『ブラバン』"BRABAN" (Brass Band) by TSUHARA YASUMI 読了

読んだのはバジリコの単行本。三刷(2006年10月1日初刷 同年11月11日三刷)

知らない作家さんでしたが、訃報を聞き、一冊読んで*1みて、そこの著者経歴に自分で「自伝」「ベストセラー」と書いていたのがこの本なので、読んでみました。

b.hatena.ne.jp

上の童貞力のブログに、本書は、出版エージェントを通したらサクサク版元が見つかって刊行出来た本と本人が語っていたと書いてあり、どういう意味合いを持った話なんだろうと思ったのもあります。

basilico - ブラバン / 津原 泰水(著)

帯 なんや知らんけど沁みる小説なんやわこれが 映画監督 井筒和幸

https://www.basilico.co.jp/book/books/img/4862380271b.jpgパッチギ!」監督が広島弁小説に関西弁で何か寄せてそれがプラスだったというのも、時代だったんだなと。

装画・挿画◆福山庸治

装丁◆松木美紀

シンボルマーク◆津原泰水

シンボルマークは後述ですが、英題はシンボルマークから取りました。『臥夢螺館』の福山庸治もイラストの仕事してたんですね。漫画家が小説のイラストで食えるというのは、いいことで、こないだ読んだ石田衣良東京大空襲の小説もイラストが望月峯太郎でした。

下記は図書館本の、帯をとった表紙。持ってる楽器で誰か特定出来る筈なのですが、あんまり深く考えないで読んだので、誰だか分かりません。東京弁を話す女性(オチで大どんでん返し)かな。

どうしても漫画家の小説イラストというと、『椿姫を見ませんか』などハヤカワほかで仕事をしていた江口寿史が、カドカワでの連載あるいはその単行本で、イラストのほうが稿料がいいのでもうまんがなんて書かれへんみたいな暴言をした瞬間、手塚治虫の色紙が壁から落ちるまんがを思い出します。

福山庸治は、『私鉄前線』や『死神交換イタシマス』『青い木白い花豊かな果実』などが、私が邦キチ映子さんの単行本を置いてった大和駅前の珈琲店の町田店にあったかと。まだまだファンはいてますよということですが、私はその店にやっぱりおいてある坂口尚はファンなのですが、福山庸治はそんなでもないです。私の好きな方向のアクではないです。

全十二章で、各章の扉にいろんな楽器のイラストがあります。この四章は楽器が二つ描かれていて、各章ひとつの楽器だと、登場楽器が描き切れなかったのかなと思うそばから、楽器ではない、指揮者の指揮棒の扉絵もあったりして、いろいろ計算違いがあったのかもしれません。主人公の弾く「弦バス」という楽器は二章の章題に出ます。

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

全十二章すべて曲名が題名になっていて、巻末に作者による解説がついてますが、例えばトップバッターのビリー・ジョエル「オネスティ」などは、「日本においてはジョエルの代表曲の一つだが、本国アメリカではさしたる人気曲ではない」など、温度差とか毀誉褒貶がゴイスーです。ヒマがあれば、ぜんぶ動画付きで引き写したい。

左は中表紙。奏者の去ったのちの楽譜台。右下がメトロノームなのに今気づきました。と書いてから、やっぱり違うのに気づきました。なんだろう、これ。ハクション大魔王がハンバーグ食べに出て来る壺でしょうか。

私はあんまりブラバンに興味がなくて、サカナクンの映画で、サカナクンは吹奏楽部所属に描かれてるんだろうかと思う程度ですので、相当どうでもいいです。ので、作者の熱い思いがあまり伝わらず、もうしわけありません。

メトロノームも、三山のぼるが劇画エロトピアに発表した『メトロ悩夢』というわりとたいしたことないエロまんがを思い出すくらい。

小学生の体毛みたいなSchick Japanの記事の感想を書いてしまったので、75歳絶頂説みたいなエロ談義の感想はしばらく控えようかと思って、いそいで別の本を読み終えましたが、感想が書き切れません。明日朝続きを書きます。

【続き】

私はこの人は、前身が少女小説家で、オカルトやらホラーやらが好きなので、『下妻物語』の嶽本野ばらとカブってるのかなと思っており、さらにおとくいの模造記憶で、下妻の人のタイーホ理由を援交と勘違いしてました。さらにいうと、そこに北村薫がごっちゃになります。そういう人の「自伝的小説」とのことで、読んでいくうちに、どこまで書くべきか、どこをどう丸めるべきか、葛藤が感じられ、ひとりで考えてひとりで結論を出した感がアリアリだったので、ここが、童貞力がメモしたところの、出版エージェントでさくさく出版したことの負の面だろうと思いました。弊害もありますが、編集者と二人三脚で、書き直しにつぐ書き直しを経ての校了だったら、どういう作品になっていたか、空想してみる余地がある作品だと思います。

