣らない。1989年3月の超絶バブリー期に、「ぢょしだいせい」っぽい感じが求められてるみたいだから応えてやった、みたいな文体。読む人を選ぶであろうことは論を待ちません。私のブログのようなバカ長文脱線が多いのですが、私はぢょしだいせいぢゃないので、残念閔子騫です。

映画から香港に入ったそうです。

頁14 チョウ・ユンファの「監獄風雲」これは、監獄の前を通るたびに連想するとか。

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Prison on Fire - Wikipedia

頁22「悪漢探偵」彼女の恋を決定的にした作品だとか。

悪漢探偵 - Wikipedia

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それプラス「ドラゴン特攻隊」

ドラゴン特攻隊 - Wikipedia

で、香港で最初に住んだところはランタオ島ディスカバリーベイという白人エリアで、團伊玖磨さんの紹介で、やはり香港マニアで東京在住の邦人歯科医女性が所有する部屋に四ヶ月住んでいたそう。蓮實重彦夫妻の名前も出てきます。ダイヤモンド・ヒル(鑽石山)という地下鉄駅周辺の、当時スラムではないけれどバラック街の場面。成瀬巳喜男回顧上映で香港を訪れた蓮實夫妻と作者、宇田川幸洋サンらが、ゴールデンハーヴェストスタジオでキン・フーの新作を観た後、ここを通るのが近道だったので通ったが、細君はやや緊張気味で、しかし夫君は学者バカなのでまるで周囲が目に入っていなかったという話。頁81。

こういう人なので、山口文憲星野博美とはおのずと異なる視点があり、それが最大限発揮されるのが、頁149「旅のBAR」若い女性が一人飲み出来て、ナンパされないホテルバーの穴場紹介です。そんな香港ガイド初めて読んだ。1989年の情報として、ズバリ、香港ヒルトンのドラゴン・ボート・バーだそうです。"Don't bother me Look" という、ナンパされるスキのない女性というか、なれなれしくしてくんじゃねえオーラを発してる毅然とした女性を指す言葉も出ます。

don't bother meの意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書

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作者曰く、香港は東京、パリ、ラテン諸国程色恋に一直線ではないので、女性がひとりで食事したりお茶を飲んだり映画を観るくらいなら無事に出来るけれど、夜七時過ぎに一人で飲みに行くとなると、灣仔はもちろん、セントラルのウィンダム・ストリート(雲咸街)あたりでも考えてしまうそうです。文華酒店(マンダリン・ホテル)も一人だと居心地が悪いので、待ち合わせ以外行かないそうで、香格拉酒店(シャングリラ・ホテル)については下記。

頁152

たまに友だちや、仕事の話の流れでも、そういうんで行くならいい気分だ、普段飲まねえとんでもねえカクテルを、他人の払いよ、と頼んでひと口で辟易したり出来るし。けれどこういうとこは、思いっきり観光の心持ちでする場所で、それも悪いことではぜんぜんないが、日常的な酒を飲む場所ではない。昼間あったいい事悪い事、どっちにしてもちょっと落とし前をつけたい、そういう一杯には向かない。そしてそういう“落としまえの一杯”に、トラブルはよけい向かない。

著者の悪文を存分にご堪能出来たかと存じます。言いたいことは十二分に伝わるんですけどね。ペニンスラ(ママ)の”ヴェランダ”というバーも、アメリカ東部から来た家族連れの観光客が入れるような場所なので、悪くないそうです。すごい香港ガイドだなあ。

頁148に、〈捕月同飲〉ということばがあるなら、〈捕街同饮〉という言葉もあるに違いないと書いてますが、ねえよ、ポッガイ、みたいな。〈捕月同飲〉も、検索で何も出ませんでした…

で、これは、編集の小島浩郎という人がいけないかもしれませんが、ムゴーイの漢字表記が、〈唔〉でなく〈唔〉でした。咳してもしとり。

唔该_百度百科

如何区别粤语的「多谢」和「唔该」? - 知乎

私はいろんな香港本を読んでみたいのですが、例えば、ボーツ―福田和也対談に出てきたのかな? 角川文庫『森村桂 香港へ行く』1979年は、読んでみたいのですが、図書館になくてかつ古本市場にも出ていない。100均台をこまめに当たるしかない感じで、まだ読めていません。本書もそれにかなり近いと思うのですが、さいわい所蔵してる図書館があって読めました。多谢您很大的支持!(少林サッカーでトーナメント一回戦、チャウシンチーががら空きの客席に対し北京語で感謝の弁を述べる、そのせりふ)

【後報】

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(2021/10/13)