『ヨネコの地震』"Yoneko's Earthquake" 『ヒサエ・ヤマモト作品集 -「十七文字」ほか十八編-』"Seventeen Syllables and Other Stories." by Hisaye Yamamoto. Introduction by King-Kok Cheung. Revised and expanded ed. 読了

Primary Source : Furioso 6.1 (1951) : 5-16

私にとってはかなり分かりにくい小説でした。キリスト教。冒頭に無神論者宣言をする少女。表題の「地震」も、1933年のロングビーチ地震*1なのですが、キリスト教の原義に関する事柄なのかと思ったり。フィリピン人の使用人マーポ。そして弟が突然死ぬまでのいちにち、もしくはふつかの描写。

ヨネコ・ホソウメが少女の名前で、弟はセイゴです。ヨネコは、十歳くらいなのかな。弟は、死んだときは五歳。弟が死んだ日の朝、ふたりはオレンジ畑で遊んでいて、ヨネコはセイゴを "Seigo" と呼ばず「サージ」 "Serge" と呼んでからかいます。まずここがよく分からなかった。布地のサージなんですけど、たわいもないダジャレで、確かに弟は駄洒落を嫌がるとあるのですが、そんなに怒ることなのかと。次に、タイヤの輪回し遊びで、「グッドリッチ・シルバータウン」"Goodrich Silvertown" という商品名*2を、「グッドリッチ・シルバー・ツー・タウン、グッドリッチ・シルバー・ツー・タウン」"Goodrich Silver-TO-town, Goodrich Silver-TO-town, " と歌って、弟は激怒します。なぜ激怒する。

午後になるとふたりは仲直りして、臨時雇いのメキシコ人がジャガイモ掘り機を操作する後ろをついてって、おはじきくらいの大きさ(marble-sized)のジャガイモを収穫して遊びます。その夜、セイゴは腹痛を訴え、医者は、七月の暑さと、青いオレンジや生のジャガイモを食べたせいだろうと楽観視しますが、容体急変、昏睡状態に陥り、唇を嚙んで血を流した状態で死にます。頁149。

ここの罪悪感がヨネコ同様私を覆ってしまうので、もう一つの主題であるフィリピン人使用人マーポについては、アウトオブ眼中。あんまり考えなくなってしまう。

地震の時、ミセス・ホソウメは"Jishin!Jishin!" と叫び、離日前の幼少期に同じようなことがあったのを思い出します。ミスター・ホソウメは運転中地震に出っくわし、切れた電線が車に触れて感電し、以後健康がすぐれなくなります。頁140。彼は禁酒主義者とのことで、よく分からないのですが、ミセス・ホソウメとは年の差婚だったのではないかという気もします。

フィリピン人使用人マーポが、高等教育を受け、何らかの夢を持って渡米した青年であることは、随所に見てとれます。(1) スパイクシューズを持ち、陸上や筋トレのトレーニングを欠かさず(終わりのない農場労働ゆえに、終盤欠かしだしますが)(2)人物の水彩画が得意で、拡大器なども自在に創作出来、(3) 100$以上するバイオリンを所有し、讃美歌とアイルランド民謡をよく演奏し、「トラリーのバラ」や「ダニーボーイ」が好きで、(4) 専門学校に通ってラジオの自作を学んで、しょっちゅう自作のラジオをいじっています。

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ヨネコの父親の弁を借りると、マーポはハワイ育ちなのでほかのフィリピン人と違ってよく働くとのこと。頁135。

P47

Mr. Hosoume said Marpo was the best hired man he had ever had, and he said this often, because it was an irrefutable fact among Japanese in general that Filipinos in general were an indolent lot. Mr. Hosoume ascribed Marpo's industry to his having grown up in Hawaii, where there is known to be considerable Japanese influence. 

また、ヨネコは以前本で読んだ知識として、フィリピン人は犬食をすると聞いていたので、それホントとマーポに尋ねると、彼は笑顔で否定します。頁134。

P47

Unable to hide her disgust and her fascination, Yoneko went straightway to Marpo and asked, "Marpo, is it true that you eat dogs?", and he, flashing that smile, answaerd, "Don't be funny, honey!" This caused her no end of amusement, because it was a poem, 

ヨネコのいとこたちは町にいて、バプテスト教会に通っているのですが、ヨネコのいる農村散居社会はそうでなく、マーポとキリスト教について語り合うのですが、マーポが、ふつうフィリピン人がそうであるように、カソリックなのかどうかは書いてません。読む人が読めば分かるのかなあ。

頁139

 シラミはいないぞ、ぼくたちに、

 シラミはいないぞ、ぼくたちに、

 きみたちあほうに、うじゃうじゃいるよ、

 ぜったいいないよ、ぼくたちに

P49

  There ain't no bugs on us, 

  There ain't no bugs on us,

  There may be bugs on the rest of you mugs, 

  But there ain't no bugs on us?