①主人公の名前が稀少姓。津原という作者名がどこまで実名を反映してるか知りませんが、主人公の苗字「他片(たひら)」が、検索してもぜんぜん出ない姓なのに驚きました。なんでそんなんにしたんだろう。作者の実名も、そうような姓だったんでしょうか。下妻を意識するなら「津薔薇」という姓などどうだろうと考えましたが、同性愛者の先輩に襲われかけて、その先輩が根に持って陰湿にイジメをしてくるタイプなので(私も読んで、そういう性格カーとすぐ納得しました)卒業するまで休部し続けるくだりは特にリアルだったので、薔薇姓はなかろうと自問自答を終えました。この先輩は、唯一プロ志向で、かつまた海外で成功する人間ですが、一度限りのブラバン復活に際し、誰も連絡をとりません。

ブラバンなので登場人物がものすごくたくさん出るのですが、主人公の下の代、「後輩」が非常に少なくて、ここは下読みした誰かから指摘があったのか、終盤、四十代初婚の同級生の結婚式に挙行される「一度限りのブラバン復活」に絡んだ代しか出さないことに決めた、と、身内に向けた亜空間殺法みたいなダイアローグがあります。後輩に慕われてないかったのかとか、人間性を見透かされていたのかとか、さんざん妄想を逞しくして楽しんでからそのくだりが出るので、アンチは読んでて欣喜雀躍だったことでしょう。

③頁224がかなりの山場だと私は思ったのですが、高校時代の顧問の新卒教師と自分が、48歳と40歳でたいした年の差でなくなり、で、のここが、どうあがいてもうまく書けなかったのか、リアルタイムの描写をバッサリ切って、事後報告の説明的な独白で終わらせてるのが、ほんとうにもったいなかったです。この辺も、編集と共同作業しない、出版エージェントの功罪か。この教師は失見当を乱発する段階の酒中毒なので、その後リスカの場面は出ますが、そのほかがそんなおだやかに行くのかちょっとクエスチョンでした。愛撫にしても、ここまで連続飲酒してると、くさいだろうと。自分ではどうでもいいくらいの人はくさいので、いやだと、ケアだかなんだかの人が絶叫してました。この女性は、読んでて、ペ・ドゥナが軽度のアルコール依存を演じた映画*2を思い出しました。

④そんな状態の女性が、かなりまとまったお金を持っていて、まったくうだつがあがらない自営業の主人公が何故か無職の年上女性のヒモ状態という謎が、ラスト解き明かされ、カタルシスは別になくてもいいのですが、藤原伊織『テロリストのパラソル』*3なみの、オチがつきゃあそれでいいだろう、不条理オチや夢オチじゃないんだよ、みたいなオチだったので、ここでも編集不在の難を感じました。

〈以下忘備録〉

(1)

グラドルになったパイセンがいるのですが、本書はグラビアを「グラビュア」と書いてます。"gravure"なので、そうかなと思いましたが、FORVOのはっちょんだと、「グラビア」と聞こえます。グラヴュアとは聞こえない。

ejje.weblio.jp

https://ja.forvo.com/search/gravure/fr/

ピンナップガール - Wikipedia

dic.nicovideo.jp

(2)

頁149に小劇団系というか、かつて下北沢にあったような飲み屋が出てきて、マスターが森茉莉のエッセーに出て来る「シゲちゃん」とは自分のことだと名乗り、森茉莉は貧乏なくせにずうずうしかったと彼女のエピソードを語ります。こんなとこで使うのはもったいない話と思いましたが、使いどころがほかに見つからなかった(SNSじゃ金にならないでしょうし)のだと推察します。

(3)

おとなの社会生活として、「週刊誌を読み、テレビに笑い、携帯電話を買い換え、評判の店にそこが評判だという理由で並ぶ」とあり、2006年はまだ週刊誌が機能していたのだなと思いました。今の週刊誌って、どうだろう。文春砲とか、タレコミ機関としてあるはあるけど、採算ベースとして大丈夫なのか。頁154。

(4)

