カバーをとった表紙。何がすごいって、これ、角川スニーカー文庫でなく、角川文庫なんですね。先見の明があった。
ブッコフで¥220税込で買った本。今は¥110税込で買えます。オトク。2002年1月に刊行された単行本を文庫化。2005年6月初版、読んだのは翌年4月の五刷。装画/安倍吉俊 カバーデザイン/大塚ギチ 中表紙のうしろに英文で権利関係が書いてあるのですが、"with direct arrangement by Boiled Eggs Ltd." とあるのがよく分かりませんでした。
角川文庫発行に際して、の名文が付いてくる、文庫版『NHKにようこそ!』素晴らしい。実は私は平家物語を角川文庫で読んでいます。
「序」があって、「一章 戦士の誕生」「二章 ジハード」(イスラム教の聖戦とカッコをつけなくても分かるんですね)「三章 邂逅」(「かいごう」で変換出来ませんでした)「四章 造物主への道」「五章 二十一世紀のハンバート・ハンバート」(まさかナボコフ『ロリータ』のオッサンの名前がさわやかバンドの名前になるとは全く私も予想出来ませんでした)「六章 追憶、そして誓約」「七章 回転する岩石」「八章 潜入」「九章 ダイブ」「終章 NHKにようこそ!」あとがき、文庫版あとがき。
文庫版あとがきには、「あとがき」で、今後も頑張りますと書いたけど、この後一作も発表出来てなくて、印税でなんとか暮らしてたとあります。本作はこの後メディアミックスで漫画化もされたし、NHKでアニメ化もされ、作者の人も作品を発表してますし、乙一の親戚ですし(関係ない)なんというか、健在で安心したという。
カバー裏あらすじ。そうは言っても、これは、スリク以外、よく出来た小説だと思います。ひきこもりがネグレクトの宗教二世を救うことが出来るのか? というテーマで最後まで推してくるので、マンガもこの線でそのまんまやればよかったのにと思いました。ドラッグ以外。なぜ両者に接点があるかというと、この当時各戸個別訪問の勧誘を行っている新興宗教があって、そこで未成年の宗教勧誘随行者が、住人のひきこもりにSOSのサインを出したから。
しかしマンガはドラッグを逆に活かして、ネグレクトなどは薄めてしまったので、どうかなあという結果に。マンガは最後まで「プロジェクト」がなんなのか語りませんでしたが、小説では、図書館から借り出した大量のサクセスハウツー本や自己啓発本、名言集チートなどを読み聞かせ、クイズなどもするのが「プロジェクト」だと、ちゃんと書いてありました。一回で数冊終えると、次のステージへ進んだ的になる。私はそういう本をほとんど読まないのですが(人間はひとりひとり違うので、他人の成功は自分に適用不可だし、ほんとのことを廉価で親切に教えてくれるとも限らない)攻略本を讀んで育った世代はちがうということでしょうか。
ただしヤクブーツは、あとづけで修正が必要だと思います。作者は生き残ったが、みんながそうだったわけでないので。最初のほうにリタリンが出て、頁246などは「佐藤スペシャル」なるカクテルドラッグが出て来ます。が、市販薬とも処方箋薬ともつかぬ、「通販で買った薬」です。危険ドラッグが脱法ドラッグと呼ばれる前、合法ドラッグなんて呼ばれるさらに前の時代でしょうか。通販でそのとおりのものが送られてくる保証は何もないのに、よく信用出来るなと思います。中にMDMAが混ぜてあっても絶対気づかない。小説では、無邪気に、バッドトリップはその時の精神状態や環境のせいにしてますが、ほんとにそうだったのかなと。もっとオーダーどおりのものかどうかを疑え。さすが角川文庫。スニーカー文庫でこれはないです。
