ユキの愛する人たち (ひくまの出版): 1989|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
先日読んだ『トパーズへの旅』の続編です。出版社も訳者も違うけれど、続編です。表紙・さし絵 伊勢英子 巻末に訳者あとがき
前巻がユタ州の日系人収容所からソルトレークシティ市内に移るまで。この巻は、カリフォルニアに帰還して、迎えた戦後までです。
左の新聞記事はヨシコサンのウィキペディアから借りました。たしか前巻にもこの「ジャップ」のくだりは出てきます。
で、日系排斥というか、戦争で交戦した人もいますし、なかなかカリフォルニアも、帰還後大変だったでしょうという。一歳でなくなった姉のお墓に行くと、墓のそばに植えてあった桜の木が切り倒されていて、せっかくお金を出し合って市内に店を出したら、すぐ放火されて半焼したり。
頁49と頁50のつながりが不自然なので、1ページとれてるのかと思ってしまいました。文選工が句点を抜かしたのかもしれない。
頁174、老人女性が孫とその友人に、お灸の効能についてひとくさり話します。お灸は刺激剤であり、熱から来る鋭い痛みが、かえって鈍痛を減らすのに役立っていると。孫とその友人は、タマゴの黄身のエキスを飲むより、みみずの煎じ薬を飲むより、お灸トライはいやだと、逃げます。
この巻の後半、出征した兄が帰ってきます。
頁169
「考えてごらん。国へ忠誠を誓うため、そしてアメリカをみんなにとってすみよい祖国にするために、志願して戦場にでかけたんだ。そのあげくが足が使えなくなって。それでどうだ、帰ってみたらこのざまだ。日系人はレストランで飯を食えないし、床屋は日系人の髪を切るのはいやだとぬかす。どの店の窓にも『ジャップお断り』の看板がぶらさがっている。どんな気持ちがするね。自分のやったことは無駄だった、徒労だったとは思わないかい?」
上は白人嫌いの商売人オカさんのせりふ。しかし、ぬけがらになった兄の遺恨はもう少し別のところにあって、頁182、ともに出征した親友ジム・ヒライが自分をかばって死に、自分がのうのうと生きてること、それ自体が自分を苦しめてるんだそうです。
右は彼がそれを告白する場面。目も口も描いてないのは、意味深。
頁191
「オカさん、あなたがずっと憤っておわれたことはもっともです。しかし、できることなら、もう私たちを許してはくれませんか。あなた自身、これ以上、痛めつけないですむように。」
オカさんは驚いたように聞き返した。
「あなたがたを許すって?」
「そうです。私をふくめた白人すべてを。できることなら。」
「あなたのひとり息子を殺した相手を、あなたは許せますか?」
「もう許しています。」
オカさんは、かぶりをふった。
「ゆ、る、す。」
まるで初めて、その言葉の意味がわかったように、オカさんの口びるから、「許す」という言葉がつぶやかれた。目に見えない人が新しいものにふれたとき、さわり、考えながら、それがなんであるか理解するように、オカさんはその言葉をいった。いいながら、自分の中に生まれてきた感情に当惑した。
オカさんは、かみしめるようにいった。
「許すってことは、人の背から重い憎しみの荷をおろすことなんだろう。だが、長い間ひどい仕うちをうけてきたら……。」
言葉がとぎれた。
「そうだな、でも、自分をだめにせずに立ちむかう方法はほかにもあるはずだ。」
オカさんはケン兄さんをちらりと見た。ふたりの間に、ある表情がよぎった。
「人間は、自分のことも、他人を許すように(以下略)
こうやってチートで切り抜くと、硫黄島で戦死した息子を持つオルセンさんから語りかけられた言葉の重みが減じてしまうと思いましたが、でも引用しました。ちょっと、この、もう許してくれないかという提起の部分は、なかなか意味深いと思ったので。
上にも書きましたが、前巻は評論社から出ていて、この巻は浜名湖のほうの「ひくまの出版」から、訳者も替えて、題名も続編っぽくないかたちで出ているという。「ユキ」とあるので関連してるとは想像つきますが、スピンオフかと思った。原題は「ジャーニートゥートパーズ」「ジャーニーホーム」で、対になってます。
なんで「ジャーニー・トゥー・ホーム」じゃないんだろうと最初は思っていて、ふと、そうだ、「ヤンキー、ゴー・ホーム」のゴーホームはトゥー入らないや、ホームはトゥー入らないんだ、それで、ジャーニーホームなんだ、と理解しました。以上
【後報】
強制収容に際して、持っていける荷物は限られていますので、残りの家財(叩き売れないもの、売りたくないもの他)はどこかに保管していくわけですが、預けた先の人が不義理をしたり、保管場所が荒らされて略奪されたりということが、帰還後それなりに発覚するわけです。こうしたことは、阪神淡路から3.11、熊本ほか近年の水害の仮設住宅や避難を経て、わりと邦人でも地域によっては共有される情報と、感情になっていると思います。あの、災害直後のドサクサ時点にすばやく現れる、空荷のハイエース等の自称災害ボランティアって、なんすかね(棒)(知ってるくせに、という)
そういう目でウクライナの避難を見るので、避難を余儀なくされるという時点でもう、やりきれないです。天災でなく人災ですよ、戦争は完全に。
(2022/3/9)
【後報】
主人公とちがって、作者のウチダヨシコさんは、カリフォルニア州バークレー大学最上級生時に強制収容で、しかし大学側が非常に日系人に好意的で、中間試験の成績をもとに卒業証書を送ってくれて、ユタ州を出てからは東部のスミス女子大を卒業、フィラデルフィアで正規職として教員生活を始めたそうです。リンコ三部作一作目の訳者あとがきにそうありました。なんで小学生時に強制収容と思い込んだかな?訂正します。
(2022/3/18)