カバー装画・デザイン 安野光雅 巻末に訳者あとがき、解説『手紙の開封と意味の解放』由井哲哉、訳者による、戦後日本の主な『恋の骨折り損』上演年表
松岡和子サンのちくま文庫は紙版のみで、小田嶋隆、否、小田島雄志サンの白水uブックスは電子版があります。
西小泉で買った本の紙袋に、この演劇のせりふが印刷されてたので、読みました。
nightly sings the staring owl,tu-whu, tu-whit, tu-who -W.Shakespeare<Love's Labour's Lost>
そのセリフは、巻末の、大団円にあたる個所の歌でした。なんでこれが書籍を包む紙袋に書かれてるのか、さっぱりさっぱりです。
頁209
ぎょろ目のフクロウは夜な夜な歌う ホッホー、ホッホー、ホッホー、
私はシェイクスピアは高校時代に、新潮文庫でハムレットやらマクベスやらロミオとジュリエットやら真夏の夜の夢やら読んでるのですが、今回これを読んでみて、こんなにバンバンヒワイな単語を並べる人という認識がなかったので、驚きました。浮世床みたいな本だと思ったです。当時はFワードがどうこうなんていう社会通念もなかったろうし、演劇は庶民の娯楽でしたでしょうから(ちがうかな?)ワッと観客を沸かせる手っ取り早い方法として、これらの掛け合いがあったんでしょうか。志村けんの笑いのように、知識がなくても、さして言語が通じなくても、笑える笑い。
頁181
デュメイン ナツメッグ。
ビローン レモン。
ロンガヴィル *楊枝を刺して。
デュメイン 割れ目をつけて。
便宜上「楊枝」と訳してる部分が"clove"(クローヴ、丁子)で、それを"cloven"(割れ目)にして、卑猥に落としてるんだとか。ビローンは人名で、何かをびろーんと伸ばしてるわけではないようです。
英語「cloven」の意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書
頁178からしばらくはキリストを裏切ったユダに登場人物が自らをなぞらえるのですが、"Judas"を"ass"とかけていて、邦訳は品がいいので、"ass"をロバ、ばかの意味と訳していて、確かに古典英語ではそうらしいのですが、米語の俗語の卑語の意味の"ass"が当時もあったとしておかしくないんじゃと思わせるような"ass"の使い方でした。
英語「ass」の意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書
頁36の注記には、*「pleasure(娯楽)と言うつもりでpenance(懲罰)と言ってしまった」とあるのですが、これは娼婦と通じたコスタードという田舎者から快楽を奪って週に三日断食させ、女は保護して乳しぼりさせるという箇所ですので、ピーナンスなんて単語、ペニスの暗喩じゃいのとしか思いませんでした。
この娼婦はジャケネッタという名前で、出て来るとけっこうきっぷのいいせりふを吐くのですが、後半登場せず、アーマードーという素っ頓狂なスペイン人の子を妊娠したという説明が他者からなされるので、ちょっと気の毒です。アーマードーはコスタードからジャケネッタを寝取った感じ。
頁35
アーマードー (略)小僧、俺はあの田舎娘に恋をしているのだ。そら、御苑で利口な田吾作のコスタードと一緒のところを捕まえた娘だ。あの子なら俺の愛を受けて当然だ。
モス(傍白)鞭を受けて当然だ――そうは言ってもうちの旦那よりましな恋人がいて当然だけどな。
*娼婦は鞭打ちの刑に処された。
このお芝居の登場人物は、時おりお芝居の相手にではなく、観客に語りかける亜空間殺法を使っていたようで、その都度どっと笑いが起こっていたんだろうなと思います(しらけてたらかなん)
下記は、いちばん好きな箇所。ジャケネッタとアーマードーの会話。夜這いを相手に宣言してます。
頁36
アーマードー 顔が赤くなって胸の思いをばらしてしまう。娘よ。
ジャケネッタ 男よ。
アーマードー 小屋に訪ねて行くからな。
ジャケネッタ すぐそばよ。
アーマードー 場所は分かっている。
ジャケネッタ へえ、頭がいいんだね!
アーマードー びっくりすることを聞かせてやろうか。
ジャケネッタ ほんと、何さ?
アーマードー 吾輩はお前を愛している。
ジャケネッタ よく言うわ。
アーマードー じゃあ、元気でな。
ジャケネッタ あんたもいい天気に恵まれてね。
引き写しましたが、ふたりとも脇役で、本書の本題は、スペインのナヴァール王国の王子と友人の貴族青年三人、使節のフランス王女と侍女三人の、四対四の恋の駆け引きです。こっちはシモネッタ、否ジャケネッタとキテレツスペイン人との会話程の破壊力はありません。そのほか、浮世床同様、牧師や教師が出ます。
吉田麻也。釣男。この話は『7人のシェイクスピア』には出てこないなと思いながらシェイクスピアのウィキペディアを見ると、マンガよりマクベスの初演がだいぶ後になってるのが分かり、マンガの時代の初演はありえないとまんがの展開が暗にWkipediaにDISられており、さらに最新の研究で、マンガではライバルというか敵の、クリストファー・マーロウとシェイクスピアは17作品で共作しているというビッグデータからの結論の論文がアメリカで発表されたことが書いてあったりして、そういうのも休載理由のひとつだろうかと思いました。
お気楽な戯曲なのですが、訳者あとがきによると、ナヴァール王のモデルはフランス王アンリ四世で、フランス王女のモデルは王妃マルグリット。大陸で旧教徒による新教徒の虐殺事件、サン=バルテルミの虐殺から四半世紀が経とうという頃で、「フランスとは逆にカトリックが弾圧され、謀反人として捕らえられた司祭たちが、その様を読むだけで吐き気を催しそうなほどむごたらしく処刑されたイングランド」(頁206)で、誓約を立てては破り、立てた誓約を信用しない旨宣言される戯曲なので、訳者サンはそこに宗教弾圧のメタファーを見たいんだそうです。
サンバルテルミを描いたホットな近作まんがといえば上記で、これもロクに読んでないんですが(その辺に落ちてない)近親相姦を実にカルく描いてたりして(史実なだけにそうなるのか)実はとんでもない作品で、この人の闇にハロルド作石もついに追いつけず(今のヤンマガ読者の問題もあるかも)『7人のシェイクスピア』は休載してるのかもという。
頁164、"Lord have mercy on us."(主よ我らに憐れみを)を男がおどけて言い、その前に女性が仏英語チャンポンのせりふ、"Sans ' sans ' , I pray you. "(気取った「絶えて無く」は無くしてちょうだい)を吐く。名匠ホン・サンス…は関係ないとして、ふたくせはないがひとくせはある戯曲なんだなと思いました。以上