『トミーノッカーズ』単行本上下"THE TOMMYKNOCKERS" by STEPHEN KING読了

吉野美恵子訳 装画 藤田新策 デザイン 坂田政則

スティーブン・キングの日本語版Wikipediaを見たら、こんなことが書いてあったので借りました。

ja.wikipedia.org

80年代半ばには以前からのアルコールに加えて薬物依存(コカイン、咳止めシロップ、大麻その他)になる。キングによれば、この時期に書かれた『トミーノッカーズ』は、自身のアルコールと薬物の寓話である。妻から「治療を受けるか家族と別れるか」の選択を迫られたキングは治療を選び、依存症を克服する。

確かに本書は、奥さんに献辞が捧げられています。"……果たすべき約束” だそうで。

世界のハルキ・ムラカミやシバターのしとが訳したレイモンド・カーヴァーやジョン・チーヴァーの邦訳では、自助グループがオブラートにくるまれて、一見しただけではそれと気づかないように訳されていますが、本書は竹を割ったように、原文どおり"AA"と訳し、補足を入れてます。

頁66 第五章 ガードナー、転落する

 彼は、"部分的に進行を抑えられたアルコール中毒”なんてものはありっこないことを知っていた。飲んでいるかいないかどちらかしかないのだ。いまのところ彼は飲んでいないし、それはそれでけっこうなのだが、しかし、大酒のことなど考えもしない長い期間がいつもあった。ときには何カ月も。彼はときどきAA――断酒会のミーティングに顔を出し(二週間もミーティングに出ないでいると不安になる――塩をこぼしたら厄除けに一つまみ肩ごしにほおらないと不安になるのと似ている)、立ちあがって言っていた。「こんにちは、わたしはジムです、わたしはアルコール中毒です」だが欲求が影をひそめているときは、それが嘘のように思えた。そういう期間でも実のところ一滴も飲まないわけではない。飲めるし、現に飲んでいる――飲んでいるというのはつまり、大酒をくらうのとはまったく話がちがうということである。学部の社交の催しや学部のディナー・パーティでは五時ごろにカクテルを二、三杯。そこまでだ。あるいはボビ・アンダーソンに電話して、冷えたビールを二本ばかりつきあってくれないかと誘うこともあるが、これもどうってことはない。ぜんぜん問題はない。

 それからやがて、今朝のように、世界中の酒を飲み尽くしてやりたいと思いながら目をさます朝がやってくる。(略)

 その欲求が襲ってきたら、撃退するほかに途はない――こらえてははねかえし、悪くても引き分けに持ちこむように努める。それがはじまるときはボストンのようなところにいるほうが実際は楽ということもときにはある、というのも、なんなら毎晩でも各種のミーティングに出られるからだ――必要とあれば四時間おきにでも。三、四日もすれば、欲求は退散する。

 たいがいの場合は。

(以下略)

山型飲酒じゃいか、と聞いたふうなことを思いました。ジムは別れた奥さんを酔って銃で撃ってるのですが(一命はとりとめる)それだって、酒のせいというよりは、銃社会アメリカの病という気がします。キングサン自身も、この時点では分からないのですが、のちにはそう考えたようで、英語版Wikipediaには2013年に銃乱射事件を受けて発表した声明が引用されています。

https://en.wikipedia.org/wiki/Stephen_King#Political_views_and_activism

On January 25, 2013, King published an essay titled "Guns" via Amazon.com's Kindle single feature, which discusses the gun debate in the wake of the Sandy Hook Elementary School shooting. King called for gun owners to support a ban on automatic and semi-automatic weapons, writing, "Autos and semi-autos are weapons of mass destruction...When lunatics want to make war on the unarmed and unprepared, these are the weapons they use."[137][138] The essay became the fifth-bestselling non-fiction title for the Kindle.[139]

(グーグル翻訳)2013 年 1 月 25 日、キングは、サンディ フック小学校での銃乱射事件を受けての銃に関する論争について論じた、Amazon.comKindle シングル機能を介して「銃」というタイトルのエッセイを公開しました。キングは、自動および半自動兵器の禁止を支持するよう銃の所有者に呼びかけ、「自動および半自動は大量破壊兵器です...狂人が武装していない、準備ができていない人々と戦争をしたいとき、これらは彼らが使用する武器です。使用する。" [137] [138]このエッセイは、Kindle で 5 番目に売れたノンフィクション タイトルになった。[139]

それはそれとして、主人公ジムはチェルノブイリ事件を受けての急進的反原発論者、左派であり、おうおうにして、無邪気な人が鼻持ちならないヤッピーの原発推進論者の横にいたりすると、そらんじた実例やデータで相手を怖がらせてマウントをとって悦に入ります。ただのいやな奴という感じで、それって、酒による失敗なのか。

