『ユルスナールの靴』"Shoes of Yourcenar" by Atsuko Suga 読了

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道浦母都子さんの本で出てきて、読もうかと思って読んだ本。読んだのは河出の単行本ですが、河出文庫白水uブックスの二種類が、今でもふつうに買えるみたいです。あと電子版。

◉カバー写真……オノデラユキ

◉装幀……伊勢功治

河出「文藝」1994年冬季号から1996年夏季号に連載された連作エッセーを大幅に加筆したものだとか。「あとがきのように」と、「追記」という題目の、参考文献的なものと謝辞があります。河出文庫に解説があるかは分かりませんが、白水uブックスには川上弘美の解説があるとか。

マルグリット・ユルスナールというドエラいフランス作家、第二次大戦でフランスに還れなくなり、そのままアメリカの小島に暮らして、そこで発表したフランス語の小説で不動の地位を得た人の人生と、自分の人生が、ときおりモチーフやテーゼが交錯することがあり、それをちょいちょいと書いています。

ユルスナールという人は、長年連れ添ったパートナーは同性の女性だったそうで、わりととんきょうな人でズケズケ人の会話に入ってくるような女性で、反対にユルスナールは、アメリカのその田舎では、英語が話せるとみんな思ってなくて、いきなり英語を話したので驚いたとかそういう話があるそうです。で、パートナーが死んだあとは、ジェリー・ウィルソンという若い男性が面倒を見たそうで、でもその男性が先にエイズで死にます。1986年。日本語版も英語版もウィキペディアはそこ書いてませんが、仏語版はパキッと書いてます。"Jerry Wilson meurt du sida le 8 février 1986. " エイズのフランス語が"sida"であることを初めて知りました。エーアイディーエスのじゅんばんで並ばないとは。『健康で文化的な最低限度の生活』に登場する自治体マスコットキャラは「しーだくん」

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マルグリットは翌年84歳でなくなります。死因は脳溢血。

本書は作者の回想とマルグリットの生涯を行ったり来たりで往復するので、その中には、後者の小説の登場人物であるハドリアヌス帝やらゼノンやらも出ます。頁116に、十六世紀のスペインの神秘思想家十字架のヨハネが提唱して欧州に広まった、「霊魂の闇」という概念が象徴するものが出て、なんだか分かりませんがかっこいいなあと思いました。たましいが神の寵愛によってピンクの雲に乗るには、ビギナーと先行く者のあいだに、暗い胎内めぐりの通過儀礼をせねばならぬということと理解しました。欧州語で「霊魂の闇」をなんというかは調べてません。ダークネスオブソウルとかそんなんでいいのかよくないのか。

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頁89に、こんな会話があります。作者がフランス滞在中に、フランス人から自身をノマドに例えられ、ノマドの意味が分からないのでバガボンドみたいなものかと問い返し、ヴァガボンドは浪漫主義というか退廃のデカダンだが、ノマド生活様式に直結した、清貧かつ必需のもので、血が湧き立ったり、部族のしばりがあったりすると説明され、スガさんはそれに対し、分かったけど、なぜオリエンタルとおフランスの街で不当な扱いを受ける自分が北アフリカンになるのか、なんでやと反論します。そうすると相手のシモーヌは、やーねー、あんた北アフリカ人が悪いと思ってるの?

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須賀敦子 - Wikipedia

スガさんは船で欧州まで行ったそうで、途中の寄港地のうち、マレーシアのポート・スウェッテンハムだけ分からなかったので検索しました。

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スガさんは、けして手放しでマルグリットを賞賛してるわけでもなく、上に書いた、頁231のアメリカの小島の話、パートナーのグレースはエキセントリックなので、夜遅く近所の家にいきなり闖入してチョコレートケーキの新しいレシピを開陳したりするという迷惑話のあと(救急車は蹴りません)マルグリットは太りぎみで、ゆったりした服しか着ないから、歩くより転がった方が早いというイタリアのからかいことばがぴったりだ、なんて書いています。靴から始まって、転がった方が早いでオチつけるとは、あんまりや。

しょうがないからマルグリットも何か読んでみますが、なんだろう、あんまし性に関してあれこれないのがいいです。というわけでハドリアヌス帝やとどめの一撃は除外。以上