頁168に、バンドが存続するためには、周りより少しだけ巧い奴と憎まれ役の皮肉屋両方が必要だと書いています。ひとりが両方を兼ねると負荷が大きいので、分散し、出来ればそれぞれ複数必要とも。後者は炭鉱のカナリヤに例えられ、前者は、レベチのバンドが気を抜いた場面や凡庸だった瞬間と自分たちを比較して、差・距離はほんのちょっとだとかんちがいしないために必要なんだとか。サッカー日本代表の話かと思いました。

(5)

当時流行った創作物の比喩が出て来る中で、頁190にはジョージ秋山『ザ・ムーン』が出ます。どう考えても復刻で読んだはず。

(6)

頁230はローマ法王ヨハネ・パウロ二世がヒロシマを訪れ、日本語でスピーチした時に現場にいた記述。圧巻です。ウッドストックにいたと言われても、対等に立てるであろう場面。その後、広島風お好み焼きの三大要素、豚肉・卵・麺のうち、肉を削って麺をダブルにして腹を膨らませる広島の学生テクが書いてあり、通ぶりたければ真似してみてもよいのではと思いました。博多でゆげとかこなおとしとか言うようなもの。麺はダブルでなくトリプルにしてもいいそうですが、その分玉子まで削ると、さすがにおいしくないそうです。

(7)

二股というのが意外な本書のパワーワードで、どちらにも出血の準備をしておくなど、広島の高校生は奥が深いと思いました。綾瀬はるか。パフューム。チンピラにやられて弱みを握られて売春までさせられるJKが部活仲間だったという場面まであり、そこはさすがに、ウソでも救済してあげなさいよと思いました。借金苦で蒸発の部活仲間と別枠で用意するなら、そこまでしても罰は当たらないかと。頁267に出て来る後輩は、作者的にタイプなのではないかと勘繰りましたが、フラれたのか、そっけない描写です。

〈以下章題〉

一章章題:Billy Joel - Honesty (Official Video) - YouTube

二章章題:Gershwin: Rhapsody in Blue - Queer Urban Orchestra - YouTube

十章章題:Glenn Miller Orchestra directed by Wil Salden - Pennsylvania 6-5000 - YouTube

三章章題:WHATEVER GETS YOU THRU THE NIGHT. (Ultimate Mix, 2020) - John Lennon (official music video HD) - YouTube

(「真夜中を突っ走れ」として紹介)

五章章題:秋空に~In Autumn Skies~【原典版】(上岡洋一) - YouTube

四章章題:ファイル:Gustav Holst - the planets, op. 32 - iv. jupiter, the bringer of jollity.ogg - Wikipedia

章中曲:Gene Vincent - Be-Bop-A-Lula - YouTube

章中曲:Simon & Garfunkel - Homeward Bound (from The Concert in Central Park) - YouTube

(「早く家に帰りたい」として紹介)

六章章題:Bizet: L'Arlésienne Suite No. 2, WD 28 - Pastorale - YouTube

七章章題:I.G.Y. - YouTube

八章章題:Stardust - Hoagy Carmichael - Original Version - YouTube

九章章題:"MOONLIGHT SERENADE" BY GLENN MILLER - YouTube

章中曲:Dvořák: Symphony No. 9 "From the New World" / Karajan · Berliner Philharmoniker - YouTube

章中曲:Maria Callas Live: Bizet's Carmen Habanera, Hamburg 1962 - YouTube

(「恋は野の鳥」として紹介)

十一章章題:ファイル:Auld Lang Syne - U.S. Army Band.ogg - Wikipedia

(「蛍の光」として紹介)

章中曲:George Balanchine´s The Nutcracker - Waltz of the Flowers - YouTube

章中曲:Sounds Incorporated - Taboo (Tabú, Margarita Lecuona) - YouTube

十二章章題:Jaco+Toots - Three Views of a Secret - YouTube

ライナーノートとか読んでた世代の、俺も書いてみた的余興が、どこまで配信世代に通じるかは知りません。写そうと思ったけどやめました。私のような、メイドインイスラエルの千円CD愛好家がいじるべき個所ではない。

川上健一のフカーツ作『翼はいつまでも』*4みたいな、俺たちはいつだって青春さみたいな話をやれと言われたわけでもないでしょうから(まず書いて、あとは出版エージェントにお任せ作品だから)自分のテイストと世の嗜好のはざまで、このくらいの落としどころでベストセラーじゃ、はあえかったろうが、と作者が自讃したかしなかったかを想像して楽しむ感じだと思います。実話ベースにしても、明るく〆られなかったよママン、世俗の垢にまみれちまったぜ、的な。以上