アマゾンの商品説明

本書の主人公ジム・ガードナーが発見するのは、かつてのSF映画の定番、空飛ぶ円盤である。ジム・ガードナーは詩を書きながら大学で英文学を教えていたが、アルコール中毒に苦しみ、一方では反原発デモに加わって検挙されたりしているうちに、友人を失い職を追われ、いまでは詩の朗読で食いつなぐ、鬱屈した中年の社会的落伍者になりはてた。ほとほと自分に愛想が尽きて命を断とうとするのだが、そのとき、友人のボビが大変なことになっているという虫の知らせを感じる。昔の恋人でもあるボビを救いたい一心で自殺を思いとどまり、彼女の農場を訪ねてみたガードナーは、驚くべき変化をまのあたりにする。メイン州の田舎町ヘイヴンとその住民全体が、驚異的でもあり不気味でもある変化をきたしはじめていたのだ。しかも、その変化は、ボビの家の裏手にひろがる森のなか、地中深く埋もれた不可思議な円盤状物体の仕業と考えられた。この物体は生活の利便をもたらし、ひいては戦争抑止の効果をも発揮する夢のエネルギー源なのか、それとも…。

ジムとボビは一生懸命朝から晩まで憑りつかれたように円盤を掘るのですが、その最中も酒を切らすことなく、しかし、ダメになるところまでいきません。あまつさえ連日の肉体労働で体力まで少しついてしまう。なにこれ。

キングサンの序文によると、本書は、「脇目もふらずに書いたというほどではなかった」そうで、編集者からの助言で書き直しもしています。英語版Wikipediaによると、作者の経験は、自伝エッセー"On Writing"のほうにあるとか。

en.wikipedia.org

King has a history of abusing alcohol and other drugs.[170][171] He wrote of his struggles with addiction in On Writing.[171] Soon after Carrie's release in 1974, King's mother died of uterine cancer; King has written of his severe drinking problem at this time, stating that he was drunk while delivering the eulogy at his mother's funeral.[171]: 69  King's substance addictions were so serious during the 1980s that, as he acknowledged in On Writing in 2000, he can barely remember writing Cujo.[171]: 73  Shortly after Cujo's publication, King's family and friends staged an intervention, dumping in front of him evidence of his addictions taken from his office, including beer cans, cigarette butts, grams of cocaine, Xanax, Valium, NyQuil, Robitussin, and mouthwash. As King related in On Writing, he then sought help, and became sober in the late 1980s.[171]: 72  The first novel he wrote after becoming sober was Needful Things.[172]
(グーグル翻訳)キングには、アルコールやその他の薬物を乱用した歴史があります。[170] [171]彼はOn Writing で依存症との闘いについて書いた。[171] 1974 年にキャリーが釈放された直後、キングの母親は子宮癌で死亡した。キングは、この時点で深刻な飲酒問題について書いており、母親の葬式で賛辞を述べているときに酔っていたと述べています. [171] : 69 キングの薬物依存症は 1980 年代に非常に深刻であったため、2000年の「執筆について」で認めたように、彼はCujoを書いたことをほとんど覚えていません。[171] : 73 クジョ直後. _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ キングがOn Writingで述べたように、彼はその後助けを求め、1980 年代後半に冷静になりました。[171] : 72 彼がしらふになってから最初に書いた小説は「ニードフル シングス」でした。[172]

"On Writing"の邦訳はふたつあって、まずアーティストハウスという、私の知らない出版社から2001年に池央耿という人の訳で『小説作法』の邦題で出て、かなりこれがレビュー等でボロクソで、しかるべきのちに、2013年、田村義進という人が訳して小学館文庫から『書くことについて』という邦題で出ています。電子版あり。

『クージョ』はコカインきめて鼻血出しながら一発で書いたので覚えてないとか、そういうことが書いてあるのかな。こんな世界的ベストセラー作家もこうだったなんて、80年代ですなあ、なんてレビューに書かれてました。完全に笑い話。大変なのは当事者だけ。

本書に電子版はありません。

books.bunshun.jp

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アマゾンの商品説明も、下巻になると、急速に投げやりになります。

本書は、50年代から60年代にかけてのB級SF映画でおなじみの、いわゆる円盤ものの枠組みのなかでストーリーが進められていく。宇宙船、エーリアン、光線銃や超音波を発する火器、テレパシー交信でガードナーを包囲する町民たち、自動制御によってガードナーに襲いかかる数々の道具類。一昔前のSF映画の原点を思わせるシーンが繰りひろげられる。