これはどうも直毛の子どもたちがウェーヴのかかった髪の子どもたちをからかう歌のようなのですが、ヨネコはこれをマーポに歌い、イエス様も天パで髪が長いから、シャンプ―目に入るだろうなどと質問します。

マーポは、余震の続く中の野外生活でも、一家の中心となって活躍します。

ひょいっと、不思議だなと思ったのが、頁145。ヨネコがフランス人のご近所さんイボンヌからもらったマニキュアの件で、「フィリピン人みたいだ」と強くいう父親に対し母親が反駁する場面。日本でも女の子は、指の爪を赤いツボバナや紫のコガネの花弁に明礬を混ぜて煮詰めて、柿やタロ芋の葉 "Persimmon or Taro leaves" に載せて指に巻き、棕櫚の繊維できつく縛って爪に色をつけて、オシャレするじゃありませんか、と反論する場面なのですが、なんで「タロ芋」と思いました。ヤツガシラか里芋の間違いじゃなかろうかと。それとも、母親は、琉球弧など南方の出身で、日本といっても、タロ芋文化圏なのだろうか。ここ、不思議でした。(あと、原文にない改行が邦訳にあります)

この場面は口論に発展し、ミスター・ホソウメが妻に手を上げるまでになり、マーポが割って入り、覆水盆に返らずになります。

P53

 "When have I ever contradicted you before?" Mrs. Hosoume said.

 "Countress times, " Mr. Hosoume said.

 "Name one instance, " Mrs. Hosoume said.

 Certainly there had been times, but Mr. Hosoume could not happen to mention the one requested instance on the spot and he bacame quite angry. "That's quite enough of your insolence. " he said. Since he was speaking in Japanese, his exact accusation was that she was nama-iki, which is a shade more revolting than being merely insolent. 

 "Nama-iki, nama-iki?" said Mrs.Hosoume. "How dare you? I'll not have anyone calling me nama-iki!"

 At that, Mr.Hosoume went up to where his wife was ironing and slapped her martly on her face. It was the first time he had ever laid hands on her. Mrs. Hosoume was immobile for an instant, but she reglanced over at Marpo, who happened to be in the room reading a newspaper. Yoneko and Seigo forgot they were listening to the radio and stared at their parents, thunderstruck.

 "Hit me again, " said Mrs. Hosoume quietly, as she ironned. "Hit me all you wish. " 

 Mr. Hosoume was apparently about to, but Marpo stepped up and put his hand on Mr. Hosoume's shoulder. "The children are here, " said Marpo, " the children. "

 "Mind your own business, " said Mr. Hosoume in broken English. "Get out of here!" 

頁146

「口出ししたことがありますか?」ミセス・ホソウメがたずねた。

「数え切れないほどだ」ミスター・ホソウメが答えた。

「一つ例をあげてください」

 確かにそんなことは今までによくあった。しかしミスター・ホソウメはたまたま具体的な例がすぐ頭に思い浮かばなかった。彼は逆上した。「その失敬ないい方はなんだ」彼はいった。ミスター・ホソウメは日本語で話していたので、正確にいえばナマイキという非難のことばを使ったのだった。そのことばには、失敬というよりも、やや反抗的な意味合いが含まれている。「ナマイキ? ナマイキ?」ミセス・ホソウメがいった。「そんなこと、よくいえますね。ナマイキといわれては黙っておれません」

 そのことばを聞いて、ミスター・ホソウメはアイロンをかけている妻のところへつかつかと歩いていき、平手で彼女の顔を力いっぱいたたいた。妻を殴ったのはこれがはじめてだった。ミセス・ホソウメは一瞬、石のように体を固くしたが、また何事もなかったかのようにアイロンかけを始めた。たまたまその部屋で新聞を読んでいたマーポの方をちらりと見やっただけであった。ヨネコとセイゴはラジオを聞いているのも忘れ、あっけにとられて両親を見つめていた。

「もう一度たたきなさい」アイロンをかけながらミセス・ホソウメは静かにいった。「好きなだけたたきなさい」

 ミスター・ホソウメがまた妻を殴ろうとしたとき、マーポがミスター・ホソウメのところに行き、彼の肩の上に手をおいた。「子供たちが見ていますよ、子供たちが」マーポがいった。

「おまえの知ったことじゃない」下手な英語で彼はいった。「ここから出ていけ」

最後の行の「彼」は原文のとおりミスター・ホソウメで、こういう場合本当に相手は出て行くので、それっきりマーポはこの家から姿を消します。

ウィキペディアを見ると、ネタバレですが、不倫要素の示唆を書いていて、確かにその後、母が病院に行く場面は、中絶手術のようにも思えるのですが、過酷な農園労働なので、何らかの病気になって、強い痛みを感じるまで身体の不具合に気づかないだけと私は思ってました。というか、妻がフィリピン人使用人と不貞を働いていたら、白人農場主だったら銃を持ち出して使用人を撃ち殺してる気瓦斯。もし本当に母親と使用人の恋なら、作者として、日本人男性はどこまでそれを許容するのかの違いを際立たせると思います。ちがうかな。前途ある若者がいつまでも農場の下積み労働に甘んじるわけもなし、でFAじゃだめなんかな~。私としては、弟セイゴの死と、彼の最後のいちにちだけでじゅうぶんで、タイヤの輪回しの歌の秘密を解きたいだけなので、レンアイ沙汰はいりません。以上です。

ヒサエ・ヤマモト作品集 : 「十七文字」ほか十八編 (南雲堂フェニックス): 2008|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

ヒサエ・ヤマモト - Wikipedia

ウィキペディアによると、この話と『十七文字』をもとにして、日系人女性監督がテレビ映画を製作したそうで、英語の増補版の表紙もその画像を使っているそうなのですが、つべでその予告編を見ると、マーポが白人で、シェーンが日系農場にふらりと風来坊な感じなので、そりゃないぜエミコ・オーモリかんとくと思いました。

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Emiko Omori - Wikipedia

Hisaye Yamamoto - Wikipedia

サージでなくセイジ(セルジュ)で、「ゴ」(5) でなく「ジ」(2) の隠喩なのかしらとあとで思いました。ヨネコがイチで、あんた(弟)は男でもニ、ツーなのよ、という。