『茶色の家』"The Brown House" 『ヒサエ・ヤマモト作品集 -「十七文字」ほか十八編-』"Seventeen Syllables and Other Stories." by Hisaye Yamamoto. Introduction by King-Kok Cheung. Revised and expanded ed. 読了

Primary Source : Harper's Bazaar Oct. 1951 : 166, 283-284

つましく商品作物を栽培する(ストロベリーファームを営む)日系人夫婦(子だくさん)のハズが、強迫的ギャンブラーになるまで。宿六が茶色の家でギャンブルに興じている間、妻と子どもは前に止めた車の中で、一家の大黒柱が帰ってくるのを何時間でもずっと待っているという設定。胴元が中国人なので下のような場面が出ます。

頁119
今度は中国人の女の人が顔を出して声をかけた。「何の用だい、坊や」父さんに会いたいというと、その女の人はちょっと待ってなさいといって、間もなく中国製の菓子を一皿もってきて、ジョーといっしょに車の方へ歩きだした。歩きながら、ジョーは厚みのあるビスケットを食べた。その風味や歯ざわりはとても変わっていた。アメリカのものでもなく、また日本のものでもなかったので、おいしいのか、おいしくないのか決めかねていた。

原文は、'it was unlike either its American or Japanese counterpart so that he could not decide whether he liked it or not. ' 好きか嫌いか決めかねています。味覚は最も保守的な感覚器官。道場六三郎岸朝子

頁121
 次に行ったとき、ミセス・ウーは、坊やたちにといってクッキーのほかに、紙袋に中国製の花火をいっぱい入れてもってきた。「ここはアメリカだよ」彼女はミセス・ハットリにいった。「中国と日本、たしかに戦争やってるけれど、でもね、私たちのせいではない。そうでしょう?」と肩をすくめていった。
 ミセス・ハットリはうなずいただけで、なにもいわなかった。自分の英語ではうまく気持ちを伝えられないと思ったからだ。

花火や戦争なんかどうでもいいから鉄火場からミスター・ハットリ(彼女はパートナーを丁寧にこう呼んでいた)を返してくれと言いたかったと、作者は書いています。"Never mind about the firecrackers or the war, " ミセス・ウーがは "You understand?"なぞと聞いてくるので、ネバマンドで返すと。重複しますが、この奥さん、ミセス・ハットリは、ハズを呼ぶさい、「ミスター・ハットリ」と呼びます。英語では、妻は主人をそう呼ぶのがコレクトでフォーマルだと思っている感じ。"Oh, Mr. Hattori, what have you done?" "Please stop the machine, Mr. Hattori, " 

五人の子どもは、ジョーとビルとオグデンとサムとエド。ぜんぶ男の子だ。大変デスネ。書き置きを残して下のふたりの子を連れて30マイル、48kmほど離れた姉の家に逃げた時は「極道者!」(頁125)と夫を罵ってますが、原文は"Monster!"(P43) 「バケモノ」と邦訳するのもどうかと思ったのでしょう。

「迎えに来た」ミスター・ハットリに、甥っ子が応対するのですが、甥っ子は日本語はそれほど…な不良青年(ポマードのつけすぎで頭髪がヅラに見える)で、斜に構えた応対をして、いらいらさせます。

"Your wife's taken a powder."「あんたの奥さん、おさらばしちゃったよ」

"Poison?"「毒を飲んだのか?」

"Nope, you dope, That means she's leaving your bed and board. " 

「ちがうよ、ばかだな。彼女はもういっさいあんたのお世話にならないってことだよ」

"Talk in Japanese, and quit trying to be so smart. " 

「日本語で話せ。生意気な態度はやめろ!」

(頁126とP44から地の文を省略して、会話のみ抽出)

ウィキペディアは、共立女子大学の紀要論文などから、カリフォルニア州の外国人土地法などが背景にあって経済的基盤を失った一世がギャンブルに溺れてゆくのだと書いてますが、小説を読んだだけだと、そーゆーのは分かりません。カードやルーレットでなくスロットマシーンなのかしらと思うくらい。戦後のパチンコに通ずる邦人の宿痾。

頁124、手入れで逃げた黒人が夫妻の車に潜りこんできて、初めて間近で黒人を見た子どもたちは仰天し、ハズが「クロンボ」と言った、とあります。キン=コック・チャンの序文でここは特筆されていて、ブラッキー "Blackie" とニガー "Nigger" の中間的な表現と書いてました。ここを見た時、邦訳「クロンボ」は原文ではなんと書かれてるんだろうと不思議で、結局それが動機で原書買いました。したら、原文も "A kurombo!"でした。P42。それで英語圏の読者に通じるのか。

f:id:stantsiya_iriya:20211012080257j:plain
f:id:stantsiya_iriya:20211012080305j:plain

ヒサエ・ヤマモト作品集 : 「十七文字」ほか十八編 (南雲堂フェニックス): 2008|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

ヒサエ・ヤマモト - Wikipedia

Hisaye Yamamoto - Wikipedia

中国語で黒人の〈贬义词〉がなんなのか知りません。黑人と書いて北京語でヘイレンと云うだけで、それなりの響きを持つ時があるのは、日本語と同じレイヤーなのかちがうのか。

「黒人」に関連した中国語例文の一覧 -中国語例文検索

stantsiya-iriya.hatenablog.com

以上