森の中でボビが見つけたものは何なのか? 田舎町ヘイヴンと住民が異様な変化を来し始めたのはそのせいなのか? 人間が「もの」によって操られ「もの」と化していくおぞましい恐怖を描く、モダン・ホラーの帝王の最新作。

エドガー・ライト監督の映画も、ゾンビや宇宙人とアルコール依存症を取り合わせるのが好きですので、この小説を読んで、ああ、あの映画はキングサンのここへのリスペクトだったのね、みたいにピンとくる個所があればよかったのですが、ピンときませんでした。この小説自体は、禁断の惑星やらなんやらをごった煮にしてるようだったのですが。

『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う』(原題:THE WORLD'S END)劇場鑑賞 - Stantsiya_Iriya

ちょっと変わったポイントとして、本書は統一教会が二ヶ所出ます。まず、ボビ(ロバータ)と飼い犬が円盤を見つける個所。

上巻頁35 第二章 アンダーソンは掘る

 けっこうだこと。詩人に電話するわけね。すごくいい考え。それから文鮮明教祖に電話するがいいわ。エドワード・ゴーリーやガーン・ウィルソンに絵を描いてもらうのもいいかもね。そして、ロック・バンドを数組雇って、ここでクレイジーウッドストック一九八八年版を開くがいいわ。ふざけてる場合じゃないでしょ、ボビ。州警に電話するのよ。

Sure. Call a poet. Great idea. Then you can call the Reverend Moon. Maybe Edward Gorey and Gahan Wilson to draw pictures. Then you can hire a few rock bands and have fucking Woodstock 1988 out here. Get serious, Bobbi. Call the state police.

もう一ヶ所は、付箋が飛んだか、見つけられませんでした。下巻頁25に「キリスト教殉教者の熱狂に取りつかれてアムウェイ社を売り払ったアーリン・カラム」という文章に付箋がついてるのは見つけましたが、そこじゃない。

<ここから後報同日>

二ヶ所でなく三ヶ所でした。二つ目は、ジムがチェルノブイリネタで暴走してパーティーを台無しにする場面。

'Who sounds like an airport Moonie now?' Gardener asked, laughing a little. He took a step closer to Ted. 'Nuclear reactors are better built than Jane Fonda, right?'

三つめは、女性保安官が狂気の村人に取り囲まれる場面。

Then she thought she would not be allowed out of Haven Village, that they would stop her, smiling like Moonies and sending their endless rustly we-all-love-you-Ruth thoughts. She wasn't.

<ここまで後報同日>

迷信に関しては、下巻頁20に、肩ごしに塩をひとつまみ投げるとか、黒猫が前を横切ったら十字を切るとかいう慣習が出ます。

中表紙。下巻は表紙ともども、とても食べられないような巨大化した野菜と、耕作放棄地しかなくなる風景になるので、それの絵。上巻の乾電池は、なぜか宇宙意思によってもたらされた叡知は、直流電源オンリーの回路設計しか出来ないので、なんでも電池を動力源としてシステムを構築するという箇所を表わしています。終盤、ジムが、なぜコンバーターを使って交流電源を変換しないんだ、と絶叫する箇所は、楽屋落ちとして秀逸。

ジムほか数名が影響を受けないのは、脳に金属片が入ってるからで、ジムの場合は妻を撃ったので前頭葉に手術を受けた結果。老人の場合は戦争で負傷して取り出せない金属片。この辺は分かるのですが、インプラントやら金歯やら、はては足にボルトが入ってる人まで影響を受けないことになるので、そうなると影響を受けない人、もっと多くないかと思いました。特に学童たちは歯科矯正で口に金属のワイヤー入れるだろうに。

トミーノッカーというのは、なんかそういう英語圏のオバケだそうです。

https://www.happycampersrvrentals.com/wp-content/uploads/2021/10/tommyknockers.jpg

www.happycampersrvrentals.com

Knocker (folklore) - Wikipedia

アメリカ人の一つのタイプとして、自分を助けるために実に便利に自助グループを活用して、これはイカンと思ったら足を運んでワンデーメダルをもらい、ほとぼりがすぎると適正飲酒の世界にもどる人たちがいるそうで、そういう人を描いているようでありながら、やはり一線を完全に越えた描写もあり、否認の病なので自分のことは分からないということでフタをすることにします。そんなんよくサービスする側がしんぼう強く対応するなあ。須賀田さんもけっこういいトシまでサービスやってたみたいだし。ボランティアが盛んな国だからでしょうか。施設だと、フィリップ・K・ディックの小説に、根性なしとかボロクソ言いまくる職員(彼自身も…)が出ます。とまれ、自伝も読んでみます。こんな世俗のベストセラー作家がなあ。アスピリン・エイジ、ブロザック・カントリー、オピオイド・ネイション。

以上