「文藝」2023春季号 特別対談 村田紗耶香×チョン・セラン「アジア文学という冒険がはじまる 日韓同時刊行アンソロジー『絶縁』を巡って」読了

アートディレクション・デザイン:佐藤亜沙美(サトウサンカイ)本文デザイン:都井美穂子 表紙・目次・本文イラスト:クイックオバケ

2022年9月23日に韓国で行われた対談。司会=キム・ヨンス(「文学トンネ」編集者)構成=藤田麗子(翻訳者・ライター)

「文藝」頁300の作家写真は、©佐藤亘(文藝春秋)と©melmel Chung

たぶん小学館のウェブサイト、小説丸でここに対談が掲載されたことを知って、それで図書館で借りました。なぜ小学館のアンソロジーの対談が河出の雑誌に載ったのかについては、出版不況だから連帯が必要だから、くらいな想像に留めておきます。的外れであっても、それはそれで。

絶縁

絶縁

  • 村田沙耶香, アルフィアン・サアット, ハオ・ジンファン, ウィワット・ルートウィワットウォンサー, 韓麗珠, ラシャムジャ, グエン・ゴック・トゥ, 連明偉, チョン・セラン, 藤井光, 大久保洋子, 福冨渉, 及川茜, 星泉, 野平宗弘 & 吉川凪
  • 小説/文学
  • ¥2,000

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文藝 2023年春季号 |河出書房新社

https://www.kawade.co.jp/img/cover_l/9784309980522.gif九月の対談で、本の出版が十二月で、翌年一月刊行の雑誌に対談が載りました。対談は、ソウル国際作家フェスティバルにコンビニ人間のひとが参加した際に、イベントの合間を縫って行われたそうです。

コンビニ人間は、私生活の一般人の自分と、職業作家としての自分がどんどん分離しつつある感覚を憶えているとか。幽体離脱のように、平凡な自分の喜怒哀楽を、上空から作家の自分がコロボックルとしてドローンに乗って見ている感じ。

世朗のしとは、自身の自己認識ではとても外交的な人間だそうで、しかしそれでも、大観衆の前で講演したり、テレビ番組に出たりするには、まだ役不足というか、訓練が必要だと感じています。

また、世朗のしとは、小説を書いている期間と、その前の助走期間、場をあっためるため、映像、アニメ、音楽、美術など様々な活動をする期間が別々にあります。コンビニ人間は、止まってしまうと書けなくなるのではという不安があり、一作脱稿すると、その日のうちに新しい小説の一行を書き始めるそうです。二人とも、冒頭からプロット毎に順番に書き進めていくタイプではなく、ビジュアル的にこれが書きたいという場面がまずあり、それと先に作り上げたキャラ設定とで、あとは動かして隙間を埋めていくという作画方法、否記述方法だそうです。

ちうふうに、両者異なる点同じ個所をそれぞれ語ってゆくので、へーと思いながら読みました。ただ、いちばん印象に残ったのは下記です。

頁303

村田(略)学生の頃の私は、日本という国の中で、誰にもルーツを聞かれることがなく、見た目も言語の発音も日本人だと認識されながら生きたことは、恐ろしいほどの特権の中を生きることなのだという点について、とても無自覚だったと思います。自分が透明だった。透明でいられる特権をずっと持っていたわけですが(略)

これは私も今、自分自身が外国に行かず、日本の中の外国料理店に足しげく通って食事しながら思うことです。世朗の人も、「私も韓国人として享受している透明な特権について、見つめ直してみなければいけませんね」と言ってますが、ただ、ある国の中で、その国の多数民族でないエスニックグループとして暮らすこともまた、身を切られるように血を流して、だらだら止まらない時もありながら、それでもまた別の何か宝石を持って生きていることを誇っていいのだと思います。透明なほうと比べ、両者に優劣はない。

この部分を受けて、世朗サンは、下記の映画で下記の曲が流れるとアジア人はじーんと來るが、世界のほかの地域のひとはそうでもない、やはりアジアはつながっているので、隣接する文化からの影響が知らず知らずのうちにある、と言っています。私はこの歌より中島みうきのルージュ(容易受伤的女人*1)のほうが席捲したと思ってるのですが、それはそれで。

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ラヴソング (映画) - Wikipedia

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ただ、ここを読んで、一面では合ってるけれど、一面では共有しきれないところもあると思いました。日本と韓国は、「同じ釜の飯を食う」という意識が割とあって、いい意味でも悪い意味でも無神経にズカズカ現地に入って行って、自分の価値観を押し付ける時があります。それで現地工場の労働者と揉めたりもするわけですが、妙に線を引かない態度は、外見が違うがゆえに最初から線を引いている白人と比べると、面白いとも思います。これが、同じ東アジア人で、同じイエローではあっても、中国人だと、ややちがうと思います。同じ釜の飯は食わない。

stantsiya-iriya.hatenablog.com

竹内亮ドキュメンタリーホワウェイ百面相の追記で書く予定でまだ書けていないのですが、この映画のサハラ以南のアフリカ部分、ガーナとガンビアでは、ホワウェイ社員はほとんど現地と食事レベルで交流せず、市場で買ってきた食材で、自分たちだけで中華料理を自炊して暮らしています。これは私が昔逢った南ア駐在だった中国人に聞いた話とまったく一致しており、彼に「現地の食べ物で印象に残ったものはなんですか?」と訊いても、「我々は現地とそういった交流をせず自分たちだけで中華料理を作って食べていたので、そういうことは分からない」という回答でした。同じ釜の飯は食わない。現地と交流しない。日韓に比べ、中国人のほうが、華僑華人として長い年月東南アジアなどの現地で何世代も暮らして来たわけですが、だからこそなのか、鉄格子の入った窓と鉄の扉の住居に暮らし、過去に何度も排斥や暴動を受けた結果からか、現地に胸襟を開いてということを、その経験の浅い日韓ほどはやらない。

話が脱線したかもしれません。コンビニ人間のひとは、小沢信男の「読書は、音楽に例えれば、演奏だ」ということばを、大切にしているそうです。

小沢信男 - Wikipedia

2023年、「文藝」は創刊90周年を迎えました。

「文藝」なんて文芸誌はふだん読まないのですが、開いてみて、いとうせいこうがいるのにへなへなした以外は、町田康はおもしろいなという感想です。特に今回はバンドセッションの話なので、水を得た魚感があった。

"Bungei"(Literature) Spring 2023 Special Talk Sayaka Murata x Chung Serang "The Adventure of Asian Literature Begins: Concerning the Anthology 'Insulation' Published Simultaneously in Japan and Korea"

以上