なんというか、ハウツー本を読んでもいいのですが、それ以外、ダサイは別に読まなくてもいいですが、西村賢太とか読んでみたら、また何か違う方向性で書けたかも。中上健次とか。ツスマスーズは、ひきこもりを糧にしそうな人で(本書でも、主人公は年下の隣人の食糧を勝手に食べてしばらく生きている)西村賢太もそうなのですが、無自覚か自覚的かでちがう。ここは露悪する、しないとは別。
「ブツ」という表現は本書にはありません。が、頁248、ラリってロケット発射で別次元に、みたいな表現が出ます。こういう表現って、あちこちであるんだなと。
まんがでちゃんと東尋坊を読んだ記憶がないのですが、小説ではきちんと東尋坊です。処方箋の睡眠薬を溜め込んでODは猿之助ですし、黒色火薬を買ってネットを参考に作っては岸田首相の和歌山ですし、冒頭の幻聴えんえん描写は長野の中野と、誰も本書との関連を指摘しませんが(ほかにもいっぱいそういう作品があるからでしょう)なかなかだと思いました。蒔かれた種が花咲くまでには、たくさんの年月がかかる。
頁81、小説の二次元オタの後輩が、現実の女性を罵倒しまくる場面は、むかし、AVを見ながら女優をひたすらバイタとかビッチとかディスり続ける人を見た時のことを思い出しました。こういう人が、ホモソーシャルの世界ではなごやかだったりするのも小説と同じ。もっとも、小説の後輩は、学費稼ぎのコンビニバイトで、人妻や年上の従業員にいろいろされて、勝手に裏切られた感をつのらせてたみたいで、家業の農業を継ぐため郷里に帰るとまた同じことになるのではと読んでいたのですが、まったくそうはならず、見合い結婚してうまくやっていく(もともとだいじょうぶだった?)という展開でした。
ロリコンに関しては、ネットでそんなに資料が集まるんだなと思いましたが、いちいち保存しているので、そういうのはいつか失われるからかと思いました。どっちかというと、表現の自由やら何やらコミケがどうこうの前の野放し時代、寒川の駄菓子屋兼文房具屋に、売れるから業者が置いてったのでしょうが、ロリコンまんががたくさんあって、かわいい絵柄で手の届くところにあったからか、小学校低学年の女児が一心不乱に立ち読みしていて、店主の老人夫妻はそれがなんなのかまるで気づいてない、恐ろしい光景を思い出します。すぐ逃げた。
本書は、マンガ同様、エロに執着するが、自慰行為の場面はほとんどありません。まんがは、自宅に帰らざるをえなくなってから、オナニー親バレの場面があったかな。
頁100で、法に触れるとか、犯罪だよそれは、的なゾーンに話が入りかけたので、上記の後輩が、全部嘘だと否定しまくる場面があります。宮崎勤事件の頃、酔って、実は自分も下宿の押し入れには段ボール箱いっぱい、と吐露したコミケつながりの人が、数日後、全部嘘でした、私の住所も本名も仕事もみんなに伝えてたのは嘘でした、もう二度と会うこともないでしょう、サヨナラみたいな手紙を送ってきて、音信不通になったことがあります。これも現実と小説が一致。
頁177
「つまり問題は、いかにして自分に自信を持つかという、その一点に尽きます。ですが――自信を持つ。それは実際、ずいぶんと難しいことです。はっきりいって、普通のやり方では不可能です。だけどあたしは不可能を可能にする、すごく画期的な方法を考え出しました。その方法、知りたいですか? 知りたいでしょう?」
そう言って俺を見る。うなずくしかない。
すると岬ちゃんは、重々しく口を開いた。
「……いいですか、よく聴いてください。発想のコペルニクス的大転換なんです。つまり……自分に自信が持てないのなら、相手を自分よりもダメ人間にしてしまえばいい! そうゆうことです!」
実際には岬ちゃんも佐藤さんも善人なので、相手を自分よりダメ人間にはせず、最初からダメ人間を見つける方向で動きます。常識人だ。しかしネグレクトの少女がこういう発想に至った背景を考えると、ここは重いなあと思いました。
岬ちゃんという女の子はかわいいそうで、佐藤さんも高校時代の文芸部の先輩との関係性を見ても、それなりに女性とはいろいろ出来そうなキャラとして描かれているので、世の中のカップルが、相手は自分が振ったらもう一生パートナーなんて出来ないんだろうなと内心さげすみあう(認め合うこともある)ような殺伐とした関係性がなくて、そこはよいのか悪いのかと思いました。佐藤くんはものたりない、といってほかの男にとられる展開を、考えてボツにしてたら、そのループだけで次作が発表出来ないかもしれません。
あと、佐藤さんは後半、そとこもりになります。日払いバイトを必要最小限して、それ以外はなるべく家にいる。で、よく寝てます。寝れるのは若いうちだけで、歳をとると寝れなくなるので、起き出して、さて何をしましょうという。
頁217
(略)
少年は、タバコをくわえていた。
「か――」
「戒律違反だよ。確かに」
少年は俺の機先を制すると、ポケットからジッポーを取り出して、手慣れた様子で火を点けた。
おれの右どなりを歩きながら、少年は言う。
「時々いるんだよ。怖いもの見たさで集会に見学に来るヤツ。あんたたちみたいな馬鹿な学生とかな。……それで、どうだった? 面白かったか?」
俺はなんにも言えなかった。
「何もオレだって、好きで宗教やってるわけじゃない」
「……というと?」
「親だよ。父親も母親も、宗教大好き人間だ。家の中で、オレだけがひとりまともな頭をしてる。それでもし、オレが宗教を抜けるって言ったら、どうなると思う? ……いつだったか、母親に言ったことがある。『部活をやりたい、友達と遊びたい』って。そうしたら、あのババアは怒鳴ったよ。『この悪魔!』ってさ。しばらく弁当も作ってくれなかった」
そうして少年はハハハと笑った。
「親の機嫌が悪くならないぐらいに適当に付き合いながら、外では普通にやってるのさ」
学校では普通の若者として過ごし、家庭では立派な宗教者として暮らす――そんな二重生活を送っているという。
「……だからなぁ、あんたたち。間違っても入信しちゃダメだぜ」
それは真面目な声だった。
「今日はチヤホヤされただろ。結構気分が良かっただろ。こんな優しい人たちとなら一緒にやっていけるかもしれないなぁ、なんて、そんなバカげたことを思ったろ? でもな、それは違うぜ。アレがあいつらの上手いやり方なんだよ。別に、無償の愛じゃないんだぜ。あんたたちを入信させるための手段なんだぜ」
「…………」
「いったん中に入ってしまえば、そこにあるのは普通の社会だ。みんな長老の座を狙ってる。みんなペテル行きを狙ってる。家の父親なんて、(略)なんとかのし上がろうとして。ホントに馬鹿らしい。(略)あの子なんて、(略)」
俺はさりげなく、さらに岬ちゃんのことを訊いてみた。
「……ん? だからあの子は、ついこの前研究生になったばっかりの、ただの娘だよ。(略)オジサンのほうが宗教に興味ないらしくて、それで救われてるって言えば救われてるけど。……いや、板挟みで余計に大変か。なんか、いつも辛そうにしてるからな」
俺は内部事情を教えてくれた少年に、深く感謝した。
別れ際に、少年が言った。
「だからダメだぜ。絶対に入信しちゃ。……いや、入信しても良いけど、そしたら子供を作るなよ」
さすが禁書というべきか、この程度で禁書とは器が小さいと思うべきか。N國黨はこれにうまいこと乗っかったのか、そうでないのか。スニーカー文庫でないのはダテじゃないと思いました。断薬の話とか書かないかな。以上
【後報】
そういえば、小田急線の車内でこの本を開いたら、隣の青年がぎょっとした顔でこちらをガン見し出して、ややあってからパソウコンを出してCADソフトでなんかやってました。そんなにインパクトあるのだろうか、この本は(海老名にものみの塔の日本総本部があるのとは関係ないと思います)
(同日)